海のツィレード
突如、響く青年の声。
声に反応しその方向を見ると、そこは海。その海より青年がゆっくり、頭から順に足まで浮かんできた。そしてそのまま海面に立っている。
だが、彼の着ているスーツは一切濡れていない。
「貴様、何者だ!」
『私は、海のツィレード。勝虎級、四柱の一角』
こともなげに言うが……。
「なっ!?」
マジで来やがった。それも最悪な奴が。
奴の眼、澄んだ青だ。
でも、ただ青いだけじゃねぇ。俺みたいな素人でもわかる。どこまでも深く、昏い。まるで、そう、海みてえに。
こいつはヤバイ。まだ、勝てる相手じゃ、絶対ない。RPGとかで、負けてもゲームオーバーにならずにゲームが進むような、一度負ける事が決まってる相手に、間違いない。
『君らは実によくやった。我々のシナリオを超え、我が配下の朽狗級を二体も倒し、次元大戦後破られる事のなかった二十四の均衡を破壊した』
ツィレードの声に感情はない。だが、重い。一言一言が深海みてえな重圧を感じさせる。
『そして私を引きずり出した。賞賛に値する。だが、幸運もここまで。君らには、消えてもらう!』
風が、吹いた。
瞬間、オーロラの壁が辺りを覆った。それも、半端な範囲じゃない。浜辺が丸ごと収まる程のデカさだ。
しかも、俺と六角以外は誰もいない。駅の時みたいにその場にいる全員を引き込むわけじゃないようだ。
「特定の対象だけ取り込むだと……こんな縛鎖空間見たことが……」
六角が周囲を見渡し、呟いた。
『決闘式縛鎖空間という。これならば邪魔が入ることはない。さぁ、くだらんおしゃべりは終わりだ。ゆくぞ』
くだらんおしゃべりって、自分でしゃべっといてこいつは……。
「く、くそっ! 我が傍らに在りしは霊なる剣! 来たれ! 中窪霊戮錬刀!」
六角が刀を出現させ構える。
そしてツィレードに飛び掛り、全体重をかけ刀を振り下ろす。
「!?」
攻撃を放った六角すらあっけにとられるほど、あっさりとツィレードは両断された。
「……手ごたえが……無い? いや……!」
真っ二つになったツィレードは、倒れるどころか微動だにしない。かわらずそこに直立していた。
『中窪霊戮錬刀か……久しいな』
ツィレードが呟くと、分かたれた左右が瞬時にくっつき、再生する。まるでビデオの巻き戻しのようだった。
「貴様……まさか前の使い手と……」
『その顔……成る程、そういう事か。いや……しかしこの程度のはずが……』
どうやら中窪霊戮錬刀とツィレードには因縁があるようだ。おそらくは肉親が前の持ち主で、シレン衆に殺された……といったところか。
「答えろっ! 前の使い手を殺したのは貴様かっ!」
『調子にのるな小娘。聞きたければ力ずくで聞くがいい』
ツィレードが指を鳴らす。
同時にツィレードの背後で巨大な波が発生した。洒落にならん。20メートルはある!
『できるものならな』
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「おわああああああああああっ!?」
六角も俺も、あっけなく波に飲み込まれ、その奔流になす術もなく弄ばれる。
勝てる……わけがねぇ……。どんな小細工をしようと……これじゃ無駄だ。力が……違いすぎる……っ。
ろ、ろっ……かく……。




