『邂逅』01
夜空の輝きを文明の灯火が凌駕したときから、星光の定義は地上に奪われた。街を見下ろせば何処も彼処も街灯が煌煌と照らしつけている。さりとて人工の灯りが届かない場所すら、雑居ビルが作る不自然な影ばかりだ。純然たる夜は最早この地上にはほぼ残っていない。
地平から上に見渡す空が漆黒のカーテンで覆われていて、そこに砂金を散りばめたような星々が輝いていて、人の目に痛くない程度の淡い月光が中心にある、そんな眺めこそがこの星の本来の“夜”だ。ところがそんな景観は、今となっては最果ての原生林くらいでしか見られないという。
都会の中にあっても高層ビルの屋上など、とりわけ空に近い場所では星空の光をより身近に感じられるだろうが、やはり地上から放たれる文明の光は眩すぎた。
零時を過ぎてから暫くしたころ、超高層ビルの頂に地上の歪な光を見下ろす人影が現れた。それは闇と煌きを同時に備えた、約一四〇センチほどの小さな“夜”の少女。精巧な人形のように整った顔立ち、刀剣を想起させるストイックな出で立ち、すらりと伸びる長い手足、白く冴え渡るきめ細かな肌――――どれを取っても美しいと言うほかにない、夜を体現する女神であった。
彼女の眼差しは向かいのビルの屋上へと向けられている。そこにいるのは、黒で統一した背広とソフト帽に身を包んだ怪人。こちらは対照的に全身黒ずくめで、一点たりとも明るみのないただの“影”と言えよう。
夜と影の対峙する様は、人々の視界から外れたここを異界の光景へと変貌させていた。いや或いは、人目を避けていくうちに異界へと辿り着いてしまったのか。そんなことはこの期に及んではわからない。二人の眼差しはこの時、相対する相手のみに向けられている。そのほかの事など二の次だ。
先に動いたのは“夜”だった。蝙蝠が翼を広げるがごとくコートを翻し、前方へ大きく跳躍する。
対して“影”は腰を低くし、後方へ軽く飛び退いた。
一秒も数えないうちに向かいのビルへと到達した“夜”は、着地の瞬間に殺気を感じ取ったのか、即座に側方へと転がった。起き上がりざまに視線を戻すと、果たして直前まで“夜”のいた場所へ踵が落とされている。それを確認すると“夜”は起き上がる動作を中断し、床についた左腕を軸にして足払いを繰り出した。
膝を思い切り払われたまらず転倒した影は、第二撃を察知して素早く後転でその場を脱する。だが顔を上げると視界には既に“夜”が放つ足刀蹴りが映っていた。
この瞬間、“影”は自らの敗北を思い知ると同時に死を覚悟した。