駄作の先にある駄作
「あれ、何か背中の感触がおかしいような……のわっ、何だここは!」
俺は大きな声を上げる。生まれてこのかた一度も上げたことのないような大声だった。だが、俺の今の状況を見てもらえれば誰でも納得してくれると思う。まず、俺はついさっきまでどう考えても自分の部屋で寝ていたはずだった。が、ふと目を閉じて次に開いたとき、
「ここ、島だよな……?」
俺がいたのはどこからどう見ても周りを海に囲まれた島だった。……いや、おかしいんだけどな、おかしいんだけど、これ以上の説明ができないんだよ。あと説明できるとしたら、俺は砂浜に打ち上げられてて、少し遠くに周りを木々に囲まれた細い道があって、向こう側に城のようなものが見えて……、それだけだ。いったい俺が目をつぶった10秒くらいの間に何があったっていうんだ。そんなことを考えていると、頭の中に声が響く。
「あー、優、聞こえる? お母さんだけど……」
「お母さんだけど……、じゃねー! このよく分からない状況を作り出した張本人はお前か!」
どうやら張本人は俺の母親だったらしい。
「まあそうすねないの。ちょっといろいろあって、新しいソフトの開発することになってね。で、試作品なんだけど、優に試してもらおうかと思って」
そういえば俺の母親はプログラマーでいろいろなゲームソフトの開発に取り組んでいたような気もするが、にしたって今回の完成度は異常だ。
「なんで俺がゲームの中にいるんだよ?」
「それはね……」
母親はゲームの仕組みを説明し始めた。どうやらこれは次世代型のハードで、ソフトを使えば擬似的に異世界に行くことができるらしい。……ん、いや、待てよ?
「俺そんなソフトもハードも見てないんだけど」
「私が指定した人ならいつどこにいてもそのソフトの中に飛ばせるのよ」
「何だそのチート過ぎる能力……」
俺は呆れるが、現状が現状だけに認めるしかなかった。
「でもこんなのどこで使うんだよいったい……」
「私も知らないわ。とりあえず人の入れる空間をゲームソフトの中に作ってほしいとは頼まれたけど」
「そんな怪しそうな仕事うけるなよ……」
「報酬が良かったからね、仕方ないのよ」
母親は嬉々とした声で俺に言う。
「……どのくらいなんだ?」
「実はねぇ……」
母親が言った金額に俺は目を丸くする。
「お、おいまじかそれ……」
「ええ、ステーキに高級料亭何でも食べ放題でしょ? というわけで、優にも協力してもらいたいんだけど、どうかな?」
「もちのった!」
即答だった。むしろ断る選択肢などありはしなかった。
「じゃあ、ルールの説明に入るんだけど、とりあえず、目の前に見えてるお城があるじゃない? あそこまで辿り着いたらゴール。どう、単純明快でしょ?」
「……いや、簡単すぎやしないか?」
ルールは確かに簡単なほうがいいが、さすがに疑問に思う俺。すると母親は補足説明に入った。
「大丈夫、途中には3人の門番がいて、一応簡単には通れないようになってるから」
「……今の一応ってなんだよ」
「とりあえず、所要時間と難易度を見たいからなるべく早くね!」
(プツッ!)
「……切りやがった。俺の質問全スルーかよ」
とはいえ、このままゲームの中にいたのでは何もできない。俺は諦めて先ほど見つけた小道に入ることにした。
しばらく歩くと、二本の分かれ道に出た。
「これはどっちに行けば……」
よく見ると立て看板のようなものがあった。
(たまがなししみてあたあたゆ たぬきとひとつ後)
「何だこれ……」
たまがなししみて、という文章を真面目に読もうとして恐ろしい考えに至った俺は、あわてて股間をおさえてその思考をシャットアウトした。精神的ダメージまで与えてくるとは、侮れんなこのゲーム……。そこで後半のヒントらしき文を参考に、まずはたのひとつ後を抜いてみる。まあゆ。……うーん、よく分からん。まさかマー油のことではないだろう。ここはどうも素直にたを抜いたほうがいいらしい。
(まがなししみてああゆ たぬきとひとつ後)
少し考えた俺はある考えに至る。
「……ん? これは文字をずらせばいいのか?」
その文章の文字を一つずつずらしていく。
「み…ぎ…に…す…す…む…と…い…い…よ? 右に行けばいいのか?」
俺はその文章の通りに右に進むことにした。
そのまま進むと少し広い場所に出た。どうやらこの道で合っていたらしい。とその時だった。
「ハーッハッハ、我が名は第一の門番マー油魔人なり!」
マー油瓶がそのまま怪人になったかのようなよく分からない怪物が現れた。だが、そんなことはどうでもいい。
「……こんなところで伏線回収せんでも」
俺にとって重要なのは、間違って読んだはずの解読法が実は地味につながっていたというその一点だけだ。しかもこいつ、第一の門番って言ってたような……。じゃあ、さっきのあの恐ろしい文はただの読み間違いかよ! あれが第一の門番みたいなのだと思ったのに、全然違ったのか……。
