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『邂逅』11

 緋桐とシルヴィアとローブの少女を乗せたことを確認すると、枝里は慌てて車を発進させた。隠蔽結界の中だけあって、引き返すにもやはり飛ばし放題だ。

 助手席に必死にしがみつく緋桐はバックミラー越しに、ローブの少女と共に後部座席に乗車したシルヴィアの様子を窺う。ローブの少女が依然気を失ったままの一方で、シルヴィアは窓の外を鋭く睨みつけていた。少女を仕留め損なったことがそれほどまでに口惜しいのだろうか。何が彼女の殺意を突き動かしているのだろうか。考えたところで答えは見つかるはずもない。

 肩をすくめる緋桐に、枝里は運転しながら硬い面持ちで忠告する。

「緋桐ちゃん、これから本気で飛ばすから、ちゃんと捕まってるのよ!」

「えぇっ!? まだ飛ばすんですか!?」

「飛ばすしかないの!!」

 言い終わるのを待たず、枝里は限界までアクセルを踏み込んだ。途端に凄まじい勢いで身体がシートに叩きつけられる。体勢を崩した拍子に盗み見たメーターによると、この車の速度は既に140キロを越えたらしい。歩道の木々や標識があっという間に通り過ぎていき、もはや風景のほうが加速しているように見える。

 半ば放心状態の緋桐はふと、枝里がしきりにサイドミラーに目を向けていることに気が付いた。何事かとサイドミラーを覗くと、そこには驚くべきものが映っていた。

「う……馬っ!?」

 3メートルは優に超えるであろう巨大な馬が、こちらを追ってきているのだ。それも普通の馬とは違い、肌も瞳も髪もてらてらと輝いて見える。

「あれって……!?」

「ゴーレム! ……それも、普通じゃないわよ!!」

 普通、ゴーレムといえば、名の通り人の姿を模ったものが大半である。それは人型の方が使い勝手が良いという理由もあるが、そもそもの問題として、人以外の生物を模するとなると途端に高い技術が要求されるようになるからだ。人が人を模するのは簡単だが、他の動物の場合はそうもいかない。

 つまるところあの馬のゴーレムを使役している者は、人並み外れた技術を持つ魔術師であるということになる。そしてそれがこちらを追ってきているということは、言うまでもなく白いローブの少女の仲間が追ってきているということだろう。

 より一層面持ちを険しくしたシルヴィアが、マジカライズステッキを手にドアを開いた。

「シルヴィアちゃん!? まさか迎撃するつもりじゃないでしょうね!?」

「……減速して」

「何を言って……!」

「どの道追いつかれる……減速して」

「ああもう、わかったわよ!!」

 車は徐々に減速していき、馬との距離を縮めていく。近づいてくるにつれて、馬の背に何者かが乗っていることが分かってきた。馬の乗り手はやはり白いローブを身に纏っている。

 シルヴィアはマジカライズステッキを槍の姿に変え、開ききったドアに足をかける。シートで踏ん張るもう片方の足を除いて、ほぼ全身が車の外に乗り出した状態だ。

「む、無茶だよシルヴィアちゃん!!」

「ヒギリは隠蔽結界の準備を……そろそろ効果時間が終わる」

「……う、うん」

 シルヴィアの低く唸るような声に気圧された緋桐は、言われるがままにカードを手に取る。口を挟んではいけないと本能に訴えかけているようで、あっさりとその迫力に呑まれてしまった。

 既に馬のゴーレムと車との距離はかなり縮まっている。馬は更に速度を上げ、車の側面に肉迫する。先手を打ったのはシルヴィアの方だった。

 ステッキから変身した槍≪マジカライズスピア≫を騎手めがけて突き出す。シルヴィアの殺意を宿しているかの如く真っ直ぐに首筋へと進む槍は、その直後、敵が振り抜いた槍によって弾かれた。こちらからは見えない死角に隠し持っていたらしい。

 弾かれた槍を瞬時に引き戻したシルヴィアは、相手が反撃に出る暇を与えないよう、即座に続く第二撃、第三撃を繰り出す。シルヴィアの息も吐かせぬ連撃に、騎手は守りに徹するしかない。

