なすべきこと
でも不思議と、悔しいとか、悲しいとか、そういう感情は湧いてこなかった。
俺の役割がわかったからだ。
後悔はない。
「よく聞け……今から脱出させてやる」
「……出来るのか?」
半信半疑の六角。その顔には、どこか諦めの色も見える。まぁ、見てろって……。
俺は上半身を捻り、野球の投手のように体勢を整え、力を込める。
「じゃあな。六角、元気でやれよ」
「な、それはどういう意味……」
「うおおおおおおおおおっ!」
俺は全力で六角を投げ飛ばした。
「あっ……」
六角は上手い事砂浜の上に落ちた。バウンドしたが、まぁ大丈夫だろう。
「お、お前……なんで……こんな事……」
「体が動くようになったら縛鎖空間を破って綺堂のところに行け」
もう渦に胸まで飲み込まれている。
「何を言って……このままじゃ……」
「綺堂は放力が使えるはずだ。あいつといれば、これからの困難もきっと乗り越えられる」
「そんな事今はどうでもいいっ! 私のせいで……お前は……」
六角は泣き出しそうだ。いや、もう泣いてるのか。
「気にすんな。こうなったのも俺が事態を引っ掻き回したせいだ。だからお前が気にする事じゃない」
渦が首まで来た。もう一分もしない内に完全に飲み込まれてしまうだろう。
「行くな! 頼むからっ! もう大切な人を失いたくないんだ……」
「嬉しいねぇ……。悪いが俺はここまでだ。その分他の奴と仲良くするといい……」
遂に渦は口まで来た。もうしゃべれない。後はそうだな、某映画みたいに親指立てて沈んでいくとするか……。悪くねぇ人生だっ……
「用務いぃーーーーーーんっ!!」
あ、俺名前教えてねぇや。このままじゃ沈めねぇ! なんとか顔を傾けて、口だけでも……
「俺は……脇山……雑太だあ……ぶくぶく……」
「ソウタ……ソウターーーーーーっ!!」
顔傾けたまま渦に捕らわれたから、もう六角の姿を見ることはできないが、声はちゃんと聞こえて来た。
名前呼ばれただけなのに何か嬉しいな。いつも貴様とか、お前とか言われてたから……そういやいつの間にか貴様からお前になってたんだな……。結構心開いてくれてたみたいだな……。
もう全身が渦に引き込まれてしまった。海中は流れが凄まじく、もう流されるままだ。
この数ヶ月……楽しかったな……。
何カ月も一緒にいたのに名前すら教えてないなんて、今考えればいびつな関係だったけど……それでも、楽しかったんだ。……ほんとうに、楽しかったんだ……。
後悔はないけど……でも……もうちょっとこの生活続けたかったな……




