戦士の休日
肩をわなわな震わせ、眉根を寄せるなどというレベルではなくもはや仁王像のような形相で睨みつけてくる。
「貴様はわかっているのか! 繰撫市の担当は私だ! あそこで今この瞬間に誰か襲われていたとして、私以外に誰が救えるというのだ!」
「それは心配ない。これは嘘じゃない」
バルフレア、ラーゲルトといった中ボス級が倒された後で、ザコのシレン獣が出現する意味はない。そんなシーンはムダだし、本だったら編集さんにカットにされるだろう。また、他の朽狗級や勝虎級が六角以外の前に出ても意味はない。だから、出ない。
「何を根拠に……!」
「信じろ」
有無を言わさないように、視線を逸らさず、見る。
「じゃあ何でこんなところに連れてきたんだ!」
「言ったろう。遊ぶためだって」
「ふざけるなっ!」
六角の拳が俺の頬に突き刺さる。まったく見えなかった。
だが、ひくわけにはいかない。
「お前はずっと戦って来た」
「そうだ! そしてこれからも!」
「たまには休め。ただ戦うだけで何が残る」
「それがどうした! 私は戦士だ! 戦い、勝つことだけが私の証だ! 私は……私は……」
六角は髪を振り乱して叫ぶ。俺に言ってるというよりは自分に言い聞かせているようにも見える。
「いいから来い」
「何をする……!」
無理やり手を取り、引きずる。戸惑っているのか抵抗する力が弱い。そもそも六角が本気で抵抗したら振りほどけないわけがないのだ。その戸惑いにつけこんで、無理やり連れて行く。
向かう先はジェットコースター。流れ星をモチーフに作られたコースターである。係員にフリーパスを見せ、乗り込む。
バーが降り、体を固定する。こうなったらもう逃げようがない。怒っている六角を尻目にコースターは動き始め、がこん、がこんと坂を登っていく。
すると、変化が起こった。コースターにではなく、六角にだ。真っ赤だった顔は青ざめ、震えているように見える。
「お前……もしかして怖いのか?」
「わ、悪いか! はじめてなんだぞ……!」
声を震わせたまま、それでも強気を保とうとする。
「普段、あんだけ飛び回ってるくせに」
「それとこれとは別……あ、きゃあああああああああああああああああああああああああ!?」
反論が絶叫に変わる。ジェットコースターが一気に下ったのだ。
にしても、普段からは想像できないような叫び声だ。きっと戦闘では「きゃあ」なんて言った事ないはずだ。ある意味レア。
流星コースターはその名の通り夜空を駆ける流星の如く疾走する。六角はそれに合わせ絶叫する。
数分後、コースターがスタート地点に戻ってきても、まだ六角は震えていた。バーが上がっても降りようとしない。俺は先に降りて手を差し出すが、ちらりと見ただけで、取ろうとしない。いや、取ろうとしてためらっているようにも見える。
「どうした? もう一周したいのか?」
「違う……その、こ、腰が……」
「腰?」
「……笑うなよ?」
上目遣いに、涙すら浮かべて見てくる。
「……? 何かはわからんが、笑いはしないぞ?」
「腰が抜けて……その、立てないんだ……」
うなだれる六角。さっきまで真っ青だった顔は、今では恥ずかしさからか真っ赤になっている。
「よし、じゃあ負ぶされ」
「え?」
降り口に膝を着き、背中を差し出す。
「おい、そ、それは恥ずかしい……」
「早くしないと、2周目突入だぞ」
そう言うと、しぶしぶ負ぶさってくる。めっさ軽い。15歳なら、きっと漫画でおなじみの無茶設定なんだろう。150センチで39キロとか。
そのまま六角を負ぶさって、てくてく歩く。
「……どこへ行くんだ?」
きっと振り向いたら顔は真っ赤になってるであろう六角が、小さな声で聞いてくる。
「とりあえず、コーヒーカップにでも乗って落ち着こうか」
「あれ……か?」
俺の顔の横から六角の手が伸びる。指差すのはもちろんコーヒーカップ。
これは宇宙と絡めたネタが浮かばなかったのか、そのまんまだ。まぁ、UFO型とかでもイマイチ雰囲気でないだろうしな。
「そうだよ。あれだ」
「その……なんだ……恥ずかしくないか?」
「否定はしない」
とはいえ、折角のフリーパスだ。使わにゃ損だ。
どっちにしろ今の六角に拒否権はない。係員にフリーパスを見せ、乗る。おんぶしているのでちょっと変な顔、というかあらあら、という顔をされた。
カップ内の座席に六角を下ろし、その反対に座る。それからすぐに、カップが乗っている舞台が回転を始めた。
「これはゆっくりなのだな……」
さっきのがトラウマになっているのか、ほっと胸を撫で下ろした様子だ。
「ああ。でも、そのハンドル回せばカップ自体も回転するぞ」
「うん? これか?」
言って六角はカップ中央のハンドルに手を伸ばす。そして、一気に回した。
「うおっ!? 急に……」
恐るべし戦士の膂力。カップが勢いよく回転する。
つうか速え! 風景がまるで回ってる独楽の模様みたいに線にしか見えん。
「おい! 六角っ! 速すぎ……」
「ほほ~う?」
慌てる俺を見て、六角がにたぁ~と笑う。
「おい、何を……」
「意趣返し」
これ以上ないというほどの笑みを浮かべ、六角は全力でハンドルを回した。