 馬に騎乗し追ってきている以上、相手が長柄の武器で攻撃してくることはシルヴィアも想定済みだった。しかし車という馬上よりも制限の多い環境にいる彼女にとって、防戦は不利に過ぎる。故に先手を取り、攻め続けるほかに選択肢がない。

 技術で勝るも、動き辛い状態にあって攻撃が単調にならざるを得ないシルヴィア。技術で劣るも、攻撃の単調さもあってなんとか防御だけはこなすゴーレム馬の騎手。

 互いのアドバンテージが相殺され、戦闘は膠着状態へと陥っていた。

 枝里はゴーレム馬と車の距離を保ちながら運転し、緋桐は何もできず固唾を飲んで見守る。あらゆる状況が膠着したそんな最中、屋根に何かがぶつかる音がした。それから間もなく、シルヴィアが開いたほうとは反対――ローブの少女を乗せている側のドアが開かれる。

「っ!? 緋桐ちゃん、一体何が!?」

「お、女の子が……女の子が車にしがみ付いてます!!」

「はいぃ!?」

 そこには、車の側面にしがみ付いている新たな少女の姿があった。

 金髪と褐色の肌が好対照な、ミステリアスな雰囲気を放つ少女だ。

 突風に暴れる髪のあいだから、高いまなじりと鷲鼻の、少し大人びた面貌が垣間見える。頬には一文字の傷が刻まれていて、殊更にその雰囲気を際立たせていた。

 身に着けているのは祭服のようだが、そこかしこに和風の意匠が取り入れられており、どことなく忍装束にも似ている。そしてその白を基調とした配色からは、捕獲した少女の白いローブにも通じるデザインが見てとれる。

「この速度の車に飛び乗ってきたっていうの!? まさか、あの馬のゴーレムも陽動!?」

 激しい突風とゆれに苦戦しながらも、金髪の少女はゆっくり体勢を整える。その手には、骸骨を模ったマジカライズステッキを変身させた短刀≪マジカライズダガー≫が握られている。

 シルヴィアも先ほどから金髪の少女のほうをちらちらと確認しているのだが、如何せん目の前の戦闘から手を離せない。それどころか背後に気を取られた一瞬の隙をきっかけに、騎手の反撃を許してしまった。すかさず槍を短く変身させて防御に移行するが、形勢は完全に逆転されてしまっている。後ろに退くこともできなければ、前を攻めることもできない。

「くっ……!」

 シルヴィアが迎えている絶体絶命の危機を前にして、ふと緋桐はなにもできずにいる自身に愕然とする。

 この車内で何もしていない人間はたった一人、緋桐だけなのだ。だというのに、金髪の少女は緋桐のほうを見向きもしない。きっとこの数秒のあいだに、脅威に値しないと評価を下されたのだろう。

 心の隅に小さく縮こまっていた勇気が、緋桐自身に問い掛ける。

 ――――本当にそれでいいの?

 枝里とシルヴィアは自分を見守ってくれた。その二人を今、見殺しにしていいと言うのか。

 ――――いいわけがない!

 緋桐の意思は迷うことなく自答する。

 自身が戦力にならない訳を、緋桐はよく理解していた。シルヴィアからマジカルマーシャルアーツの基礎を教わったものの、実戦での経験などは皆無で、その上こちらは武器を持っていない。短刀を持った本物の戦士と渡り合える見込みなど、万に一つもないのだ。

(だから、戦わない。私の戦う相手は……私!)

 覚悟を決めた緋桐は、アナトから与えられた魔術の知識を全て引き出し、今できることを選び出した。

「悪いけどさ……死んでくれよ」

 金髪の少女がシルヴィアの背中に狙いをさだめ、マジカライズダガーを振りかぶる。その瞬間、緋桐はポケットに畳んで入れてあった書類――――昨日アナトに貰ったグループ表を手に取り、生まれて初めて、自らの意思で魔術を詠唱した。

「ハーディン……!」

 かさぶたを剥がした時のような、そこはかとない快感と達成感が沸いてくる。すると書類はたちまち鉄板のように硬くなり、これっぽっちも曲がらなくなった。

 硬くなった紙の感触を信じ、今まさにマジカライズダガーを振り下ろしている金髪の少女めがけて投げつける。手裏剣のように回転しながら飛ぶそれは、みごと額に直撃し、金髪の少女を仰け反らせることに成功した。

