私は友情を垣間見ました
パリーン、とガラスが割れる音と共にドロップアイテムは砕け、粒子状になった。
その粒子が私の体に吸い込まれていき、
【マネーを獲得しました】
メッセージが流れる。
このゲームはドロップしたアイテムを破壊することで、ある程度のマネーを獲得することが出来る。
「うわぁ、これ持ってんだけど。いらね」や「あ、やべ、バッグの中一杯か。どうすっかな、やっぱいらね」という場合などに対しての配慮である。アイテムを取得可能な者はアイテムをドロップさせた本人だけなので、実際、その程度の配慮でしかない。
しかし、そのことは脇に置いといて、とりあえず私は息を落ち着かせる。
これは一体、どういうことだ?
普通なら、触れるだけでアイテムを取得することが出来る、はずだ。
それなのにアイテムを入手できない。
VR技術は実用化されてからまだ日が浅い。
そして『エルスティア・オンライン』は正式サービスが開始されてから、一か月と経っていない。
システムは完全とは程遠く、アップデートを重ね、徐々に完成形に近づけていく。そういうことになっていた。
やはりこれはバグであろう。
些細なバグなら目を瞑れる自信が私にはあるが、さすがにこれは致命的だ。
運営に問い合わせようとメールを送るが、
【現在メールを受け付けておりません】
すぐに私の前にメッセージが流れる。
おそらく、テロリストに対してのメールの問い合わせが殺到しているため、運営は窓口を閉じたようだ。
何度かメールを送るが、全て同じ反応。
これは非常にまずい。
アイテムを拾うことが出来なければ、ドロップアイテムを売ってそのお金で、ひきこもるという崇高な行為が出来ない。
先ほどのように、ドロップアイテムをマネーに変えることも出来るが、もらえるマネーは申し訳程度のもの。
効率が悪すぎる。
一度、街に戻ってバグが修正されるのを待つか? 他のプレイヤーから情報を集めるのもいい。
だが、それでは、ひきこもることが出来ない。
始めから各プレイヤーは、宿に一泊するだけのマネーを持ってはいるが……、どうする?
私は逡巡した後、
もしかしたら、このバグは一時的なものかもしれない、と私は再びスライムの感触を楽しむことにした。
♢
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
【アイテムを取得することが出来ませんでした】
……
結果。
だめだった。
あれから、三時間ほど粘ったが、目の前に流れるこのメッセージ。
やはり数時間足らずでバグが修正されることは無かったようだ。
それ以前に現実世界の方では、バグの修正に手が回るどころではないのかもしれない。
私は何度もスライムと死闘を繰り広げ、少なからずレベルが上がった。そして、スライムの行動パターンも完全に把握した。
最初は何度か攻撃を食らっていたが、今ではノーダメージでスライムを亡き者にすることが出来る。
時々、危ない場面があったが、レベルは上がる度にHPが全回復する仕様なので、大助かりだった。
そのため、ポーションを使ったのは二回だけだ。
そして、何十体もの不定形生物を屠り、その度にドロップしたアイテムを踏み潰し続けた結果、
【称号〈スライムの大量殺戮者〉を獲得しました】
【称号〈アイテム破潰者〉を獲得しました】
なんか物騒な称号をもらった。
称号というのだから名誉なのだろうが、なんというか、私はもらっても全然嬉しくない。
これはどう見ても不名誉だろう。
だが、もらったのだから仕方が無い。
有り難く受け取ってやることにしよう。
ふと気づくと、時刻は夕方になりかけだったので、私は一度街に戻ることにした。
♢
街着くと、街の人口は『声』の時と同じほどで、大して変わっていなかった。
私は雑踏の中をゆっくりとした足取りで進む。
まさか、初のログインでログアウト不可能となり、さらにはバグでアイテムを取得不可となるとは思いもしなかった。
おまけに、スライムを斬る感触は癖になるし。
私は靴を伝わって感じる、固い石造りの地面を踏みしめて歩く。
道を行き交うプレイヤー達は実に落ち着いたもので、先ほどのパニックが嘘のようだった。
まあ、自分よりパニックになっている人を見ると逆に落ち着くというし、状況を冷静に把握した人や先に落ち着いた人達に宥められたりして、収束していったのだろう。順応性が高いのが人間というものである。
空を見上げると、夕日が視界に飛び込んできた。
現実世界より一回りも二回りを大きい。色彩も本物とはかけ離れている。しかし、その現実離れしたその光景に、私はなぜか現実よりもより現実めいて見えて、とても綺麗だと思った。
夕日を見ながら、私は疑問を感じた。
そういえば、アイテム入手不可のバグについて誰も話題にしていないが、何故だろうか?
通常のゲームもそうだが、デスゲームとなった今では生死を分ける致命的な問題のはず。
道行くプレイヤー達の話題はテロリストについての考察やこれからどうするかといったことばかりだった。
まあ、いいか。大方、デスゲームとなった今の状況を危惧して、ほとんどのプレイヤーは街の外に出なかったのだろう。しかし、右も左も分からない初心者なら、ともかく、正式サービス開始からプレイしている古参プレイヤーがぷにぷにぶよぶよのスライムごときに恐れを為したということなのだろうか? ここにいる初心者なんか物騒な称号を二つももらったというのに。
いや、今は考えるのはよそう。仮にそうだとしたら、その古参プレイヤーに失礼だ。
その人にはその人なりの考えがあるのだ。逃亡も戦略的撤退なのだ。チキンもビビりもその人にとっては戦略的価値があるのだ。
色々考えなければならないことがあるが、とりあえず今日は宿をとろう。何、焦る必要は無い。明日考えられることは明日考えればいいのだから。
私は宿がある方へと足を進めていると、あるプレイヤー達の会話が耳に止まった。
「おい、あそこのフィールド行ったか?」
「ああ、行ったぜ。良い狩場だったな」
「そうか、あそこのモンスターからドロップする素材で結構いい防具作れるぞ」
「お、そうなんか。さっき凄い量の素材がドロップしてさ、お前これいる?」
「え、俺にくれんの? なんか悪いな」
「いいって別に。今大変なことになってんだ。こいう時こそ助けあっていかなきゃな」
「そうか、サンキュー。あ、これさっき俺が採ってきた素材だ。余ったからやるよ」
「おお、ありがとう」
「お互いさまだろ」
「そうだな、お互いさまだ」
「ははは」
「ははは」
「はははははははははは」
「はははははははははは」
「ははははははははははははははははははははは」
「ははははははははははははははははははははは」
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
は?




