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エデンズライフ  作者: 田中承太郎
第二章 死という名の前触れ
9/23

2-2

 ジズは中庭に面した大回廊の柱の影で、メニュー画面に表示された自分の装備品を確認し終え、それを閉じた。黒塗りの鞘に収まっているのは竜殺しで有名な聖ジョージの剣<アスカロン>の銘を与えられた一品、羽織っているのは黒狼皮のジャケットである。兜と盾は無い。モンスター退治なら必要だが、対人となると軽装の方が有利だというのがジズの論だった。


「準備できた?」


「ああ、もういいぞ」


 リスが柱の影から顔を見せる。ジズが身体を大きく伸ばしてストレッチを始めたので、リスは柱に寄りかかるようにしてそれを眺めることにした。日差しが斜めから大回廊に差し込んでいて、暖かい空気が周囲に充満している。リスがぽつりと呟いた。


「ジズの相手、レベル733だってさ。名前はディーゴ」


「それは強敵だな」


 ジズのレベルは698だ。その差は35。フィールドで相対すれば、相手がわざとランクの低い装備を身につけているか、手を抜かない限り勝利は難しいだろう。与えられたパラメータの数値が高い方が勝つ。それがレベル制ロールプレイングゲームの宿命だ。


「勝てそう?」


 心配そうなリスの言葉に、ジズはストレッチを中断して彼女に向き直った。


「うーん、まぁ、多分。フィールドで出会ったら分からないけど、この試験は相手を倒さないといけないわけじゃないから」


 どのみち、ギルド拠点ホームにおけるメンバー同士の戦闘にダメージは加算されないのだから、レベルや筋力値といった各種パラメーターは勝敗にほとんど関係ないのだ。単に相手に攻撃を当てた方が勝つ。それだけの話であればまだ勝機はある。振り返って、影に隠れたリスの顔を伺う。


「何? 心配してくれるわけ?」


「わたしはただ、あんたが恥をかかないかどうか気になるだけよ。ほら……その、一緒にエデンズライフを始めた相棒なわけだし……あんたが負けたらわたしが恥ずかしいの」


 そっぽを向いたままのリスの言葉に、ジズは思わず吹き出してしまう。


「な、なんで笑うのよ! ──わ、わたしは、ただ──」


「ああ、いや、別に、そんなつもりじゃなかったんだ」


 一歩、二歩と詰め寄ってくるリスの前に両手を差し出して、ジズはにっこりと微笑む。


「とにかく、ありがとう。リスに恥をかかせないよう頑張るよ」


「そ、そうよ。わたしに恥をかかせないでね」


「了解、相棒」


 ジズは剣を抜いてその輝きを確認すると、再びそれを納めた。鞘と鍔が心地よい音を立てた。


「……相棒?」


 その響きを確認するかのようにリスが反芻する。


「なんだ? お前が言ったんだろ? リス」


「え、ええ、そうだったわね」


「それじゃあ、行ってくる」


 ジズは大回廊を進み、巨大な八本の柱が並んだ正面の門をくぐり抜ける。中庭では、既に一人の戦士がジズを待ち構えていた。歓声が一段と大きくなる。ミューは緊張した面持ちだったが、眼前の戦士の表情には余裕があった。が、それも当然と言えば当然である。彼のレベルはギルドメンバーの中でも高い方だ。正式に加入すればすぐに一軍の仲間入りは間違いない。


 ジズは目だけを動かして陽炎とバニラの位置を確認する。二人は暢気に身体を寄せ合って座っている。まるで夫婦みたいだ。そういえば二人は結婚するんだったか。メンバーへの発表は今晩のアップデートと同時に開催されるフェスティバルで行うらしい。リスに事前に聞いていたジズは、しかし思い切り顔をしかめてやる。それに気づいたバニラが笑顔でひと際高く手を振った。


(さて、ディーゴとか言ったか?)