「なっ……!?」

「シルヴィアちゃん!!」

「ヒギリ!!」

 シルヴィアは緋桐が作ったチャンスを見逃さなかった。一気に車内へと退き、隙ができた金髪の少女にタックルを喰らわせる。それと同時に、シルヴィアを追って車内へ突き入れられた敵の槍を、マジカライズスピアを三節棍へと変身させて絡めとった。

 バランスを崩した金髪の少女は車から落ちそうになるすんでのところでドアに掴まる。彼女は悔しげに表情を歪ませていたが、すぐ諦めがついたように外へと飛び出していった。その手にはいつの間に掠め取ったのか、ローブの少女が手にしていた宝玉が握られていた。

 背後の脅威が取り除かれたことを確認すると、シルヴィアは絡めとった槍を叩き折り、その片割れを騎手の頭へと投擲する。

 頭を砕け散らせた騎手は白いローブのみを残して泥となり舞い散った。

「あっ、あの乗り手もゴーレムだったの!?」

 口をあんぐりと開けて驚く枝里をよそに、残ったゴーレム馬の頭部を三節棍で叩き割る。これも泥となって散っていく様を見届けたあと、ようやくドアが閉じられた。

「……」

「…………」

「ふぅー……」

 強烈な脱力感が三人を襲う。まだ気を抜けないということはそれぞれ重々承知しているつもりだったが、安堵せずにはいられない。

 互いを讃えあいたい気持ちもあったが、とりあえずしばらくは口を利く気力が戻りそうになかった。



 車から離脱し路地裏を引き返す金髪の少女は、手に持った宝玉にふと目をやる。

 宝玉は曇り一つなく透明で、奥にある手の平を歪曲して映す。一見すると何の変哲もないガラス玉にしか見えないが、その実態は世界に数個しか存在しないと言われる貴重なマジックアイテムらしい。

 イシュタルの魔法少女たちは宝玉がどういう代物なのかまるで知らない様子だったから、奪取することそのものはさほど難しくはなかった。そもそも宝玉奪取の実行犯を務めるはずだったあの高慢ちきな少女が捕まりさえしなければ、もっと楽に済んでいたはずではあるが。

 路地裏を疾走しながら、周囲の気配を探る。どうやらもう追ってくる者はいないようだ。ほっと安堵した少女は、足を止めた。

 ――その刹那、背後からとてつもない速度で殺気が迫っていることに気付く。

「っ……!?」

 風を斬る音とともに飛来したその“殺気”は、左の太腿を貫いた。たちまち姿勢が崩れ、少女はその場に転んでしまう。

 狙撃された。それも普通の銃弾ではなく、魔術によって生成された実態なき風の魔弾であることを、少女は瞬時に感じ取った。

 痛みに震える左腿を押さえながら、銃弾の飛んできた方向を注視する。変身した魔法少女の強化された視野でもって、少女は街一番の高さを誇る廃ビルの15階に狙撃手の存在を確認した。狙撃手はにこやかな表情を貼り付けた、気品を漂わせるウェーブがかった長髪の少女。その身に纏った祭服から、さきほどの車に乗っていた少女と同じ、イシュタルの魔法少女であることが窺えた。

 金髪の少女は骸骨のマジカライズステッキを狙撃銃≪マジカライズライフル≫に変身させ、すかさず撃ち返す。今しがた腿を貫いた弾道と全くおなじルートをなぞって、魔弾がビルへと向かう。しかしそれは狙撃手に当たる直前のところで、突如として見当違いな方向へ吹っ飛んでいってしまった。いや、そこにある見えない何かに弾かれてしまった、というべきか。

 敵は不可視の壁で身を守りながらこちらを狙撃してきている。今の装備と足の状態ではまず勝ち目はないだろう。

「チッ……クソ!!」

 即座に判断を下した少女は、足元に向けて魔術を放つ。するとその場に小さな爆発が起こり、あっという間にあたり一帯を煙幕に覆い隠してしまった。

 少女は痛む足を強引に奮い立たせて、更に細く入り組んだ裏路地へと消えていった。



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