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人形館と2つの墓

作者: ねぎ

勢いで書いたので雑です。人によってはバッドエンドとハッピーエンドで別れるかも?あんまりこういうお話書かないのでよく分かりませんがわりと暗いと思います。

 僕は彼女に恋をした。


 それは許されないことだけど。

 身の程知らずと言われて当然だけど。

 僕に恋する心など、無いと知っているけれど。


 それでも僕は確信出来たんだ。


 僕は彼女に恋をした。


 この静かな人形館で唯一の人間である彼女に。

 僕らの身体を動かして遊ぶ、魔女に。



「みんなおはよう」


 彼女が僕らに挨拶をする。

 石のような表情で。

 僕らはカタカタと身体を揺らす。

 それぞれがそれぞれのペースで彼女に応えていく。


「「ォはヨう、レディ」」


 満足げな彼女に、僕も挨拶をしようとする。

 ―――ここでいつも思い出す。

 僕が、声も出すことの出来ない役立たずであることを。

 ブリキや木と違う素材で作られた身体は音を出すことも出来ずにただ頭を振るだけ。

 だから彼女は僕に気付かない。

 此処にいるのに。


 ねえ、気付いてよ、レディ。



 深い深い森の中、太陽の光が当たらないその場所に、ポツリと佇む人形館。

 そこにいるのは寂しき魔女。

 人形を完璧に操ることも出来ない、誰にも求められない、愛されない魔女。


 ほら、僕も君と同じ筈だよね?

 声も出せない、愛されない人形。

 でも大丈夫だよ、僕は君を愛してるから。


 今日の朝食はなんだろう。

 食べ物など食べないし匂いも分からないけど、君が食べる物には興味があるんだ。

 いつか一緒にテーブルを囲んで、目の前で美味しそうに食べる君を見てみたいな。

 君はいつも同じ顔だ。


 笑った顔が見たいよ。


 朝食を終えた君は僕らで遊ぶ。

 ああ、またそのゴテゴテのドレスを着た女の子の人形を選ぶのか。

 それが君のお気に入りなんだね。

 いつ僕を選んでくれるのかな。

 そんな日は来るのかな。


 早く君に手を握って欲しいな。

 君の手を握って何処かに行きたいな。


 ―――何処かって、何処だろう。


 君の行きたい所がいいな。

 僕はただ、君の隣にいれればいい。

 ねえ、いつかそんな日が来るよね?

 君はやっぱり、僕に見向きもしないけど。



 とても珍しいことが起きた。

 人形館の扉が叩かれた。


 来客だ。


 僕は嫌な予感がした。

 魔女である彼女を人間が殺しに来たのかも知れない。

 扉に向かう彼女に僕は叫びたかった。


 開けるな!

 開けるな!!

 開けるな!!!


 扉の先には1人の人間。

 騎士のような男だった。


「迎えに来たよ」


 男が言う。


 そして




 彼女が笑った。


 笑った。

 笑った。

 笑った。

 笑った。

 笑った。


 僕の中で、何かが弾けた。



 彼女はとても幸せそうだった。

 最初に朝の挨拶を交わすのは僕らじゃなく、あの騎士。

 テーブルを囲んで食事をするのは僕じゃなく、あの騎士。

 彼女と遊ぶのも、あの騎士。


 ずっと無表情だった彼女を笑わせたのは、あの騎士。


 毎日彼女を見ているだけで澄んでいた僕の中身は、インクを零したかのようにただただ黒く染まっていった。


 お前は誰だ?

 僕の方がずっと彼女を見ていた。

 僕の方がずっと彼女を好きだ。

 僕の方がずっと彼女を愛しているんだ!!!


 彼女と挨拶を交わすのは僕だ。

 彼女を笑顔にするのは僕だ。

 彼女と食事をするのは僕だ。

 彼女と楽しく過ごすのは僕だ。


 彼女と手を繋ぐのは―――


 ねえ、僕じゃなかったってことなの?レディ。


 応えてよレディ。

 こっちを見てよレディ。

 僕を見てよレディ。

 どこに行くのレディ。


 君の瞳には、もうそいつしか映っていないんだね。

 僕がそいつになれば、君と共にいられるんだね。


 僕が人間になれば。

 僕が、人間になれば。


 そうだよねレディ?

 じゃあ、今から迎えに行くから。

 待っててね、レディ。



「誰なんだい?君は…」


 自分の声で目を覚ます。

 …とても悲しい夢を見た。

 自分の顔が涙で濡れている。


 ―――あの少年は一体…


 そこまで考えて何かを思い出す。

 急いで彼女のもとに向かう。

 彼女は僕を見ては笑顔を見せた。


「どうしたの?」

「聞きたいことがあるんだ」


 僕が深刻な顔をしていることに気がついて、彼女の顔も強張る。


「君、昔人間を操る練習の為に、男の子を1人攫わなかったか?あの子はどうなったんだい?」


 僕にそう聞かれた彼女は、長い年月の中での記憶を遡る。

 ようやく思い出したのか、はっとして言葉を紡ぐ。


「…あの、声の出ない捨て子?攫ったなんて人聞きが悪いわ。拾ったのよ。でも確かあの子は…」


 彼女の顔が曇る。


「死んだわ。恐らく病気で」

「恐らく?」

「ええ、原因が分からないの。そこに座ってたんだけど、気付いた時には息が止まってたわ」


 彼女は詰まれた人形の、隅の方を指さした。

 当然そこには何も無い。


 ただ―――なんだか、さっきまでそこにいたかのような、そんな感覚だけが残っていた。


「そうか、それは…報われなかったね」

「…ええ」

「君は悪くないよ。人間は脆い生き物だからね」


 話しながらいつもの癖で腕時計を確認しようとすると、部屋に忘れてきていたことに気付いた。


「ちょっと、部屋に戻るね」


 彼女が頷いたのを確認し、部屋に戻る。


 ―――愕然とした。


「…え?」


 部屋の真ん中に、男の子が立っている。

 完全に見た覚えのない、ボロボロの格好で、喉に包帯を巻いた男の子。

 …喉に、包帯?


