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分からないことだらけだ。
頭を抱えたジズは<ネクロ・ハーデス>神殿の出窓に腰掛けていた。薄暗い室内には陽炎を始めとしたメンバーが、これからの行動について話し合っていたが、ジズはそれに加わること無く、ただ遠巻きにその光景を眺めているだけだ。話し合いの内容はどうすればログアウトできるのかということだが、外部の情報は一切入ってこず、公式サイトは回線がパンクして閲覧不可になってしまった状況で、建設的な議論ができているとはとても言いがたい状況だった。そもそも内部からエデンズライフのシステムに干渉できるのはスーパーバイザー権限を持ったアカウントだけであり、もしこれを仕組んだプログラマーが本気でプレイヤーを外に出さないと決めたなら、自分たちにできることなど何も無いに等しい。ただそれを分かっていても何か話していなければみんな不安なのだろう。
既にゲームに閉じ込められて四時間が経過しようとしている──。
NPCの襲撃は一応ギルドメンバーにも話してあるのだが、ジズが大部分を省いて暴走したNPCに教われたという説明しかしなかった為に大事にはならなかった。これ以上、原因のよく分からないことを騒ぎ立てても混乱を招くだけだと判断したためで、ミューはそんなジズの態度に大いに反対し、洗いざらい話してしまいたい様子だったが、結局は周囲の反応の薄さに諦めたようだった。これが平時なら根掘り葉掘り聞かれただろうが、案の定、ジズの報告以上の話を詳しく聞きたがるプレイヤーはいなかった。おそらく、アップデートに不具合があったのならそういうことが起こってもおかしくないだろう、と考えたのだろう。
「ねぇ、ジズ、何を考えてるの?」
隣に座っていたリスが身体を寄せてくる。
「うーんと、いろいろ」
ジズは髪を弄りながら正直に答えた。
「そのいろいろを聞いてるんだけど?」
「まず、ログアウトが不可能になった原因。他のメンバーには内緒だけど、この状況は事故ではなく、誰かが何らかの目的で引き起こした意図的なものだと思うんだ」
リスはわずかに目を大きくしただけで、ジズの言葉をじっと聞いている。その眼光にジズは少し緊張を覚えつつも、ゆっくりと話し始めた。
「まぁ、あくまでも勘なんだけれどね。ただ、エデンズライフにバグがあったとしても、それで<SeConD>の強制ログアウト機能まで使えなくなることは本来ありえないことなんだ。可能性としては、エデンズライフと<SeConD>が同時にクラッキングされたと考えた方がよほど理に叶っている」
もしエデンズライフをプレイしているプレイヤー全員がログアウトできない状況だとすればどうやってそれだけの<SeConD>をクラッキングしたのか、という問題に直面することになるが、事実を確認する術がないのでリスには黙っておく。それに、可能性だけを考えればブラフである可能性もあった。プレイヤー全員分の<SeConD>をクラッキングできずとも、ある程度の<SeConD>をクラッキングすれば運悪くそれに該当してしまったプレイヤーが強制ログアウトを使えないと吹聴してくれるので、全員がそうだと勘違いさせられる、ということだ。
「じゃあエデンズライフと俺たちの<SeConD>がクラッキングされたとして、その目的は一体何なのか」
「誘拐じゃないの?」
リスならばそれくらいは考えていそうだなと思っていたので、ジズはすぐに頷くことができた。
「うん。現象を説明する動機としてはその可能性が一番高い。もしかしたら、今頃、物質世界で交渉が行われているかも知れない。……ただ、正直なところこれがただの身代金目的の誘拐だとすると、あまりにも労力をかけすぎている気がするんだ。エデンズライフだってゲームとはいえ一流のエンジニアとプログラマーが作ったものだし、<SeConD>に至っては国防総省が関わっている。この防壁を突破するのは並大抵じゃないよ。多分、その辺の社長を拉致した方がよっぽど楽だ」
