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エデンズライフ  作者: 田中承太郎
第四章 ギルド戦争
19/23

4-1

すみません、更新が遅れてしまいました。

 現在時刻00時34分──、アップデート終了から34分後。


 <自由交易都市アイン・ソフ・オウル>は新年を祝うどころでは無かった。静寂と、混乱と、狂気。それらが互いに拮抗し合い、満遍なく街の空気を満たしている。失った小銭を探してポケットを弄るように、誰もがこの場に明快な答えを持っている者はいないか、互いに顔を見合わせている。どこかに真実が落ちていないか、誰かが説明してくれないか。しかしそれに答えてくれるものは誰一人としていない。


 眼下の光景を見下ろしながら、陽炎が呆然と呟いた。


「一体どうなってるんだ……」


 当然、ギルド<ネクラキドリ>にもそれに答えられる者はいなかった。ただ全員がもの言わずに自らの足下を見つめている。


 アップデート終了後、ジズはウィンドウに表示された文言の真偽を確かめる為にメインメニュー画面を即座に開いていた。アナウンスの通り、メニューの最下部にあった“ログアウト”の項目が白ではなく利用不可を意味するグレーで表示されている。今まで、一度もこんなことは無かった。念のため音声認識によるログアウト方法も試してみるが効果はなかった。開発者たちの真意はともかく、これは大問題になるだろう。この都市だけでも30万近いプレイヤーが囚われの身になっていることになる。続いて、<SeConD>による強制ログアウトの方法を試してみる。あくまでもエデンズライフは<SeConD>とそれに接続されたサイバーネット上で起動するアプリケーションであり、常に<SeConD>のシステム管理者であるガブリエラの制御下にある。だが、緊急用のウィンドウを表示させても、同様にグレーに鈍く輝く文字が表示されるだけだった。


 しばらくの間途方に暮れたのちに公式サイトを確認することにした。この状況が何らかのアクシデントなのであればサークルサンズ社から何らかの声明が出されているはずだ。しかし、何の変化もない。トップ画面はつい先ほど最悪の状況を生み出したアップデートに関するものだった。いろいろと期待をあおるコピーが飛び交っているが、今のところそれらは何一つ果たされていない。続いて公式データベースに設置された意見交換の為の掲示板を閲覧するが、これも無駄だった。もの凄い勢いで情報が更新されているが、全て現状が把握できていないプレイヤーたちの怒りや困惑の声が、秒速何百という勢いで書き込まれていく。自動スクロールが早すぎてオフにしないと文字を拾うことすらできない有様だ。


「わたしたち、このままだとどうなるの?」


 ミューが不安げな声で呟いた。誰に聞いたわけでもないだろうが、ウィンドウを閉じたジズがそれに答えた。


「これがただのアクシデントなら、そのうち解放されるさ」


「そのうち? そのうちって、いつです?」


「うーん、まぁ早ければ夜が明けるまでには」


 だが、その可能性があるだろうか。ジズはミューの相手をしながら考える。これはただのアクシデントではない。その可能性が高い、とジズは考えていた。ただ、余計な不安をあおらない方が良いだろうと判断しただけである。アップデートによってもともと利用できたログアウト機能が使えなくなるというのは、考えられないこともない。ログアウト機能のチェックがメーカーと第三者機関に法律で義務づけられているはずだが、人間が関わる以上ミスがないとは言い切れない。しかし、<SeConD>の強制ログアウト機能が機能しないのは不可解だ。本来ならばエデンズライフの機能とは分離しているはずの<SeConD>の機能が阻害されている。エデンズライフと<SeConD>双方の故障という偶然が重なった可能性ももちろんなくはない。しかし、それが目の前にいるプレイヤーたち全員に起こるというのは、おそらく人類がエイリアンと遭遇する可能性より低いに違いない。端的に言って、あり得ない、である。


 この状況は何者かが意図的に引き起こした可能性が高い。ジズはそう考えていた。しかしその目的も、方法も皆目検討が着かない。ただ、理解できるのはこれが意図的に仕組まれたことであるならばそう簡単に解放されたりはしないだろう、ということである。この世界では食べ物を食べても栄養は供給できない。水分をとることも不可能だ。何日も閉じ込められるようなことがあれば死者が出るかも知れない、ということにジズは思い至っていたが、あえてそれをこの場で口にする勇気はなかった。


「とにかく、ギルド拠点ホームに戻らないか? 少し休んで、対策を話し合った方が良い」


 ゲーム攻略ならいざ知らず、システムの根幹に関わるような問題をシステムに内側から干渉できないプレイヤーがどうこうできるとは思えないが、とにかく目先の目標が必要だ。それに、気になることもある。ジズは周囲を見渡す。ほとんどのプレイヤーがまだ諦めることなくメニュー画面を開いて唸っていることもあってまだ街は静かだが、どうあってもログアウトできないことが分かればそれはやがて怒りに変わるだろう。しかし怒りの矛先であるゲーム制作者たちはこの世界にいない。どこにも向けられない怒りは蓄積し、膨張し、いずれ限界を迎える。


 ──だがそうなったら? その怒りはちょっとしたことで暴発するだろう。それが誰に向けられるにしろ、相手はどうなる?


