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エデンズライフ  作者: 田中承太郎
第三章 デスゲーム
18/23

3-5

次の更新はもしかすると月曜になるかも知れません。

 全面ガラス張りの自動ドアが開き、一人の少女が颯爽と姿を現した。わずかに遅れて三人の部下がそれに続く。少女は淡いグレーのシャツにジーンズという出で立ちで、部下たちもそれぞれにパーカー、ブルゾン、セーターというラフな格好であるが、その振る舞いと表情は手術室に入る医者と助手のようでもあり、対照的だった。部下たちはそれぞれボストンバックを下げており、閉まりきらないバックからはソケットやケーブルの類いが飛び出している。


 廊下を進む彼女らを慌ただしく数人の男たちが出迎えた。


「これはこれは、お待ちしておりました。クキ様」


「カラキ副社長、前置きは結構。開発室へ直行します。役員会の方は上でお待ちを」


 マドカは足を止めることなく告げるとスーツ姿の役員たちを置いて第二の自動ドアをくぐり抜けた。高層ビルの1フロアを全てぶち抜いた広大なオフィスが広がっている。きっちり区画分けされた低めのパーテーションに、統一されたデスクが並ぶ。壁にはこれまで開発してきたゲームのポスターやチラシが貼られており、入り口の近くには観葉植物で隔てられた簡易のミーティングスペースが設けられている。サークルサンズ社の中枢たる、開発部のオフィスだ。


 しかし、それが今はまるで戦場のような有様だった。紙は飛散し、電話は鳴りっぱなし、誰かが蹴り倒したらしきパーテーションが倒れているが誰もそれに見向きもしない。スタッフの怒号が飛び交い、足音がひっきりなしに鳴り響く。


 混乱の極み。だがそれも当然といえる。


 最低でも数百万人のプレイヤーがゲームからログアウト不可能──、これが犠牲者の有無に関わらず人類史に残る事件になるだろうことは誰の目からも明らかだった。


「あら」


 マドカは壁際に並んだ数人の男たちを見つけて声を上げた。三人が近づいてくる。そのうち二人は先ほど別れたばかりのホムロとミナセだった。ホムロが手を挙げる。


「やぁ、先生、奇遇だね」


「えぇ、お久しぶり。約五時間ぶりね」


 ということは顔を知らない男も警察関係者だろうとマドカは検討をつけた。


「そちらのお連れ様も警察の方? ということは刑事さんね?」


 男が胸に手を入れたのでマドカは掌を差し出して言った。


「すみませんが警察手帳は結構です。急ぎますので」


「悪いけど先生、俺たちも同行させてもらって良いかな? いきなりこんな戦争みたいなことが始まっちまって、俺たちもちゃんと事態を把握できてないんだ。大体何が起きてるのかは理解してるんだが、詳しい説明は先生が来た時に一緒に済ませるって言われちまってな」


「ええ、結構です。邪魔をしなければ」


 大混乱の室内を横切りながら、マドカは右手に視線を向けた。壁一面を占める厚さ30ミリの強化ガラスの向こう側は気温と湿度を最適に保たれた空間で、数千台のコンピュータが金属製ラックにぎっしりと敷き詰められている。第一サーバールームと呼ばれる、階の半分を占めるその部屋のコンピュータ群の中には、エデンズライフの基幹プログラムを中心とした重要なプログラムの大部分が収納されており、つまり今現在ジズやリスを始めとしたプレイヤーたちを閉じ込めている牢獄だった。


「だからなんでリセットが利かないんだ!? もう一度タスクゼロサンからやり直せ!! 手が空いてるヤツはログアウトプログラムを一から洗い直すんだ。駄目ならライブラリを片っ端から開けていけ!」


 最奥、ガラス壁の近くに設置されたデスクで部下に向かって怒鳴り散らしている男が、接近するマドカに気づいて大きく目を見開いた。開発一課長のヨシギである。彼は真冬にも関わらず汗だくで、シャツのボタンを二つも外しているが、それは周囲のスタッフも同様だった。