「おや、なんでそんな白けているのだそなたは?」
「何でもない。んで、お前は一体ここをどうやったら通してくれるんだ?」
「我の出す問題に答えればそれでいい」
「単純明快だな……」
「ではいくぞ? 一人暮らしの我はある日、八百屋さんに買い物に行ったのだが、そこですいかとメロンを買ったのだ。では、我が家に着いてから一番最初にすることは一体何だとおもう?」
「……ん?」
いやいや待て待て、こいつが最初にすることなんて知るかよ。そもそもこいつ一人暮らしなのかよ! とか思ったが、今はそれどころではない。そもそも買った果物まったく問題に関係してないし。でも、実は関係……してるわけないよなぁ……。
「ちなみに答えられるのは3回までだ」
「回数制限付きかよ!」
「まあ時間制限はないから安心して考えるがよい」
くっそー、思った以上に面倒だなこれ……。安請け合いなんてするんじゃなかった。
「……果物を食べるんじゃないのか?」
「フッ、はずれだ。そもそもすいかもメロンも包丁がなくては食べられないではないか」
「だよなぁ……」
やはり果物は問題には関係なかったらしい。
「……えっと、お前の頭のふたを開ける?」
「言うに事欠いて何ということを貴様! 私のマー油は本場中国で作られたのだぞ! そんな簡単に開けたら風味が落ちてしまうに決まっておろうこの大馬鹿者が! 全世界のマー油瓶に謝れ!」
「……はぁ、すみません」
ふざけて答えたつもりではなかったんだが、まさかマー油に説教される日が来るとは思わなかったよ。しかも謝ることになるとは。
(あと一回か、まじめに考えよう……)
とりあえずこいつを普通の人だと考えよう。そうすると、一人暮らしの人がスイカとメロンを買って帰ったんだよな。んでもって、帰って最初にすること……、あれ?
「ほらどうした答えられないかマー油をバカにしおった罰だハーッハッハ!」
こいつうぜぇ。答え分かったしとっとと答えるか。
「家の鍵を開ける、じゃないか?」
するとそれを聞いたマー油の表情が見る見るうちに青ざめた。
「な、え、えっと……すまない、もう一回言ってくれないか?」
「だから、家の鍵を開ける。一人暮らしなんだから当然鍵をかけて家から出てるよな。そしたら、鍵を開けなきゃ家にも入れないし、果物も食えないだろ?」
「え、えっと、もう一度……」
「いい加減にしろてめぇ!」
時間を引き延ばそうとするマー油魔人に俺はしびれを切らして叫ぶ。
「……ええい正解だ! この先に進むがよい!」
すると、マー油瓶は小さくなり、小さなマー油瓶がそこに転がっていた。
「マー油魔人、お前のことは忘れないぜ……!」
俺はマー油瓶を拾うと、先に進むことにした。
その頃、ゴール近くの広場では。
「どうやらマー油瓶がやられたらしいわね」
「だがやつは我らの中でも最弱。しかたあるまい」
そう言って立ち上がる。
「……あれ、どこ行くの?」
「知れたこと、やつを倒してくるのはこの私だ。貴様の出る幕などない」
そう言って姿を消したのが第二の刺客で、
「あらあら、血気盛んね……」
そうため息をついたのが第三の刺客であることなど、もちろん俺は知る由もなかった。
「……また分かれ道かよ」
その頃俺は、再び分かれ道へと来ていた。が、今度は俺は迷わず左に進んだ。……えっ、何でかって? 今度の暗号は、くにしちすにって感じで書いてあったんだけどな、これどう考えても立て札にあるコンピューターのかな入力しか考えられなかったんだよ。あとは何か近くにあったキーボードの文字に従って暗号を読んだってわけだ。な、迷う要素なんてどこにもないだろ?
しばらく歩くとまた広い場所に来た。すると、遠くの木から、何かがこっちに向かって飛んでくる。俺は右腕で目をふさいで砂埃を防ぐ。砂埃が消えたな、と思ったタイミングで腕を外し眼を開けると、そこにいたのは某有名旧型ゲームハード……いや、言ってしまおう、プレステだった。
「貴様がマー油瓶を倒した少年か」
「え、ええ、まあ……」
何でこのゲームいちいちシュールに笑いとってくるんだよ、プレステが重々しい口調で話しかけてくるとか狂気の沙汰以外の何物でもねーよ。俺はそんな本音を飲み込み、適当にうなずいておいた。
「あやつなどただの使い捨てにすぎん。本当の恐怖はここから始まるのだ!」
さっきといい今といい、雑魚フラグに死亡フラグみたいなの立ちまくってんなぁ……。
「あいつは本当に強いぜ、気をつけろ!」
何か拾ったマー油瓶がささやいてきた気もするけどスルーしとこう。
「えっと、どうすれば俺はここを通れるんだ?」
「私、イーションの出す問題に答えればよい」
ああ、方式は一緒なのな。じゃあいいや。っつーかどこ略してんだこいつ……。言われなくても誰もプレイステーションって正式名称なんか忘れねーよ!
