雨のラーゲルト
雨の降りしきる校庭がオーロラ――縛鎖空間によって400メートルトラックがすっぽり収まる形で外界から隔絶されている。
雨が入るってことは上は閉じてないってこと。
それはとりもなおさず名前に雨を冠してるラーゲルトの仕業なわけだ。
で、目の前で六角と対峙してるエセ英国紳士がそのラーゲルトだな。
『あなたが死神バルフレアを倒した討練師ですカ?』
「だとしたら何だ」
『冗談はやめてくださイ。あなたから感じる縛力のレベルはせいぜい肉体強化程度。いくらなんでもその程度にやられるなどト……』
ラーゲルトが鼻で笑う。六角なんて囮ぐらいにしか思ってないんだろうか。……いや、挑発しているのか? だとするなら何か狙いがあるはず……。
「冗談かどうか試してみるが良いっ!」
六角は刀を翳し、ラーゲルトに突っ込む。
俺は水飲み場の裏から見てるだけ。ズルイとか言うなよ。
こっちにも考えがあるんだ。ただ出て行っても返り討ちになるばかりか、六角の足を引っ張るだけだ。勇気と無謀は違うのだよ諸君。
「天裂く雷、見えざる銀嶺、降り注ぐ流星――断て! 中窪霊戮錬刀!」
『ほう、属性開放の呪言ですカ。成る程、その刀は相当な業物ですネ。ふム……では別にアレを手に入れたわけではないわけですカ……』
例の呪文は刀の力を引き出すものだったのか。よく見たら、刀身が薄ぼんやり光って静電気がぱちぱち弾けてる。雷属性とかそんな感じのを開放したみてぇだな。
それに、やはり戦局を左右するようなキーアイテムがあるぞこれは。そして、どちらの勢力も探しているわけだ。
「何を言っている!」
六角が叫ぶ。俺の読み通り、六角はキーアイテムについて何も知らないようだ。おそらくあまりにも強力なものであるがゆえに、末端が手にして組織内のパワーバランスが崩れるのを恐れて上層部が教えていないのだろう。
『知らないなら知らないままで構いませんヨ』
「ふざけるなっ!」
六角はダッシュし、刀を振るう。
しかし、ラーゲルトはぬかるんだグランドを滑るように移動して、ひらりひらりと攻撃をかわす。
『遅すぎますネ。その刀だけなら十二聖剣級なのに、宝の持ち腐れですヨ』
ケラケラ笑いながら、ラーゲルトは六角の周りを回る。
ところで十二聖剣って何だろ? 話から察するに、強力な力を持った十二本の剣なんだろうが、或いはそれを持つことが許された十二人のエリートかもしれない。
「貴様! どこまで嘗めるかっ!」
六角が追いかけるが、まったく追いつけない。
『もう飽きましタ。バルフレアを倒せたのは単に幸運が重なっただけでしょウ。雑魚はとっとと消えロ』
ラーゲルトが六角の方へ手を向け……
『ニードルレイン!』
「!」
何かを感じ、咄嗟にその場を飛びのく六角。
瞬間――
雨が凄まじい勢いで降り注ぎ、地面を抉り取った。
もはや雨の銃撃。半径1メートルがずたずただ。
「なっ! なんだこれは……」
『わたしは雨のラーゲルトですヨ? あなたにはもったいないくらいですからネ、早く穿たれて散りなさイ』
「くっ!」
ラーゲルトは次々とニードルレインを放つ。六角はそれをかわしながら、少しずつ近付いていく。
おそらくは罠。ラーゲルトは六角を誘導しているのだ。
さっさと倒そうとしているような事を言いながら、実は確実に仕留める事を考えているのだろう。実際に同クラスが倒されてるのだ。油断も慢心もあるわけがない。
奴が右手を振るたびにニードルレインが降り注ぐ。そう右手だけだ。
右手でできて左手で出来ないはずがない。
わざと右をかい潜らせ、相手が攻撃に移る瞬間のその隙をつき、左を放つ。
ボクシング漫画でそういう展開あったもん。はじめの一歩とか。
そうこう考えてる内に六角はもうすぐ刀の間合いに入る。
タイミングが重要だ。六角を助け、且つラーゲルトに隙を作る。
六角が走りながら刀を上段に構え、ラーゲルトが右手を振りながらも背中に隠した左手を握る。
よし、行くぞ。
「六角! 罠だ! 左手に気をつけろっ!」
俺の声に反応した六角は慌てて飛びのく……どころか更に加速し、ラーゲルトの左手を切り飛ばした。六角はあれで、判断力は高いようだな。俺の一言でラーゲルトに出来た隙を、かわすのに使うのではなく、攻撃に使いやがった。
『しまっタ!』
「遅いっ!」
六角は刀を返し、再び斬撃を放つ。今度はラーゲルトの右手が宙を舞った。
『くそッ!』
「とどめだっ! 昼の月、夜の月、我求むるは灼熱の大地――焼き尽くせ! 中窪霊戮錬刀!」
六角の刀が赤く輝き、その周囲の景色すら歪める。今度は炎属性の開放か。
全身のバネをフルに使い、六角が飛び掛りながら斬撃を放つ!
『ちいィ!』
ラーゲルトはすんでのところで後ろに飛びのき、それをかわした。
そのまま、連続して後ろに飛び、距離を取る。
「無駄な事! とどめを刺してやるっ!」
『甞めないでほしイ。調子に乗られても困ル……見せてあげましょウ。私の、真の姿をねッ!』
ラーゲルトが叫ぶと同時に、周囲の雨が空中で静止した。
そしてその静止した雨がラーゲルトを中心に渦を巻く。その水流がラーゲルトの体に吸い込まれていき、それに比例してその体が水のように透き通っていく。同時に斬られた腕も再生していく。
来たか!
俺は準備していたアレを担ぐと、水飲み場の陰から飛び出した。
これをミスったら俺も六角も確実に死ぬ。
『ふはははははハ! わかりますカ? この圧倒的縛力!』
「そ、そんな馬鹿な……! これほどの縛力……? 勝てる……わけが……」