 目の前の戦士に意識を集中する。太陽を背に、半身をこちらに傾けたその佇まいから彼が古参プレイヤーであり、相当このゲームをやり込んでいることが伺える。細胞ではなくポリゴンによって形成されたアバターからでは正確な年齢は推し量れないが、第一印象としてはジズと同世代。十代の後半から二十代前半といったところか。髪はゲームのキャラクターらしく深い紫色をしている。アバターは<SeConD>に登録された持ち主の生体データを流用して形成されるため、そのまま使えば見た目はほぼ物質世界リアルの身体そのままとなる。ジズはほぼカスタマイズしていないため、アバターと物質世界リアルの身体はほぼ一緒の外見だ。彼はどうだろう。カスタマイズには多少の労力を要する。身長を多少伸ばす程度ならいざ知らず、体型を大幅に変更したり見た目の性別を変更したりするには一から作られた外装情報グラフィックデータが必要だが、それらを作れるのは技術を有したプログラマーやデザイナーだけだからだ。だが、それでも人脈コネ資金カネがあれば見た目は変え放題なので、少しでも見栄をはろうとするプレイヤーは多い。ジズはディーゴの値踏みするような視線を正面に受け止めながら、そんなことを考えていた。


 通常、そんなことをこのタイミングで考えるプレイヤーはいない。だが、ジズは考える。決闘デュエルの勝敗に関して、アバターのカスタマイズ具合はかなりの割合を占める要因ファクターのひとつだと言うのが、装備重量に続くジズの持論だった。


「えっと……剣を抜かせていただいても?」


 立派な金属製の鎧に身を包んだディーゴが柄に手を当てる。ジズは視線を外さないように頷いた。


「ああ。開始の合図は無いからな……いつでもいいぜ」


「ではお言葉に甘えて……」


 立派な刀身が太陽の光にその身をさらした。かなり肉厚なその剣は、重量もかなりありそうだ。それを両手で構えている。なんという銘なのか、ジズからは分からない。あとで聞いてみよう、などと考える。ジズは相手に悟られないようにゆっくりと息を整えた。大丈夫。緊張はしていない。身体は動く。


「でゃぁああああ!!」


 何がきっかけだったのか。ディーゴが動いた。


 両手剣を振りかぶるような格好で、ジズに向かってくる。あそこからの攻撃は袈裟切りしか無い。まだ大丈夫。焦るな。一歩、二歩。ジズは左足を退いてディーゴの振り下ろした剣を避ける。切っ先が地面に叩き付けられ、火花が散った。だが、切っ先は止まらなかった。そのままバウンドするように、身を引いたジズめがけて刀身が跳ね上がってくる。仰け反ってそれをやり過ごす。身体が伸びきる。このままでは硬直して動けなくなる。ジズはそのまま後方に倒れ込む。空を仰ぎ、地面に接する直前に身体を丸めて後方に転がる。上げた視線の先を、また切っ先がかすめた。ディーゴが跳ね上げた剣をまた振り下ろしたのだ。


 次は横薙ぎ。ジズは後方に跳躍してそれも躱す。五メートル程飛んで距離をとった。歓声が上がった。ジズの回避力を賞賛するものか、あるいはディーゴの流れるような連撃を讃えるものか、その両方か。今それを考える余裕は無い。


 ──集中しろ。自分に言い聞かせつつ、ジズは少し腰を落として重心を下げる。対人戦はエデンズライフにリトライし始めてから自分の入団試験を含めてまだ二度目だ。昔の勘を取り戻すには多少の時間が必要だった。 


「何故、剣を抜かないのですか?」


 ディーゴが不服そうに言う。


「これは勝敗を分けるのが目的じゃあないだろ。君の試験だ。君の技術が見れれば良い……というのは嫌味かな?」


「性格悪いって言われませんか?」


「良く言われるよ。本当のことを言うとね、ちょっと試したいことがあるんだ」


 ディーゴはジズの発する言葉の真意を探るように、鋭い眼差しを向けてくる。だが、結局言葉や視線だけでそれは理解できないということに思い至ったらしい。剣を再び構える。


「そうまでしてもったいぶるなら、やられる前にちゃんと見せてくださいね」


 ディーゴの剣が青白い光を放ち、風を纏う。なんらかの技を使うつもりだ。魔法使いが魔法を使うように、剣士もまた剣技と呼ばれる特殊な技を使用することができる。剣に炎や雷を纏わせたり、飛ぶ斬撃を可能にするのだ。


「斬、鉄、剣!」


 切っ先が伸びてくる。錯覚ではない。振り下ろされた剣から放たれた白色の光が、飛び退いたジズのいた場所を薙いだ。地面を真っ二つに両断し、それでも止まらず剣閃は大回廊へと続く門をも両断する。さすがに崩落することは無かったが、ディーゴの正面にあったものはその技名に背かず見事に切断されていた。すぐにエデンズライフのシステムが地形の修復を試みるが、バニラが使った地裂アースシェイク同様に、大地に深く刻まれた切り傷は簡単に直りそうにはない。