「あぁ! 先生! 来て頂いてありがとうございます。なんと言っていいか……その、本当に」


 差し出したヨシギの手は震えていた。その手を握ることなく、マドカは首を振る。


「ヨシギさん、事態の緊急性を把握しておられるのでしたら現状説明をお願いします」


 ヨシギはハンカチを取り出して口の周りをぐいと拭うと、手と同じように震える口を開いた。


「は、はい……今から四十八分前、ちょうど0時頃だと思われますが、エデンズライフが我々の手を離れて暴走を始めました。まず第一にプログラムが我々のコントロールを一切受け付けません。第二にゲームをプレイしていた全てのプレイヤーのログアウト権限が消失しました。第三に、信じられないことですが<SeConD>の強制ログアウト機能もまるで受け付けないそうです……。これ以上のことはまだ分かっていません。原因も不明です」


「そりゃあつまり……」


「プレイヤーがゲームの中に閉じ込められたということです」


 ホムロの言葉をマドカは一瞬で遮った。


「緊急用のリセットも起動しないということですね?」


 それは先ほどの怒声を聞いていて分かっていたことだが、確認しなければならないことだった。


「はい。リセットはすぐに試しました。現在、十三回目のリセット手順を進行中です。ソースも洗わせていますが、しかし可能性は低いでしょう。つい五十分前には稼働していたのですから、プログラムに不具合があったとは思えません。機械ハードの故障も念のため、資材課の連中にチェックさせています」


「外部からの攻撃の可能性は?」


「もちろん、それが現状最も有力な可能性です。今、二課と三課にその線を調べてもらっていますが、今のところウィルスを発見したという報告はありません。ただ、正直なところ、これがクラッキングによるものだとしても、どうやったらこの状況を再現できるのか……皆目検討もつきません」


「それは、どうしてですか?」


 刑事の横やりに、ヨシギが煩わしそうに睨みつける。マドカは手早く説明した。


「通常、<SeConD>によって接続されたサイバーネットからログアウトする場合、二つの方法があります。ひとつはアプリケーション側、つまりゲームの機能によるログアウト機能です。今はそれが機能していない状態なわけです。ただ、ログアウト機能の搭載とその動作チェックは法律で義務づけられていますし、第三者機関によるチェックもあります。エデンズライフは当然これをクリアしていたわけで、設計段階でのミスであれば社内チェックか第三者機関で発見されるでしょうし、そもそも五十分前には動いていたのだから可能性は低いと言えます。次の原因として、機械ハードの故障が考えられるのですが、普通、機械が壊れると機能すらしなくなるのが大半です。その場合はただちにプレイヤーは物質世界リアルに放り出されることになります。万が一、運悪くログアウト機能が働かなくなるだけという壊れ方をしてしまったとしても、そういった事態を防ぐ為にここのサーバーは全く同じ内容のデータを複数の機械ハードにバックアップしています。ひとつの回線が遮断されたからといってどうこうなるような構造になっていません。よってこれも可能性は低い。となると残された可能性としては社外からのハッキングによる攻撃──すなわちクラッキングだけとなるのですが」


「ですが?」


「ゲームをクラッキングしログアウト機能を破壊しても、先ほど言った通り<SeConD>にはもう一つのログアウト方法があります。それが<SeConD>本体による強制ログアウトです。この機能は<SeConD>のブラックボックスに組み込まれており、どのメーカーも改変を許されていません。この機能を削除することはできないのです」


「それは、ちょっと矛盾してませんか?」


 ミナセが怖々と意見を述べる。状況がまるで飲み込めていない様子で、周囲のピリピリした空気に相当参っているようだ。


「あの、今の話を聞いている限り、ゲームのクラッキングは可能なんですよね? それがどうして<SeConD>だと無理なんですか?」


「理由としてまずは<SeConD>のプロテクトの高さが上げられます。エデンズライフは一流のプログラマーが集まって作っていますが、あくまでも一企業が作った商品のひとつに過ぎません。対して<SeConD>の開発には米国国防総省ペンタゴンが関わっています。人材、資材、予算、そのどれをとってもサークルサンズを遥かに上回る規模です。……とは言っても、確かに人間の作ったものですから、絶対に不可能だとはいいません。あくまでも防御力が高いだけで、それを上回る攻撃を加えれば突破されるのは必然です」


「だったら──」


「ただ、それはクラッキングする<SeConD>が一台の場合です。エデンズライフのプログラムは何重にもバックアップをとってあると言っても、大きくは一つのプログラムパッケージ──、塊です。適切な表現とは言えませんが、一度クラッキングに成功すればやりたい放題できると思って頂いて構いません。ですが、<SeConD>はその筐体の数だけクラッキングする必要があります。エデンズライフを購入した人が保有する4000万台の<SeConD>を。絶対に不可能だ、とは言いませんが、途方も無い財力と時間が必要です」


