思うところ
俺は六角の寝室に入る。別にいかがわしい目的ではない。
単に登校時間が迫っているからだ。
部屋の隅のベッドでは、六角が布団を抱き枕のように抱え、すやすやと寝 息を立てている。可愛い云々じゃなく、風引くんじゃないか? こいつ。
「お~い、起きろ。朝だぞ」
六角を揺する。
「……うう~ん……」
こいつ、戦士のわりには寝起き悪いな。理由はそのほうが「萌える」からだろう。重要なのは需要であり、合理性とか関係ないわけだ。
「うう~ん……母さま……もう少し眠らせてください……」
……母さま……か。各地を転々とする戦士で、寝言が母さまだとすると――
母親はもう亡くなっているな。そして、父は行方不明だろう。
そして、父は謎の覆面男系のお助けキャラとしてピンチのたびに現れるか、もしくは洗脳されて敵の幹部(もちろん正体は最後にしかわからない)になっている事が多い。不謹慎だが、孤独なヒロインの定番パターンと言っていい。
お助けキャラは現在の俺とキャラがかぶる恐れがある。まだ俺も主人公とはいえないからな。
そりゃ困るんだが、どうせ正体は最終回あたりにしか明かさないとはいえ親子の再会なわけで、邪魔するのも無粋だしな……どうしたもんかね。俺のおいしい部分を残しつつ、そっちの出番を確保する方法も考えとかないとだめかな……?
どちらにせよ、そろそろ起きてもらわないと学校に間に合わない。
「朝だぞ~」
更に揺すると……
「……え? ……なっ……!? 貴様! 何を!」
六角は跳ね起き、凄い目で睨みつけてくる。
「だから朝だよ」
時計を指差す。六角はそれを見るとしぶしぶながらも納得したようで、ベッドから起き上がる。
「飯できてるぞ」
「いらない」
「アホか食え。力出ねぇし、第一せっかく作った俺のこの好意を無にする気か? あぁ~ん?」
半ば引きずるように食堂へ連れて行く。そして無理やり椅子に座らせる。
座ってからはそれ以上嫌がる事もなく、ただちょっと不機嫌そうな表情でトーストにかじりついている。
実際のところ、力は戦士である六角の方が上のはずだから、言葉や見かけの態度ほど嫌がってはないんだろう。
多少は心を開いて来てくれてるのかな? こいつも黙ってれば、普通の高校生なんだがなー。
と、見ていると……
「何だ? 言いたいことでもあるのか?」
眉根を寄せて聞いてくる。
「別に。可愛いなと思っただけだ」
「な……! 貴様……何を……?」
とんでもなくうろたえる六角。耳まで真っ赤にして、パントマイムの壁を早送りしたように手をわさわさ動かしている。
「冗談だ」
「き……っ」
貴様と言おうとしたのか、しかし、二の句をつぐのも忘れるほどかんかんに怒って飛び掛ってくる。ぽかぽか……いやばきばき殴られる。
痛いよ。うん。だが、これで確信した。
やっぱりこいつはまだまだ子どもだ。堅っ苦しい喋り方や、プライドが高いような振る舞いなんかしてるが、それらは全部幼い自分を隠すための鎧だ。
一人で各地を転々としながら戦うなんて、正直大人でもしんどい。強い自分、大人な自分を演じる事で、周りにそう思わせる以上に、孤独から自分を守りたいんだな。
自分は誇り高き戦士だ。寂しくなんかない、といったところだろう。
そしてそれは無意識の内の事で、本人自身気付いていまい。それが子どもって事でもあるんだが……。
分析したがるのはオタクの性。エヴァなんかその典型だが、裏設定だとか描かれない感情なんかも分析しくなるものだ。
だからといって、こう分析したからそれで終わりっていうほど、俺は感情のないマシーンじゃない。
不憫に思う気持ちが生まれてこないと言ったら嘘になる。いかに、お約束をなぞったヒロインだからって――その境遇は本物なんだ。
俺は……ってとりあえず、そろそろ殴るのをやめてもらおう。顔の形が変わる。というか痛すぎ。