「愉快犯なら、あり得るんじゃない? つまり、それだけすごい防壁を突破して、しかもこれだけすごい沢山の人たちを一度に誘拐できれば、もう歴史に名前を残してもおかしくない大事件じゃない。そういう、大事件を起こすこと自体が目的だったら?」
「うーん……そうだね。それは、あるかもしれない」
判断材料が何も無い現状、考えられる動機は確かにそれくらいだろう。それはジズも同意見だった。しかし、そうとしか考えられない状況にも関わらず、ジズは何か違和感のようなものを感じていた。リスの意見を具体的に覆す程の証拠は何も無い。ただの第六感とでも言えばいいのか……。なんとなく、気持ちが悪い。喉に何か引っかかっているような、奇妙な感覚だった。
「次に、NPCの暴走。あれも偶然NPCが壊れたわけじゃなくて、誰かの命令だったと思う。こっちはほぼ間違いない。あいつらは確実に僕たちを狙っていた。それを邪魔するプレイヤーを排除する思考回路が組まれてたみたいだけど、決して無差別というわけではなく最終的にはNPC全員が僕たちを追ってきた……。こんなこと、誰かにリプログラムされない限りありえない。状況を考えれば俺たちをエデンズライフに閉じ込めたヤツと同一犯だろうな」
「珍しいね。ジズがそんなに深く何かについて考えるなんて」
「一言余計なんだよ、リスは」
だが、確かに彼女の言う通りだった。十秒以上考えて分からないことは棚上げするべし、という普段の信条からは到底あり得ないことだ。しかし、目の前に大きな謎がもう一つ横たわっている。正直なところ、この謎こそが最もジズの知りたいことであり、それこそがジズをこれ程までに事件について考えさせる大きな原因だった。
「なぁ、リス──」
ジズはリスの顔を覗き込む。彼女の青い瞳が大きく瞬いた。
「今俺たちがこの世界で死んだら、どうなると思う?」
「──それは」
リスが息を飲んだ。彼女も薄々気づいているのではないか。そう感じたジズの直感は、おそらく間違っていないだろう。だが、彼女の口は小さく開いただけで、それ以上の言葉は続かなかった。その気持ちが、ジズには痛い程よく分かる。
「俺たちが普段、この世界で死ぬと死体はすぐにポリゴンに分解されて消滅する。それから一分間の待機時間を経て、プレイヤーは選択画面に飛ばされる。そこで選択を迫られるわけだ。ゲームを続けるか、それともゲームを終了するか」
ジズはゆっくりと、慎重に、言葉を選びながら話し続ける。
「その選択画面は、サークルサンズのサーバーには接続されていない状態だ。つまり、ゲーム自体は起動しているけれど、ログインはしていない状態。ゲーム的にプレイヤーはログアウトしている状態と言っていい。だけど、あの警告文にはこう書いてあった──」
『プレイヤーの皆様から半永久的にログアウト機能を剥奪させていただきます』
「──現に俺はあれからアカウントの変更ができない。アカウントの変更には一瞬のこととはいえログアウトが必要だからだ」
NPCの集団に教われたプレイヤーたちの何人かは生命値を減らして死んだ。ミューのあとを追いかけるジズの視線の端で、虹色のポリゴンをまき散らして消滅した。
ログアウトが禁止されている彼らは、一体どこにいったのか──。
「その問いにはわたしが答えよう」
部屋全体に響き渡った突然の声に、ジズもリスも、そして部屋にいたギルドメンバー全員が固まった。どこか少年のようにも聞こえる、凛とした声。同時に、部屋の中を光が覆い尽くし、全員の視界を奪った。陽炎やバニラの悲鳴が聞こえ、誰かと誰かがぶつかる音がした。光が収束し、あまりの驚きに腰を突かれたギルドメンバーが見上げたテーブルの上には、一人の少女が浮かんでいた。
「もしかして……クィン先輩ですか?」
呆然と、ジズが一歩前に出てその姿を捉えようとした。