「へぇ……避けますか……これを……」


「まぁ、これくらいなら、なんとか……」


 不適に笑うディーゴに、ジズは軽く前後にステップを踏んで見せる。身体がなじんで来たのが分かる。だが、油断は禁物だ。


「ていうか、剣抜いてても関係ないだろ、今の技……。完全に防御無視属性じゃん」


「ええ……剣ごと真っ二つにできる剣技です」


「あんたも結構食えないね」


 ディーゴは強い。フィールドで会っていれば勝つのは難しかっただろう。だが、ここはフィールドではない。相手を倒すのが目的ではない。相手に当てるだけならば。


「さて、それじゃあ次は俺の番だ」


 ジズがようやく<アスカロン>の柄を握った。だが──。


「いえ。これで終わりです」


 ディーゴの身体が再び光りに包まれる。今度は先ほどの比では無い。倍、いや、数倍の光量と、それに比例するように突風が吹き荒れる。


「ちょ、次は普通俺の番でしょ!?」


 突風に身体を叩かれながら、ジズが叫ぶ。焦った表情のジズに、しかしディーゴは簡単に首を振った。


「出し惜しみしたあなたが悪いんですよ。僕は勝負事には手を抜かない主義なんで。悪く思わないでくださいね」


「この鬼ぃ! 悪魔ぁ!」


 子供染みたジズの叫び声をあっさりと無視して、ディーゴが剣技の名を告げた。


「──極・斬鉄剣」


 ディーゴの無作為に振るった剣の切っ先全てが、先ほどの<斬鉄剣>と全く同じ効果を発揮し、──飛んだ。


 一の太刀で地面が割れた。二の太刀で巻き起こった土煙が割れた。三の太刀でまた門が割れ、四の太刀で柱が割れた。しかしそれでも斬撃は止まない。上下左右斜めありとあらゆる方向から繰り返し振り下ろされる斬撃はまるで水圧カッターのような切れ味でディーゴの眼前を蹂躙していく。それひとつならばあくまでも精密な直線方向のみの攻撃が、幾多にも繰り返されることによって絨毯爆撃のように周囲を破壊し、抉りとっていく。最終的に振るわれたその数、十六──。


 剣士として極端にステータスの数値を割り振ったディーゴがレベル800を目前に習得した上級剣技。彼の奥義とも言える技だった。


 <ネクラキドリ>のメンバー全員がその光景に声を失った。これだけの破壊力を伴った剣技は、そうそう見れるものではない。<炎帝騎士団>の幹部たる、上級プレイヤーたちの戦いを遠目に見学しているときくらいだろう。間近で見たのは当然、これが初めてだった。これがギルド拠点ホームでなければ、ジズは間違いなく味噌汁の豆腐ほどに細切れになっていたに違いない。


 巻き上げられた土煙がようやく風に乗って晴れていく。酷い有様だった。中庭の中心部からその出口にかけて、最上位ドラゴンが暴れたのかとでも思える光景だ。きっかり十六の切り傷が、数十メートルにわたって続いている。これが物質世界リアルなら間違いなく<ネクロ・ハーデス>神殿はギルドメンバーを巻き込んで崩落していただろう。


 ディーゴが肩で息をしながら、切っ先を地面に下ろした。勝負はついた。それは、彼の中では確定事項だった。否──、ギルドメンバーの総意でもあった。


 そう。本当ならば。


 しかし、ディーゴが切っ先を地面に下ろしたのは勝利を確信したからではなかった。目の前で起こった光景に、我を失ったからだった。


「あっぶなー」


 場違いなその声は、しかし驚く程、<ネクロ・ハーデス神殿>の中庭に響き渡った。


「馬鹿な……」


 滅茶苦茶に切り裂かれた傷跡の上に平然とした様子で突っ立ったジズの姿を、ディーゴの両目は確かに捉えていた。歓声が巻き起こった。これまでにない、大歓声だった。


「十六の斬撃全てを避けただと……いや、あり得ない……しかしどうやって……」


 ディーゴが信じられない、という眼差しでジズを見つめる。魔法を使えば全身を瞬時に守ることができるが、ジズが行ったのは純然たる回避だ。魔法ならばとにもかくにも防御の呪文を唱えればなんとかなるが、回避するには飛んでくる斬撃を正確に、瞬時に見極めかつ冷静に行動しなければならない。こんな芸当ができるのは古参の上級プレイヤーでもかなり限られるはずだ。この動きにレベルは関係ない。単純にジズの持つ、アバターを操作する能力に起因している。それがディーゴには信じられなかった。


