表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

『邂逅』12

 鈍色と闇の路地裏が黄金の向日葵畑へと塗り換わる。見上げれば遮るもののない広大な蒼穹が広がっている。立ち上る入道雲を飛行機雲が貫いていくさまを見ていると、時間が止まっているように錯覚しそうだった。

 直前までの激しい逃走劇からは打って変わって、イシュタル本部の周辺はひどく喉かだった。

 オフィスに辿り着くなり緋桐がソファにへたり込む一方で、シルヴィアと枝里は捕獲したローブの少女を連れて階段を下りていく。どうやら寮棟だけでなくオフィス棟にも地下があるらしい。

 枝里から言い渡された「休んでいなさい」という言葉に、気遣いだけではない何かを感じ取った緋桐は、ひとまずオフィスのソファで待つことにした。するとその様子を見かねたのか、アナトが話しかけてきた。

「お疲れさま。ことの顛末は枝里から聞いてるよ」

「えっと。魔法少女の仕事って、いつもあんなに血が流れるものなんですか」

「うーん……ケースバイケース、かな。戦闘ばかりになることもあれば、全くない仕事もある。ただまぁ、基本的には危険な世界に関わらざるを得ないね」

「…………殺人現場の思念が伝わってきて……本当に苦しくて哀しいんです。私が住んでいた世界の裏は、あんなことばっかりだったんだ……って」

「そうだ、その力のことで言いたいことがあった。既に気付いてるかもしれないが、君の魔法は残留思念を読み取る能力だ。捜査にはとても便利な能力かもしれないが、使い方を誤れば君を破滅させかねない。気をつけてくれ」

「は、はぁ……」

「まあ、きっとそのうちシルヴィアが使い方を教えてくれるよ。……それじゃあ僕は仕事が残ってるから、行ってくるよ」

 緋桐に忠告を述べると、アナトは背広にハットを装着してオフィスを出ていく。他にも訊きたいことがあった緋桐は引き止めようか迷うが、結局尻込みしているうちに行かれてしまった。

 すぐまたやることが無くなってしまい、ソファの上でぼーっとしていると、今度はオフィスに戻ってきた朱莉に目が合った。

「おっ緋桐じゃーん! おつかれー。一人?」

「はい。枝里さんとシルヴィアちゃんは、捕まえた人を連れて地下に行って……」

「あぁ、あの魔法少女を。それにしても緋桐、初仕事だったのにシルヴィアとうまく息が合ってたな!」

「えっ……なんで知ってるんですか!?」

「実は近くのビルから紗雪といっしょに援護射撃の準備をしてたんだわ。まー、ちょうど見つけた時にシルヴィアが逆転しちゃってたもんだから、やる事なかったけどさ」

「そうだったんですか…………あっ、車に飛び乗ってきたあの娘は、どうなりました?」

「紗雪が足を撃ったけど、煙幕で逃げられちった。そうとう戦い慣れてるよ、あれは」

「朱莉ぃ……もっとわたくしを褒めてくださぁい」

 どこからともなく甘えるような声が聞こえてきたかと思うと、朱莉の背後に紗雪が現れた。相変わらず心臓に悪い登場の仕方である。

 紗雪は恍惚とした表情で朱莉に抱きつき、あろうことか耳を甘噛みする。その姿はまるで子猫がじゃれているようだ。

「おいおい、結局敵を逃がしちゃったのはお前だろー? ご褒美はお預けだかんな」

「酷いですのぉ……もう、ずっとはみはみしちゃいますわ」

「……えっと……」

「あぁ、気にしないでやってよ。狙撃戦のあとはいっつもこうなのさ」

「朱莉ぃ……朱莉ぃ……部屋に戻りましょぉ……」

「意外と小心者だからさ、こいつ。じゃあ、また後でなー」

 呆れつつも少し嬉しそうな笑みを浮かべながら、朱莉はオフィスを出ていった。

 二人は一体どういう関係なのだろうか。それより、寮に戻ったあと二人で何をするのだろうか。想像が膨らめば膨らむほど顔が熱くなる。とうの本人たちは至極平然としていたというのに、見ている緋桐のほうが変な気持ちになってしまった。