「もしかしても何も、それ以外に一体何に見えるというのか。君は」
確かにその太々しい態度と上から目線の言動は間違いなくクィンのものだった。見た目も、言われてみれば確かにクィンそのものである。
「いやぁ、なんというか、その、随分と可愛らしい姿ですね」
現れたクィンの身長は、どう見積もっても二十センチもない、妖精サイズだった。背中にはご丁寧に蝶の羽までついている。
「緊急だったのでな。始めから飛行機能と転移機能を実装しているのがこのフェアリータイプのものしかなかったのだ」
「はぁ……そうですか」
事態を把握できていない他のメンバーはぽかんとした様子でクィンを見上げたままだ。彼女は小さな光の尾をまき散らしながらジズの鼻先まで飛んで来る。
「なんだ、久しぶりに会えたというのに嬉しそうではないな」
「その……先輩が緊急で来たってことは、本当に洒落にならない事態ってことですからね……」
ジズの言葉に、クィンは心底感心したように腕を組んだまま頷いた。
「ふむ……的を射ているな。残念だがその通りだ」
クィンはゆっくりと、今更のように部屋を見渡した。ギルドメンバーの顔を確認しつつ、三百六十度旋回する。
「ジズ、二人きりで話せるか?」
「……えぇ、わかりました」
「あの、わたしも」
一歩進み出たリスに向かって、クィンは首を振る。
「リス、君にはわたしがジズと話している間にわたしが何者か、この部屋にいる全員に説明しておいて欲しいんだ。これから説明する話を信じてもらうために」
明らかに普段とは違う態度に、リスは了承せざるを得なかった。ジズはクィンを連れてドアをくぐった。人気の無い、石造りの廊下に出る。隣の部屋ではアカリが寝ているはずだが、大きな声を出さなければ大丈夫だろうと判断する。
「クィン先輩は、どうやってこちらに?」
まさかログアウト不可能の制約を知りながら無策で飛び込んできたわけではないだろう。案の定、クィンは肩を竦めて言った。
「間に即席の人工知能を噛ませた。<SeConD>に本物の人間が寝ていると錯覚させているんだ。操作はジョイスティックとキーボード、音声通信はインカムだ」
「外はどんな状況です?」
「酷いものさ」
クィンは顔をしかめて話を続けた。
「つい十八分前に国連安保理がエデンズライフの使用を禁止する異例の議長声明を発した。首相が対策本部長に就任し、サークルサンズ本社では刑事局長が捜査の陣頭指揮をとってる。外務省やら総務省の職員まで押し掛けてビルは今お祭り騒ぎさ」
「詳しいですね」
「わたしが原因究明の責任者だからな」
「それはそれは」
「何だ?」
「いえ、ただの相槌です」
「そうか。それで、そっちの状況は?」
「どこから聞いてました?」
「ゲームで死んだプレイヤーはどうなるのか、の件からだな」
ジズは手早く現状を説明した。零時を回ってアップデートが始まった瞬間に表示されたメッセージのこと。そしてその言葉通りプレイヤーのログアウトが不可能になったこと。ついでに、NPCに教われたことも説明する。その間、クィンは特に何かを質問するわけでもなく、じっとジズの目を見つめたまま黙って話を聞いていた。一通り話し終えたあと、すぐに何らかの答えを得られると思っていたジズは予想に反してクィンの苦渋に満ちた顔を見ることになった。
「ふむ……いろいろと話さなければならないこと、聞きたいことがあるのだが、その前にジズ、わたしは君に謝らなければならない」
「あぁ、良いですよ、心の準備はできてます。どうせ、ろくでもない話ですよね?」
「もしゲームから出られたら、わたしを殴って──いや、好きにしてくれて構わない」
「それはまた……魅力的な景品ですけれど」
ジズは苦笑する。
「強制的掛金はいくらです?」
「君の人生全て(エブリスィング)だ」
そう言ったクィンの顔は、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。