 この世界の死は死ではない。ただ、弾かれるだけだ。分かりやすく言えばゲームの選択画面に戻るだけ。そしてプレイヤーにその意思さえあればすぐにでも復帰することができる。<始まりの街>かギルド拠点ホームで生き返ることができる。本来ならば。


「……あぁ、そうだな。ジズの言う通りだ。みんな、そうしよう」


 ジズは言い知れない不安に苛まれつつもそれをごまかすように頭を振る。考えても仕方のないことだ。なんとなく、試す気にはなれなかった。


「あ、駄目だ」


 陽炎が呟く。彼はジズに向き直って言った。


「ジズ、お前は魔法で一緒に転移できない」


「あ、そうか、今の俺は<黒の王>だから……」


「そう。システム上、ギルドメンバーじゃない……」


 転移魔法はギルドメンバーでなければ一緒に移動することができない。だがギルドメンバーになるためにはギルド拠点ホームにあるコンソールを操作する必要があるため、ジズは<ネクラキドリ>の面々と一緒に魔法で拠点ホームまでひとっ飛びというわけにはいかないことにようやく気がついた。


「そうか……じゃあ、俺は歩いていくよ」


 言ってから、少し離れたところに佇むアカリを見やる。


「こうなった以上、彼女も放っておけないし」


 アカリもギルドメンバーではないので、一緒に魔法で移動することができない。ギルド拠点ホームまで誰かが一緒に付き添ってやる必要があった。


「あ、じゃあわたしも」


 声はひとつに聞こえたが、挙った手は二つだった。リスとミューである。


「いや、俺一人でも……」


「そんなこと言って、アカリちゃんに何か困ったことがあったらあなた一人で対処できないでしょう?」


「そうですよ。アカリちゃんは女の子なんですから、女の子と一緒にいた方が安心できると思います」


「……」


 笑顔であるはずの二人から、何故か恐怖を感じたジズは咄嗟にディーゴを見る。彼はやたら不自然な格好で遠くの方を眺めている。


「おい、ディーゴ。お前も一緒に──」


「あぁ、すみません、ジズさん。俺、今日四人で歩いちゃ駄目って占い師に言われてるんですよ」


「なんだよ、そのピンポイントな占いは! 大体お前、今日ずっと一緒にいたのにいつ占いなんて行ったんだよ! 嘘付け!」


「嘘じゃないですよ、ホントです、ホント。昨日行ってきたんです。なんでも、四人で歩くと隕石が落ちてくるらしいです」


「らしいです、じゃないだろソレ……信じるなよ、そんな占い」


 仕方ない、なら他のメンバーを、と周囲を見渡すと何故か誰とも目が合わない。気づけば三人の周囲から人気が無くなっており、他のメンバーとの間にはまるでそこに川が流れているかのように空間がぽっかりと空いていた。


「じゃあ、頼んだぞ」


 陽炎が手を挙げていった。これまでに見たことのないような迅速な指示でメンバーをグループ分けし、──一度の魔法で全員を移動させる高位の転移魔法を使える魔法使いは<ネクラキドリ>にはいないのだ──それぞれのグループに割り振られた魔法使いたちが転移魔法を唱える。ジズ、リス、ミュー、アカリの四人を残してギルド<ネクラキドリ>の面々は拠点ホームへと帰っていった。


「ま、じゃあ、行きますか?」


 釈然としないものを感じながらも、ジズは背後に立つ二人を促してアカリの下へと向かう。


 アカリは先ほどからメニュー画面を出したりはせずにじっと周囲のプレイヤーの様子を観察していた。状況が上手く飲み込めていないのかも知れない。


「あの、アカリちゃん、今がどういう状況か、分かるかな?」


 彼女は不思議そうに首を傾げるだけだ。


「うんと、なんて言ったらいいか……物質世界リアルに戻れなくなったんだ」


物質世界リアル?」


「そう……えっと、お家に帰れなくなった」


「どうして?」


「ちょっとした事故だと思う」


 ジズは小難しい説明を省略して言う。


「だから、お父さんとお母さんか、お姉さんが迎えに来てくれるまでお兄さんたちと一緒にいよう? 俺たちの拠点ホーム……えっと家に案内するから。いいかな?」


「分かった」


 拒否されたらどうしようかと思ったのだが、目の前の少女は存外に素直に頷いてくれた。ジズは安堵の息を吐き、笑顔で少女の頭を撫でる。


 なるべく、早くこの街を出た方が良い。徐々に、この街を包む空気が不穏なものへと変わりつつある。三人は城を出るとなるべく人通りの少ない街路を選びながら、街の入り口へと向かう。街の外へと向かうわけではない。ギルド<ネクラキドリ>の拠点ホーム<ネクロ・ハーデス>神殿はここから百キロ以上離れた山岳エリアにあるので、言葉通りに徒歩で向かうのは不可能だ。門の側にある、各エリアへと転移できる施設を利用するのだ。その施設を利用すれば転移魔法のように<ネクロ・ハーデス>神殿の入り口とはいかないものの、かなり近いところに移動することができる。三時間も歩けば辿り着けるだろう。