「じゃあ、問題を頼む」
「ふっ、そんな余裕でいられるのも今のうちだ。今に貴様は立ち上がれなくなるほどの難問に出くわすのだからな!」
うっわー、何だこいつのこの死亡フラグの立てっぷりは……。
「えっと、で、問題は?」
気にしていても仕方ないのでとりあえず問題を頼む俺。
「では問題だ。一人暮らしの私は自転車で買い物に行ってすいかとメロンを買ってきたのだが……」
おい、こいつも一人暮らしかよ!一緒に住んでやろうぜお前ら! しかもこいつらスイカとメロン好きだな……。突っ込みどころは相変わらず多かったが、気にしても仕方ないのでとりあえず問題に神経を集中させておこう。
「その帰り道、交差点を飛び出してきた車にはねられそうになった。かごに入っていたスイカとメロンも落としてしまってぐしゃぐしゃだ。では、私が一番最初に落としたのは何だとおもう?」
……あれ? 途中から問題が違うぞ? つーか一人暮らし全然関係ねーじゃねーか!
「答えるチャンスは二回までだ」
あれ、しかも地味に回答できるチャンスが減ってる? 今回はよく考えてから答えるか。
車にはねられそうになったんだから、当然最初に落とすのはスイカでもメロンでもないよな。第一どっちが先に落ちるかなんてその時下にあったほうに決まってる。ここで答えさせたいのはそういうことじゃないんだろう。そしたら、まず事故にあいそうになったときの行動を考えてみるか。一番最初にやりそうなのはブレーキだよな。ってことは……
「分かった、スピードだろ? 車が飛び出してきたら、お前も当然減速するだろうしな」
「……正解だ。くそっ、先に進むがよい!」
プレステは元の大きさにもどってそこに置いてあった。
「何だかんだあったけど、結構素直な奴だったなこいつ……」
俺は少し迷ってから、結局プレステも持って先に進むことにした。
「ようこそ。最後の刺客は私よ!」
最後の道には分かれ道もなく、あっという間に着いたのだが、その場所にいたものを見て、俺は言葉を失った。それは紛れもなく、
「母さん? どうして……」
「いや、機械が誤作動起こしちゃって、私もこのゲームの中に飲み込まれちゃったのよ。何かバグがあったみたいで、このまま答えられないと優も私もここから出られなくなるみたい、頑張って!」
……いや頑張ってじゃねーよふざけんな! お前このゲームの作成者じゃなかったのかよ! 確かにマー油やらプレステやらどことなくおかしいとは思ってたけどそのせいか!
「どっちにしてもここから出るには第3の刺客倒さなきゃいけないんだし変わらないか……」
「そういうこと。じゃあ、最後の問題いくね?」
俺は諦めて母親の問題を待つのに身構える。だが、
「一人暮らしの私はある青果店に勤めているんだけど……、」
いや、ちっげーだろ! 母さん俺たち家族と3人暮らしじゃねーか! つーか青果店ってまんまあんたの職場じゃねーか! ……一通り突っ込み終わったので問題の続きを聞くとしよう。
「ある日、中の見えない箱が3つ届いたのよ。1つは大量のすいか、もう1つは大量のメロン、残りの一箱には両方のフルーツがミックスされて大量に入ってるの。箱には中身が表示してあってすいか、メロン、ミックスと書いてあるんだけど、ややこしいことに、3箱全ての表示が間違っているという電話が先方から入ってきたの。 私が3箱の正しい中身を知るためには、最低でいくつのフルーツを箱から取り出さなくちゃいけないかな? 取り出すの多いとめんどくさくて……」
……完全にてめーのお悩み相談じゃねーかちくしょう! 俺の知ったこっちゃねーよ! とはいえこれを解かないと俺は外に出られないしなぁ。
「ちなみに急いでるんで制限時間10分以内に回答回数は一回でお願いね?」
「だからお前の事情なんか知らねーよ!」
よく分からない注文を付けられたが、この問題自体はどこかで見たことがある。俺はすらすらと答えていった。
「ミックスと書いてある箱から一つ取り出す、が答えだ。もしすいかが出てきたらメロンの箱にミックスが入ってるし、メロンが出てきたらすいかの箱にミックスが入ってるってことだからな」
「……ああ、なるほどそういうこと! さすが私の息子ね!」
母親はそう言って消えていった。一体何だったんだ今の茶番は……。さて、後は俺がここから出るだけだ。城の入り口は……あれ?
「ハリボテじゃねーか!」
よく見ると外見はただの段ボールだった。そのまま裏手に回ると、青い光に包まれたワープゾーンがあった。
「これに乗ればいいんだな」
そしてプレステとマー油を手に持った俺は青い光に包まれた。
「……いや、何だこの話の展開。おかしいだろやめやめ」
俺は諦めてペンを投げた。実はこれ、今度の文化祭の作品展に出品する予定の作品だったのである。だが、今の時間は夜の3時。テンションが深夜のようなおかしなことになっているせいでよく分からないものが出来てしまった。
「少し休むか……」
こういう時は少しのんびり休むに限る。俺は椅子から降りると、パソコンから離れ、ベッドの上に横になると、仮眠を取ろうと目を瞑った。