私達は人質です
不定期更新です。
『突然だが、諸君らはログアウト不可能となった。各々確認してみるといい』
私がVRMMO『エルスティア・オンライン』に初めてログインしてから5分と経たずして、その『声』は始まりの街にいた私を含めた全員の耳に届くことになった。
『当然、何故? という疑問も挙がるだろう。その疑問に要約して答えるならば、全てのサーバーは我らが掌握し、諸君らは我らの大切な人質となった。故にログアウトされるわけにはいかないということだ』
周囲からざわめきが起こる。
『何、国が我らの要求を飲めば今すぐにでも諸君らは解放されるだろう。要求を飲めさえすればな。──ああ、諸君らにとって重要なことを一つ。この仮想世界の中での死は現実での死に直結する。努々忘れなきよう心に留めておくことだ』
動揺が広がる。
『しかし、ただ怯えた日々を過ごすだけでは些か退屈だろう。最後に言っておくこととして、諸君らに救済措置を与えることとする。このゲームをクリアすれば全員を解放することを約束しよう。では健闘を祈る』
その言葉を最後に『声』は途切れた。
すぐさま、他のプレイヤー達は半信半疑ながらもことの真偽を確かめようとメニュー画面を開き、そして絶望に染まったような顔をしていた。
私も周囲の反応で既に分かり切っていたが、一応確認してみる。
メニュー画面を開くと、そこにはあるはずのログアウトボタンが消滅していた。
どうやら、『声』が言っていたことは事実らしい。
周囲から嘆き悲しむ声やすすり泣く声、怒りの矛先を罪の無い者に向ける声が響き渡る中、一人私は──
「よっしゃあああああああああああああああッ!!」
握りしめた拳を天高く突き上げ、歓喜に満ちた盛大な叫び声を上げていた。
近くにいた者からは不審な目を向けられた。キチガイと思われたかもしれない。しかし構うものか。
私は喜ばずにはいられなかった。
私には目的があった。何を犠牲にしたとしてもやらなければいけないことが。
そのために興味もないこの世界のゲーム知識を身に着け、血を吐くような努力を重ね、万全の準備を持って臨み、ここにいるのだ。
私がやらなければいけないこと。それは──
──現実逃避だ。
私はぶっちゃけ最近、現実が辛いのだ。
具体的には受験勉強が辛い。
私を後目にぐんぐんと偏差値を伸ばしていくクラスメイトを見ているのが辛い。
そのクラスメイトとは裏腹に相も変らず、むしろ下がっていく私の偏差値に目を向けるのが辛い。
危機感を覚え、勉強をやろうやろうと思って先延ばしにしてしまい、マンガ読んでテレビ見てると、母が叱ってくるのが辛い。
授業中、先生が催眠魔法をかけてくるのが辛い。
故に私は思った。
あ、そうだ、現実から逃げちゃおう、と。
そのため、私は努力した。そのための手段を得るため必死に努力した。受験勉強以上に努力した。
辛い現実から逃れることが出来るなら、私は何だってすることが出来た。
手始めに、今巷で話題のVRMMOに関しての知識を片っ端から集めた。受験勉強そっちのけで。
次に六つ年上の兄に自分がいかにVRMMOに興味があり、VRMMOというゲームがどれだけ素晴らしいかを語りまくった。勿論、受験勉強そっちのけで。
最後の仕上げとして、兄の給料日に私は「おに~ちゃ~ん、ゲームほし~い~おねが~い」と上目を遣い、身をくねらせ、猛烈にアピールした。兄は快く頷いてくれた。チョロかった。だが死にたくなった。
そして私は努力の甲斐あって、『エルスティア・オンライン』をこうしてプレイしている。
大学受験本番まで後三日しかない。そして、ゲームを兄に買ってもらったことは親には秘密だ。
ヤバいなーどうしようかなー後でかんがえればいいかーめんどいし、と思っていた矢先に起きたこの事態に私は思わず胸がおどった。
他人からすれば不謹慎極まりないかもしれないが、知ったこっちゃない。
物の捉え方は人それぞれ。
今の状況を天国と考えるか地獄と考えるかはその人個人によって変わる。
私は天国だと考えた。ただそれだけだ。
いやあ、それにしても素晴らしい。受験勉強しなくていいなんて本当天国である。願わくば、後二か月ほどはここにいたい。何といっても、ここには、現実を見せつけてくれる親も先生もクラスメイトもいない。仮にいるとしたら、クラスメイトだろうが、本番三日前にゲームをしている阿呆など現実世界でも阿呆に違いない。故に危惧することは無い。もしいたのなら、同胞として熱烈に歓迎してやるとしよう。
いやあ、本当に素晴らしい。
何故皆がこの状況を悲観しているのか私には分からない。
この後、何か大事な仕事や用事があったのかもしれないが、解放された後に口にするだけで、皆が許してくれる便利な魔法の言葉があるではないか。
『あ、すみませーん。自分人質なってたんでぇ、勘弁してもらえませんかぁ』
と全てを先ほどのテロリストらしき『声』のせいにしてしまえばいいのである。
まあ、それでもだめだった場合は「ご愁傷様、どんまい」とだけ言っておこう。
他には、いつ終わるか分からないデスゲームと化したこの世界の理不尽さに対して、嘆いていた者がいたが、私からすれば、時速数十キロで走る数トンもしくは数十トンもの鉄の塊のすぐ傍を前も碌に見ないで電子機器をいじりながら歩く方がよほどデスゲームしていると思う。
それに、あちらは就職氷河期と言われているのに対し、こちらの世界は自分の好きな職に就けるのだ。万年春なのだ。何を憂うか。
やはり、ここは素晴らしい、天国だ。
グッジョブ、テロリスト。
とりあえず、私は現実世界では出来なかったことをしよう。
そうそれは、
引きこもりである。
実はあれを一度やってみたかった。
親に無理やり進学校に入れられ、さらに世間体を盾にされ、私は引きこもることが叶わなかったのだ。
しかし、ここに憎き親はいない。世間体を気にすることもない。
故に存分に引きこもることが出来る。
一日の大半を部屋でゴロゴロし、「あーあ、空から美少女降ってこねえかなあ」と思いながら一日をすごす。
最高だ。
夢がある。
ゲームクリアなど、下らないことにかまけている暇は私には無い。そんなもの、他の暇人に任せればいい。
私は早急に引きこもらなければならない。
まだ見ぬ夢をみるために。
そうと決まったら実行あるのみ。私は悲痛な声が飛び交う広場を意気揚々と後にした。