 いくら人通りが少ないとはいえ、沢山のプレイヤーたちとすれ違った。彼らはまだメニュー画面を眺めては情報交換をしているようだった。時々、怒鳴り声が聞こえる。


「みんな、苛立ってるみたいだね」


「まぁ、そりゃあ……途方もない広さとはいえ、水も食料もない密室に閉じ込められたようなものと変わらないからなぁ」


 ジズは言ってから、自分の言葉の軽薄さに気がついた。胸中で舌打ちしながら、慌ててフォローする。


「とは言っても、すぐに復旧するさ。この状況に物質世界リアルの連中が気づいていないはずがない」


「そうですよね」


 ミューが力なく微笑む。不安なのだろう、しかしアカリが近くにいるために気丈に振る舞っている。だが、女性三人の中でアップデートと唯一変わらないように見えるのがアカリだった。彼女は相変わらず周囲のものを珍しそうに眺めながら、ジズの少し前を歩いている。


「あ、あれは何?」


 アカリが突然走り始めた。驚いたジズたちがあとを追う。アカリが立ち止まったのは彼女よりも遥かに小さな少女の前だった。少女はもともと濃紺だったのだろう、色あせた青い服を着ていた。その上からすり切れてグレーに変色したエプロンをかけている。裸足の少女は寒そうに身体を縮こめながら、アカリの姿を認めると小さく「お花はいりませんか?」と手にしていたバスケットの中から一輪の花を取り出していった。


 これが物質世界リアルの風景だとすれば大問題だが、少女の頭上にはNPCであることを表す青いクリスタルが頭上に輝いていた。


「お花売りの女の子だね」


 ジズがアカリの背中に向かって説明した。ジズも一度か二度、このNPCから花を買ったことがある。確か隣国の王女様に献上するためのアイテムで、それを渡すことによって王女が心を開いてくれるというイベントが発生したはずだ。


「お花はいりませんか?」


 NPCはプレイヤーが近づくと何パターンかある台詞をランダムに発言する仕様になっており、少女は繰り返しアカリに対して花を買わないかと尋ね続けていた。


「お花、買う」


 アカネが呟いたので、彼女の目の前にウィンドウが表示された。そこに買い取る花の個数を入力すると、入力した数だけ花を買うことができる。だが、アカネはその仕組みがよくわからないらしく、ウィンドウを困ったように眺め、やがてジズの方を見上げた。ジズは嘆息して、やり方を教えてやる。こんな初期装備みたいな服装でこの街をふらついていたのだから、ゲームのやり方も知らなくて当然かも知れない。アカネが個数を入力してウィンドウを閉じると、少女がにっこりと微笑んで小さく頭を下げた。


「お姉ちゃん、ありがとう」


「お花……」


 アカネが手を差し出すので、ジズはまた教えてやる。この世界では商品のやり取りを実際に行ったりはしない。ウィンドウで個数や品名などを決めて入力すると、あとは自動的にお金やアイテムがデータとして移動する。アカネの場合、既に花の代金が彼女の持っていたゲーム内通貨から引かれ、アイテム欄に小さな花という項目が増えているはずだった。


「あった? それを選択して、“具現化”のボタンを押してごらん。花が出てくるから」


 ジズの説明通りにアイテム欄から小さな花というアイテムを選択したアカネの目の前に、光り輝く小さな花が出現した。こうして実際に具現化したアイテムは60秒程で消えてしまうため、ほとんどのプレイヤーはデータのままで持ち歩いて目に見えるような形にしない。ただ、そういった仕組みを知らずに買ったアカネからすれば、ただ本当に彼女の売る花を買って観賞したかったのだろう。


「奇麗」


 アカネはそれを大事そうに胸に抱えると、NPCの少女に礼を言った。もしかしたら相手が人間でないと気づいていないのかもしれない。だが、それでも良いだろう。ジズは少女たちのやり取りを微笑ましく眺めていた。


「お花は如何ですか?」


 ジズたちが立ち去ったあと。少女は周囲にプレイヤーがいないにも関わらずまだ花を売る為に声をあげていた。


「お花はいりませんか?」


 少女の目はどこに向けられるというわけでもなくただ虚ろに宙を見つめている。意思の宿らない、青い瞳。


「小さくて可愛い、お花は如何ですか?」


 その瞳が、突然、ぎょろりと動いた。遥か遠くに見える、四人の後ろ姿をしっかりと捉える。


「オハナ──オハナハ、イリマ……セン……」


 人工知能が制御する花売りの少女の声は、いつしか機械じみた低音の声へと変貌していた。どことなくおどろおどろしい、不気味な響きがテープレコーダーのように繰り返される。やがて、少女は“一歩も動いてはいけない”という開発者の命令を無視して、一歩、また一歩と歩き始めた。カタタ、と不気味に顎を揺らしながら、少女はジズたちのあとを追い始める──。

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