「まさか君が」



 その後の記憶はない。





「レディ!」


 彼の声に振り向くが、すぐにそれが彼でないと分かった。

 光り輝くような無邪気な笑顔で、その誰かは私を抱き締めた。


「ああ、レディ!会いたかった!ずっとずっと貴方に会いたかった!」

「…貴方…」

「ねえ、見ていたんですよ、レディ。貴方のことを。貴方は僕を見てくれなかったけど、僕は見ていた!分かるでしょレディ?僕が」


「誰なの?」


 男が固まった。

 私を抱き締める腕が緩む。

 顔を見ると、目を見開き、唇を震わせていた。

 数分もの間を置いて、男が声を絞り出した。


「レ、ディ…僕が、分からないんです、か」

「ええ。だから彼を返して」

「…彼」

「貴方が奪ったその身体の持ち主を返せと言っているの」


 男の目に涙が溢れた。


「そんな、そんな、だって僕は、こんなにも貴方のことを」

「私は貴方を愛してないわ。私が愛するのはあの人だけよ」

「どうして…ようやく人間になれたのに、ようやく喋れるようになったのに。ようやく、ようやく貴方の笑顔を!見られるようになったのに!貴方に触れることが出来るのに!!どうして!!!」


 男…いや、その中にいる少年は、涙を流しながら叫んだ。


「どうして貴方は僕を見てくれないんですか!!どうして気づいてくれないんですか!!あの壁の隅でずっと待っていたというのに!!!ずっと貴方に恋い焦がれていたのに!!!」


 ―――どうして。

 どうして私はこの子を拾ってしまったのだろう。

 声が出ないというだけで捨てられた哀れな子。

 誰も要らないなら私が貰おう、その程度の気まぐれだったのかも知れないし、同情だったのかも知れない。

 もう何十年も前のことだから上手く思い出せないけど。

 だけど…あの壁の隅でこの子が息絶えていた時。


「貴方自身の声を、聴きたかった」


 少年が顔を上げた。

 そこにあるのは、どこまでも一途で純粋な1人の少年の泣き顔。

 なんだか泣かせてしまったことに申し訳なくなってしまうような、弱々しい人間の顔。


「…まさか、私を愛する人間がいるなんてね」

「え…人間…?」

「ああ、貴方は自分を人形だと思ってたのね。死んだことにも気付いてない。なら教えてあげる。貴方は人間だった。もう死んだ。私が愛するのはその身体の持ち主。さあ、もう逝きなさい」

「…嫌だ…レディ…僕は貴方と…」


 少年の肩を、私は抱き締めた。

 これ以上苦しませたくない。

 愛してくれたのだから、せめて私の手で…。


「貴方と一緒に死にたい」



 銃声が響いた。





 魔女が住むと言われた屋敷に火が放たれた。

 人間が彼女を殺しに来たのだ。


 しかし、焼け跡の屋敷の中には大量の黒焦げた人形しか見つからず、魔女の死体らしきものは何処にも無かったと言う。





 人間が立ち入ることはない筈の墓場に、1人の騎士がいた。

 彼女の名が刻まれた墓石に花を添える。



 意識が戻ったのは、屋敷に炎が包まれ始めている時だった。

 そして―――


 目の前には彼女の死体。

 胸を赤く染めた、彼女の死体。


 その傍らには、銀の弾がこめられた銃…それは自分の持っていた物だった。


「な…んで…」


 僕が撃ったのか?彼女を?

 何が起きたのか全く分からない。

 屋敷には炎が広がり始めている。

 どうすれば…と回らない頭で考える僕の視界の隅で、何かがぼんやりと光を放った。

 見ると、首に包帯を巻いた男の子が、冷たい目で僕を見下ろしていた。


「僕がレディを殺した。お前に殺される前に」


 背筋が凍った。


「誰にも奪わせない。レディは永遠に僕のものだ」


 そう言い残し、男の子は消えた。



 彼はいつから気付いていたのだろう。

 僕が彼女を殺そうとしていたことを。


「ごめんね、僕には愛なんか分からないんだ」


 僕は花と共にその言葉を添えて、墓場を後にした。

 彼女を騙したことへの罪滅ぼしのように、僕は彼女の死体を持って屋敷から逃げた。

 殺した相手の墓を作るのは僕のルールだ。

 そうでなくとも、何百年と生きた彼女の生涯を尊重して作らずにはいられなかった事だろう。

 これであの少年も旅立つことが出来たし、自分のやるべき事もやった。

 屋敷は焼け落ちて殺人の痕跡など跡形もない。

 残ったのは人形だけ…。



「…さようなら」



 白銀の騎士は墓場ではなく、人形館があった方に背を向けて歩き出した。

 そして2度と、振り返ることはなかった。





††

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