「例えば、誰なら可能ですか?」


「技術だけならば何人か候補はいますが、時間や財力も考慮して物理的に犯行が可能な容疑者はわたしの知り合いにはいません」


「先生なら、可能では?」


 ホムロの嫌らしい質問に、しかしマドカは間を置くことなくきっぱりと首を振った。


「いいえ。わたしにも不可能です」


 誰も何も言わなくなった。その重々しい静寂に堪え兼ねてか、ミナセが口を開く。


「それで、一体何人なんです? その、ゲームから出られなくなっちゃった可哀想な人たちは?」


「お前は何を聞いてたんだ!? この状況が理解できんのか!?」


 ミナセの引きつった笑顔に、ヨシギが爆発するように唾をまき散らした。ヨシギはエデンズライフのログアウト機能を担当している開発一課の長であり、おそらく今回の事件で最も重い立場にいる人間だ。だがそれ故に責任も感じているし事の重大さも理解している。ミナセの発言はそれを逆撫でるものだった。


「どうせあんたらはたかがゲームと思ってるんだろう!? だったら分かりやすく言ってやる!! いいか、これは誘拐事件と一緒だ!! しかもプレイヤーは解放されない限り飯も食えない水も飲めないときている。三日も経てば死人が出るだろうよ!! そんな可哀想なプレイヤーが何人かだと!? 600万人だ!!」


 600万。その言葉に、三人はその表情を一瞬で凍り付かせた。ホムロでさえ、まさかそこまで多いとは思っていなかったのだ。


「プレイヤーは世界中にいます。米国、中国、EU、ロシア、中東から東南アジア、南米──。これは最早あなた方の管轄と権限を遥かに超えた国際的な大事件です。下手をうてば総辞職では済まないほどの」


 完全に言葉を失った三人は、蒼白な顔で互いを見つめ合うことしかできない。そこに、また一人慌ただしくスタッフが飛び込んできた。


「か、課長! 大変です!」


「何だ?」


「そ、その……、ひ、被害者が……死者が出ました」


「なんだと!?」


 蒼白なスタッフの目の前で、ヨシギが頭を抱えるように絶叫した。彼はそのまま崩れ落ちるように両手を床に着く。あってはならないことだった。サークルサンズ社として最も憂慮するべき事態だった。事件が発生した時点で、もはやサークルサンズ社の生命は風前の灯火だった。しかし、犠牲者を出さずに早期に解決すればあるいは、そんな希望がヨシギの頭の中にはあったのだろう。だが、それも夢と潰えた。サークルサンズ社の未来はこれで無くなった──。


「状況を詳しく」


 廃人のように動けなくなってしまったヨシギの代わりに、マドカがスタッフに先を促した。


「は、はい。……下の緊急対策室にプレイヤーの家族から電話がありました。プレイヤーはどうやら初詣の約束をしていたらしく、時間を過ぎても一向にログアウトしないプレイヤーに腹を立てた家族が、身体を揺すったり叩いたりしたそうなんです。普通ならそこで安全装置が働くはずですがそれも機能せず、その、家族は苦肉の策として<SeConD>から強制的に引っ張り出そうとしたそうです……それで、プレイヤーの方が亡くなったと……」


「そ、そんなことあり得るのか? <SeConD>から無理矢理引きはがしただけで、人が死ぬなんて……」


「いえ、普通はありえませんよ! 目が覚めておしまいです。建前的に脳にどんな悪影響があるか未だに未知数なために、我々としては積極的にアナウンスすることはできませんが、最悪それで目が覚めるはずなんです。接続中に外しただけで死ぬ装置なんて停電やらのことを考えたら販売できるわけがない」


 ホムロの問いに力なくスタッフが言った。その目はうつろで、真っ赤に充血している。


「考えられる可能性はひとつだけです」


 マドカが顎に手をやって呟くように告げた。


「<SeConD>が脳神経と疑似的に接続する為に使われているマイクロウェーブ波の出力をリミットを解除して最大まで引き上げたんでしょう。<SeConD>をクラッキングしているとしたら不可能ではありません。<SeConD>にはプレイヤーがどんな状態にあるかを正確に判断する為に様々なセンサーを搭載しています。それと組み合わせれば、<SeConD>をプレイヤーがエデンズライフとの物理的接触を断つ前に脳を焼き切る殺人マシーンに作り替えることができます。ただ、やはり800万もの<SeConD>をいつ、どのようにしてクラッキングしたのかまでは分かりませんが」