 しばらくしてまたオフィスの扉が開く。誰かと思って緋桐が顔を上げると、ひどくくたびれた男が入ってくるところだった。病院で会った刑事だ。

 刑事は職員に待つように言われたらしく、緋桐と同じソファに腰掛けた。憔悴しきった彼は緋桐の存在に気付いてすらいない。

 声をかけるべきか悩みぬいた末、とりあえず挨拶しておこうと決めた。

「あの、すいません。自己紹介が遅れました。救仁郷緋桐です」

「……あぁ、シルヴィア君の相方の。俺は相模直人、よろしく」

「そ、そんな大層なものでは……ところで、あの病室にいた方は……」

「亡くなったよ。あっという間だった」

「そうです……か」

「…………」

 重い沈黙が漂う。

 きっと相模にとって死んだ刑事は心から尊敬できる上司だったのだろう。そして彼が最後の最後で人を殺める側へと堕落してしまったという事実の重さは、緋桐にもなんとなく察せた。

 相模は向日葵畑のほうに目をやりながら、緋桐に背中で問いかける。

「君は残留思念を読み取る能力があるようだが……事件の真相まで見えているのか?」

「はい。病室に入った瞬間にまた新しい残留思念がまた流れ込んできて…………それでようやく真相まで見えました」

「その真相というやつを、話してくれ」

「……砂垣匠さんの本当の殺害現場は、本当はあの病室でした」

「…………」

「あの病室は本来、砂垣さんの部屋でした。そこへ二人……瀬川さんと、あの白いローブの子が取引に来たんです。でも交渉は決裂して、肝心のマジックアイテムも病室にはない。そこで二人は砂垣さんを瀕死の状態で路地裏に転移させ、砂垣さんの協力者二人を呼び出したんです。そこでもやはり交渉は決裂。協力者は持ってきたマジックアイテムを奪われた上に殺害されてしまいました。

 魔法少女は炎魔術で二人の死体を塵も残さず消し去り、瀬川さんは奪ったマジックアイテムの“術式痕を抹消する”効果を使って証拠を抹消。そして残すは砂垣さん一人のみとなった所に……シルヴィアちゃんが駆けつけたんです」

「なっ……彼女が!?」

 さすがにこれには落ち込んだままというわけにもいられず、相模は思わず振り返って確認する。

「シルヴィアちゃんの意思については……私もわかりません。そのあと瀬川さんはシルヴィアちゃんと戦い負傷したために、情報を改竄して砂垣さんの病室に入院した……らしいです」

「じゃあ……彼女は真実を知っていながら、わざとはぐらかしていたのか……?」

「もちろん、転移魔術を使ったことまでは知らないとは思いますけど…………ただ、彼女は彼女なりに根拠を持って行動しているはずです。それだけは信じてあげて欲しい、です……」

「……そうか」

 語気を弱めながらも緋桐ははっきりと言い切る。シルヴィアとは知り合ってからたかだか数日程度の仲だが、それでも信じたいと思わせる思い出が既にあった。

 それを聞いた相模は複雑そうな顔のまま、また向日葵畑へと目を向ける。スタッフに呼び出されるまでの数分間、彼はずっと放心しているようだった。



 黄金の花びらをそよ風が撫でていく。よく見ると花びらはどれもこれも乾いていて、季節の変わり目が近づいていることを知らせていた。

 向日葵畑を中心から見渡す緋桐の胸中は、眼前に広がる黄金とは対照的に暗く濁っている。

 この三日間のうちに様々な出来事があった。そのなかで緋桐は幾つもの理不尽と悲しみに出会った。彼女が今まで生きてきた世界は、実は彼女が信じているほど美しくなどなかった。ただ醜い出来事が目に入らないように整備されていただけだった。その事実は緋桐の心に重く圧し掛かる。

 そもそも彼女が信じていた感情すらも本当は――――。

 ふと振り返ると、祭服のような衣装からいつもの漆黒のコートに戻ったシルヴィアの姿があった。

「……シルヴィアちゃん」

「ヒギリのおかげで助かった。感謝する」

「ううん。私はほんの一瞬、決意しただけ。本当に命を賭けて戦ってるシルヴィアちゃんの方が…………憧れちゃうよ」

「ヒギリは…………私みたいになってはならない」

「どうして?」

「ヒギリには優しくあり続けてほしい」

 シルヴィアから放たれた思いも寄らない言葉に、ついさっきまでの殺意に滾る彼女の姿を想起してしまう。他者を憎むようにならないで欲しいという意味だろうか。

 必要なことは伝えた、といった様子でシルヴィアは緋桐に背を向ける。寮に向かって歩き出したその背中があまりに寂しそうで、緋桐は声をかけずにはいられなかった。

「あなただって…………貴女だって、私に優しくしてくれたよ」

「…………」

 シルヴィアの足が止まる。数秒ほど固まったあと、気を取り直したように歩き去っていってしまった。

 向日葵畑をひときわ強い風が吹き抜ける。いっせいに揺れる黄金の波は、緋桐の心のざわめきを体現しているようだった。




魔法少女ヒギリ×シルヴィア『邂逅』 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