志向と嗜好
抜け出した事はばれず、良かったと思う反面、無断で抜け出して罪悪感が膨らむ。綺堂に対してあんまりそういう感情が湧いてこないのは、多分主人公ポジションがうらやましすぎるからだろう。
さて、次にやるべき事と言えば……。
廊下の蛍光灯をチェックする傍ら、2年3組もチェックしてみるか。
一時間目は英語らしい。
ここ数年のゲームやラノベの中では、どうも教員を目の敵にするような表現がちらほら見られる(美人教師は除く)。
だが、実際のところ、そんな山のように悪い教員というのはいないもんだ。給料と仕事の大変さが釣り合ってない仕事だしな。やる気がないとなかなか続けられるもんじゃない。
なのに流行に沿っていくとすれば、六角はあの通りキツ目の性格だし、ひと悶着起こす可能性が高い。
ああいうキャラは勉強とかできるだろうから、揚げ足とって生徒のヒーローとかなるんじゃないか?
だが、そういう展開は俺の好みじゃない。ああ、そうさ。純粋に好みの問題だわさ。まぁ、教師をやりこめたところで、生徒たちが自発的に勉強するわけでもないしな。
それに理由は後で述べるが、六角を怒らせる必要もあるんでな、六角がもし何かしたら止めちゃうよ。
2年3組の教室前の廊下で脚立を使って蛍光灯の交換をするフリをしながら、聞き耳を立ててみる。廊下側の窓はすりガラスで見えないからな……あ、っていうか上の小窓から中見えるじゃん。
ちょっと覗いてみよう。どうやらごく普通の授業のようだ。まぁ、当たり前か。
さて、六角は……と。お、いたいた。後ろのほうの……げっ! やっぱり綺堂の隣でやんの。
綺堂は川に突き落としたせいか体操服だ。流石にちょっと胸にチクリと来る……。
で、肝心の六角の様子はどうか?
おうおう、眉間にシワがよってるぞ。自分ができるから、わかってること説明されて苦痛でしかないってわけだな。こりゃ、キレるのも時間の問題だな。
ぷるぷる震えだしたぞ。隣の綺堂も、六角の様子がおかしい事に気付いたみたいだな。
何か止めようとしてるのか?
あぁ、駄目だ。六角が立ち上がった。
「先生!」
六角の声が響く。
さて、そろそろ突入か。
「こんな効率の悪い授業で英語など理解できるはずがないだろう。そもそも……」
「はいは~い、ストップ。どうも~、先生すいませんね」
俺は迷うことなく教室のドアを開ける。
英語担当の先生は相次ぐ異常事態に目をぱちくりさせている。
「おい、君君、先生だって神様じゃないんだ。そう目くじらたてるなよ。この程度の事で騒いでたら自動車学校なんかじゃもっと大変だぞ」
「何だ貴様」
六角が鋭く睨みつけてくる。
「通りすがりの用務員だ。なーに、ちょっとナルシストが居るみたいなんでな」
「何だと! マニュアルに従うだけの授業など……」
「文句は文部科学省に言ってくれ。マニュアルから外れると文句言ってくるからな。それにそもそもの指導要領自体が、日常会話の文法も正確な文法も、あとリスニングも、って欲張りすぎてどれも中途半端なんだよ」
「だが、私は……!」
「ならお前が授業やるか? ま、落ち着いて授業受けてな。じゃな」
言って、俺は教室を去る。振り向かなかったが、多分六角はカンカンだろう。
後で必ず俺のところに来るはずだ。昼休みだろうか、それとももう次の休み時間からだろうか。
ま、どっちにしても準備しとかないとな。
つってもあそこに行くだけだけどな。