「プログラム的にログアウトできず、機械から物理的に引きはがすのは即アウト……じゃあ、電源を切ったらどうだ?」


「<SeConD>のブラックボックスに突発的な停電に耐えられる内部電源が備え付けられていますから、おそらく無理でしょう。わたしがこの事件の犯人なら外部からの電力供給がカットされた時点でプレイヤーの脳を焼くようにに細工します。試してみる価値は、今のところないでしょうね」


「万事休す、か」


 試して失敗すればプレイヤーの命が失われるのだから、一度やってみようというわけにはいかない。舌打ち。ジズとリスの顔を思い出した。今は駄目だ。来る前に、そう自分に言い聞かせたはず。自制が利かなくなりつつある。冷静さを失いつつある。マドカは大きく息を吸った。湿り気のある、暖かい空気が肺を満たす。清々しいというにはほど遠い気分だったが、唇を噛んでなんとか落ち着かせる。


「あなたは家族と病院に連絡してプレイヤーの死因を確認してください。それと、亡くなったプレイヤーが使用していた<SeConD>の筐体をただちにこちらへ輸送してください。刑事さんは報道管制をお願いします。今のところ<SeConD>にとらわれたプレイヤーの方々を解放する手だてはありません。ご家族やご友人にエデンズライフをプレイしているプレイヤーがいたら絶対に手を出さないように、そしてすぐに連絡するよう全国──いえ、世界中にアナウンスして下さい。サークルサンズ社での処理は間に合いませんから、それの対応はそちらでお願いします──ああ、それとカラキ副社長に上のフロアを全て開けるように伝えて下さい。もう三十分もすれば警視庁から沢山人がおいでになります」


 警視庁だけではないだろう。事件の規模を考えれば警察庁、外務省、総務省、厚生労働省、国土通信省、国内のインフラを司る大企業や各国の大使館職員、マスコミといった関係者たちが雪崩となってこのビルに押し寄せて来るのは目に見えていた。慌ただしく、男たちが踵を返して駆けていくが、マドカはホムロを呼び止めた。


「ホムロさん」


「何だ?」


「あなたはなるべく急いで、改めてヒノ社長の件を追って下さい」


「こんな時にか?」


「こんな時だからです。これまでの経緯を鑑みるに、これは事故ではなく誰かの意思を反映した犯罪です。誰かが意図的にエデンズライフの世界にプレイヤーを閉じ込めている。脱出しようとするものは皆殺し」


「その糸口がヒノの件にあると?」


「偶然二つの事件が重なった、というのは確率としてかなり低いでしょう。可能性だけを考えればヒノ社長がこの件に関わっていたと考えるのが自然です」


「口封じされたか、良心の呵責に苛まれたか」


 ホムロは自問するように小さく呟くと、やがてマドカの顔を見て頷き、走り去っていった。


 マドカは背後に立つ三人の部下に指示を下す。


「さて。我々は今から原因を究明します。全体構造を一通り洗ってマッピングした後に患部を特定する」


 三人の部下がサーバールームの中へ飛び込んでいった。


 マドカの目の前に、一人の男性が立っている。ところどころ寝癖のようにハネた黒髪、いつも眠そうにしている気怠げな双眸。唇はわずかに不満げにへの字を成しているが、それが彼の普段の表情であることをマドカは知っている。彼がただそこに立っている。それはマドカがそう望んだことだった。一目会いたいう願望が、そのまま具現化されただけのこと。彼女は静かにその幻の横を通り抜ける。今何かを言うわけにはいかない。彼はヒノとは違い、まだ生きている。であるならば、話すのは物質世界リアルの彼とにするべきだ。その責任が自分にはある。


「絶対に助けてやるからな」


 そう呟いて、マドカは部下たちのあとを追ってひんやりとしたサーバールームへと立ち入った。


エデンズライフの中に閉じ込められてしまったジズとリス。切迫した空気の中、さらなる悲劇が彼らを襲う。次回、第四章《ギルド戦争》。お楽しみに。なんつって。

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