「まぁ、魔法ならともかく、大抵の剣技はその名の通り、剣の動きに効果範囲が影響されるからね。切っ先を見てれば、なんとか避けられないこともない」


 ジズの言う通り、斬鉄剣という剣技はあくまでも振り下ろした剣の延長線上を切り裂く効果でしかない。であれば、理屈上、十六の斬撃は同時に襲って来るわけではない。わずかなタイムラグが一撃と一撃の間に存在する。それを冷静に見極めれば避けられない程ではない……のだろう。ディーゴは苦虫を噛み潰したような表情でジズを睨みつけた。間違いなく、自分には不可能だ。そう思えたからだった。


「人間の動きじゃあ、ない……」


「そこだよ、そこ」


 ジズの意味不明の言葉に、ディーゴは眉を吊り上げた。ジズは人差し指でディーゴを指差す。


「なぁ、あんた。なんで肩で息をしてる? 疲れたから? でも、俺たちの今の身体は酸素なんて必要ないはずだ。違うか?」


 確かに、ジズの言う通りだ。エデンズライフの世界は現実に則して作られているものの、その再現度は完全ではない。プレイヤーの操るアバターはものを食べる必要が無いし、呼吸もしていない。骨や血管も存在しないので、鼓動が速くなったりすることもなければ骨折することもない。だがだからと言ってそれがどうしてディーゴの技を避けられる理由になるのだろう。ディーゴはただ理解できないことを示す為に首を振ることしかできなかった。


「だからさ、ここは物質世界リアルじゃないんだから、普通の人間にできないこともできるってことさ。大体、みんな無意識にやってるじゃないか。さっきのバニラだって五メートルくらいジャンプしただろう?」


「それとはこれは違う!」


「同じさ」


 ディーゴの叫びに、ジズは肩を竦めて見せた。


「あえて言うなら、その違うと思う気持ちが、みんなの能力を束縛してるのさ」


 ジズはようやく、<アスカロン>の柄に手をかけた。


「さて、勘が戻って来たところで……」


 剣を、抜く──。


「次はこっちの番だな」


 ジズが地面を蹴った。


 爆発が起こった。ギルドメンバーがそう錯覚するほどの土煙を巻き上げて、ジズが疾走する。


「はや──」


 ジズの刺突がディーゴに迫る。それは周囲の誰もが見たこともないような速度だった。先ほどディーゴが放った<斬鉄剣>、その剣閃にも匹敵する速度からの攻撃を、ディーゴは半ば勘だけでなんとか弾き返す。すぐに剣を引いて今度は右側から、左足に重心を乗せて大きく振り下ろす。ディーゴはそれをかろうじて半歩下がることによってやり過ごすが、上手く避けたとは言えない。単に初撃の刺突にバランスを崩しよろけたのが運良く回避に貢献したのだ。大きく身を仰け反らせたディーゴの膝を踏み台に、ジズは跳躍し、くるりと彼の後方へと着地した。そのままディーゴのがら空きの背後、その中でも急所である首筋めがけて振り返りざまに剣を払う。


 そこで、ジズは剣を止めた。慣性の法則を無視した<アスカロン>の刃はディーゴの首にあと数ミリのところで最高速度から、減速という過程を無視して一瞬で静止する。ジズの姿を見失い、中途半端に宙を見上げていたディーゴが、ようやく、自らに起こった出来事を察知したように剣を落とした。視線だけが、ジズの姿を確認しようと動く。


「あなた本当に人間ですか……?」


「言っとくけどな、S級ギルドの幹部連中は大なり小なり、これくらいの芸当できるぜ?」


「そこまで! 勝負有りだ!」


 陽炎の宣言に、ジズは剣を下ろした。ディーゴも剣を拾って鞘に仕舞う。そこに、陽炎とバニラを始めとしたギルドメンバーが押し寄せて二人を飲み込んだ。


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