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 七月十六日


 最後まで参っていた金田(かなだ)萌々枝(ももえ)が部屋に入ると、藤川(ふじかわ)(はじめ)江口(えぐち)みどりと姫野(ひめの)(みやび)がいた

 雅と一はお互いを睨み合い、みどりは怪訝な顔をしていた

「なに言ってるの。木下(きのした)先生は、勝手に落ちたのよ」

「みどりは見てないからだよ、俺は見てた」雅は顔を顰めた

「助けなかったから、殺したって言いたいのか」

 そう言うと一は溜息を吐き、立ち上がって帰り支度を始めた。

「いつもだけど、姫野は何で俺に突っかかってくるんだよ。木下先生を見殺しにしてしまったのは悪いと思ってるけどさ」

 一は萌々枝のかばんを引き寄せるとつぎつぎと荷物を仕舞っていき萌々枝に手渡すと自分のかばんも背負った。

「帰るから。」

「わかった。先生の奥さんに挨拶くらいして行きなさいよ」

「うん、分かってる。もも行こう」

 萌々枝の手を引きながら一は出て行った。

 それを見送りみどりは手元の小説に目を戻した。

「雅くんの言いたいことも分かるけど、はじめが殺したって言うのは違うでしょ」

「だからさっきも言ったけど、藤川が落としたところ見たんだよ」

「頭おかしいんじゃないの。雅くんがどうしてそこまではじめを嫌うのか私は知らない。

 だけどね、友達をそんな風に言うのってないんじゃない?」みどりが顔をあげ雅の目を見つめる。雅はみどりの目を直視できなかった。雅は首を振った。

「本当なんだよ」




 全校生徒は収容され、木下先生が亡くなったという知らせを聞いた。体育館には、生徒のすすり泣く声がこだました。

 みんなで葬儀にも出た。親族は、大勢で押し掛けた生徒たちに嫌な顔一つせず、涙をぬぐいながら迎えてくれた。

 雅は、三年生になった今年の春、この街に越してきたばかりで、編入してから数ヶ月経った高校のことを今でもよくわかっていない。

 木下にも、特別世話になった覚えはなかった。でも、彼の遺影を前にして足がすくんだ。

 あどけなく、ハツラツとしたまぶしい笑顔で写る木下先生の笑顔。やさしい光に包まれた写真に、思わず雅は引きこまれた。

 そして、彼がとても愛されていたことを知った。生徒たちは何度も深く頭をさげながら手を合わせ、お焼香をあげる。涙を流す者もいれば、顔を青くするだけで静かに悲しみをかみ殺す者もいた。雅はそのどちらでもなかった。木下先生というイメージが漠然とし過ぎて。直接木下に対する特別な感情はこれといってない。

 木下は学校に勤務中、ひとりの女子生徒をかばって死んだ。階段から足をすべらせたところを、助けようとして巻き添えを食らったのだと。例の生徒は、軽い怪我で済んだが、先生のほうはそうもいかなかった。

 背中から落ち、呼吸困難。さらに頭を強く打ち、病院に運ばれたがまもなく死亡が確認された。

 階段から落ちた女生徒というのは、ずっと本堂で熱心に手を合わせていた金田萌々枝のことだった。

 木下先生は萌々枝のことを、必死に守り抜いてくれたのだ。

 葬儀が済んでからまだそうも時間は経っていない。生徒や教師たちの傷も癒えぬまま、あっという間に時が過ぎた。

 帰りのホームルームで、話し合いが開かれた。クラスから、二人代表を決めて、四十九日の法要に参加してほしいと言うのだ。

 そこに推薦されたのが、江口みどりだった。

 彼女はクラスでも面倒見がいい。でもやわらかや穏やかというイメージとはかけ離れている。いつも冷気をまとっていて、どこかが尖っている。それでも、生ぬるいやさしさをは持ち合わせない厳しい姿勢が、教師をはじめ、特進クラスの生徒から評価されていた。

 じゃあ、あとひとり。担任の言葉に、手を挙げたのが姫野雅だった。

 みどりと萌々枝が揃えば、藤川一も法要に参加することがわかっていたからだ。

「あいつらはみどりのおまけみたいなもんだよ」

「雅くんは子どもだ」

 抑揚のない冷たい声でみどりが言う。

 特進クラスの生徒は、自分のプライドが傷つくことが嫌いだし、慣れていない。

 すこし間を置いて、雅は立ち上がる。

「……じゃあ、俺も帰る」

 みどりの一言に傷ついたふりをして、荷物を背負う。

 隣の広間では、まだ木下の親族たちが身を寄せている。悲しみに身を沈めているわけでもなさそうだが、決して盛り上がっているわけでもない。

 ざわざわという声を聞きながら荷物をまとめた。

 父から借りたすこし袖の余った喪服の裾を直し、黙って襖を開けた。

 背中からさようならも、ごめんなさいも。みどりから聞くことはなかった。


 丁度帰宅ラッシュと重なって雅は乗客に押されるように電車に乗り込んだ。

明らかに乗りすぎな車内を掻き分けるようにすすみ、壁際の空いたスペースを確保する。音楽プレイヤーをだすためにポケットに手をいれた。掴んだのはぐしゃぐしゃになったみどりからもらった会場までの地図だった。同時にみどりの涼しい顔が頭に浮かぶ。

みどりの一への執着はなんだろう。恋人に対するそれだといえばそうだが、何かが違っているように思えた。一がポストを見て「あれは青色だ」と言うとそう思うに違いないし、誰がそれを「誤っている」と言っても受け入れるとは思えない。

音楽プレイヤーを触っていると携帯が鳴った。メールを受信したのだろう、ランプが点滅している。それは緑色だった。

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