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エデンズライフ  作者: 田中承太郎
第三章 デスゲーム
17/23

3-4

 現在時刻23時52分──、アップデートまで残り8分。


 <自由交易都市アイン・ソフ・オウル>の中央に鎮座する<天秤城>の城郭にギルド<ネクラキドリ>のメンバーが集合していた。頭上では残り10分を切った新年とアップデートを祝う花火が無数に打ち上げられ、街や草原、流れる川や森林の輪郭をカラフルに染める。近くにいた他のグループや、城下を埋め尽くす人々の熱狂は今やピークに差し掛かろうとしており、まるで群衆がひとつの生き物のように身を捩り、その声は大地を揺らさんばかりだった。ジズ、リス、陽炎、バニラ、ディーゴ、ミューの六人を除いた<ネクラキドリ>のメンバーも、その活気に溢れた空気に乗り遅れまいと酒瓶を握りしめ、夜空を見上げての大合唱である。


「まさか姉ちゃんの名前を知らないとは……」


 少し離れたところに集合した六人は互いの顔を突き合わせている。花火や周囲の喧噪があまりのも大きいので音量を絞らずとも聞かれる心配は無い。彼らの視線は一様に、大きな瞳を精一杯見開いて花火を見上げるアカリに注がれていた。


「知らないってことはないでしょ。単に言いたくないから、嘘ついただけでしょ」


「そうですよね……名前知らない姉妹って、どんな姉妹ですか」


 呆れ声のバニラに、リスが同意する。アカリのことは他のメンバーには知り合いの子だ、と伝えてあるため、現在この問題を共有しているのは六人だけである。<パブロフ一家>にやられた仲間からは、予想通り街の入場制限に引っかかって合流できないというメールが送られてきていた。


「姉も姉よね。はぐれてから少なくとも一時間以上はほったらかしなんだから。少しは心配にならないのかしら」


「もしかしたら姉さんも子供なのかも知れませんよ? その……年子とかなら、まだ十三歳とかなわけでしょう?」


 不満げに憤るバニラに、ディーゴが意見する。アカリはまだ十二歳だ。確かにディーゴの言う通り、姉もまだ的確な判断を下せる年頃に無いのかも知れない。


「仕方ないな。とにかく、フェスティバルとアップデートが終わるまでは彼女と一緒にいよう。それから対応を決める。いざとなればログアウト方法を教えてゲームから降りてもらう。異論は?」


「まぁ、できればお姉さんとやらに迎えに来てもらって欲しいところだけどね……少し説教もしたいし……それに」


 陽炎の提案に、全員が頷いた。バニラの言葉を聞き取れたのはジズだけのようだった。六人での会議が散会し、踵を返したバニラにジズは声をかける。


「あの、バニラさん?」


「うん、なぁに?」


「さっきの言葉の、それに、の続きはなんだったんですか?」


「あぁ? あれ? 聞こえちゃったか……いや、まぁ、気にしないで。あまり言わない方がいいことだから」


「気になります。なんだったんですか?」


 バニラは数秒間たっぷりと迷ったあとで、ようやく困った顔で続きを話してくれた。


「その……それに、気になることもあるし、って言おうと思ったの」


「気になること、ですか」


「ええ。ねえ、本当に回りには言わないでね。あんまり褒められた内容じゃないから」


「わかりました」


「アカリちゃん家って、ちょっと問題があるのかも」


「と、言うと?」


「その……彼女、いくらなんでも幼すぎる気がするのよ……十二歳って普通、もう少ししっかりしているもんだと……思うの」


 わたしも子供いないから正確には分からないけどね、と彼女は付け足す。ジズはその言葉に曖昧に頷くことしかできなかった。なるほど確かに、安易に人に話していい内容ではない。だが、彼女の言うことも一理ある。彼女の両親は日付をまたごうと言うのにどちらも仕事から戻っていないのだろう。アカリが未だゲームに接続していることからそれは明らかだ。あるいは、放置されているとも考えられる。それはどちらかと言えば正常ではない……気もする。ただ、アカリの精神年齢の指摘に関して、ジズは何の結論も導けなかった。自分の中にある十二歳像のサンプルが圧倒的に不足しているからだ。あんなものだと言われればそうかも知れないし、違うと言われればそのような気もする。自分が十二歳だった時はどうだっただろう。


 確か、寒風摩擦の時間に教師と喧嘩したのが十二歳だったはず。ジズは教師に対して、寒風摩擦の有為性を科学的に解説して欲しいと食ってかかった。もし寒風摩擦が全校生徒に強制させる程有為なのであれば、そもそも教師や他の大人たちが行わないのは何故か、という疑問を教師にぶつけたところ、ジズは頭を殴られて泣きながら寒風摩擦を行う羽目になった。黒歴史のひとつだ。論理が現実を超越することは決して無いと、ジズが学んだ瞬間である。常に現実が先にある。人は無から有を作り出すわけではない。地動説が唱えられるより以前から地球は太陽の周りを回っていたし、量子力学が唱えられる以前から、物質は素粒子によって構成されていた。クィンはそれを聞いて大爆笑していた。


 おそらく、自分を基準にするにはできないだろう、というくらいの自覚はあった。十秒以上考えても答えが出なかったので、ジズは諦めて頭を振った。


 いろいろあったが、ようやく一日が、そして一年が終わろうとしている。


 一瞬、空に静寂が戻った。何かの不具合かと思ったがそうではない。次の瞬間、夜空を逆流する滝のように炎が舞い上がり、視界を眩い閃光が覆い尽くした。大音量が身体の隅々まで響き渡り、全身を痺れさせた。赤。黄。青。ピンク。オレンジ。カラフルな大輪の花火が天上で花開く。大歓声が街全体に轟いた。


 現在時刻23時55分──、アップデートまで残り5分。


 ここ<自由交易都市アイン・ソフ・オウル>以外でも、大小様々な街でも同様のフェスティバルが開催されている。おそらくエデンズライフ中のプレイヤーが今夜ばかりは空を見上げているに違いなかった。その空が割れ、巨大なウィンドウが文字を表示させる。ついに新年とアップデートのカウントダウンイベントが始まったのだ。


『ようこそエデンズライフ・プレイヤーの皆様。今宵、新しき年とユグドラシルの新たなる時代の幕開けを、皆様と祝おうではありませんか』


 また歓声が巻き起こる。どこからともなく出現した数千を遥かに超える風船が、プレイヤーたちの熱気に巻き上げられる形で昇っていく。それに対する歓声がまた起こる。既に限界にまで達していると思われた熱気と興奮、歓声がさらに大きくなる。今エデンズライフをプレイしているプレイヤーは一体どれくらいいるのだろう。4000万のユーザーのうち、最小に見積もっても十人に一人くらいはプレイしているのではないか。それだけでも、400万人がこの異世界セーフィ・ロートでの興奮の最中にいることになる。この一体感もまた、エデンズライフの醍醐味と言えるだろう。


「今日はいろいろと朝から忙しかったね」


 リスが隣に立つジズの横顔に声をかけた。彼女がジズの隣にいるのはもちろん偶然ではない。城下程ではないにしろ、城郭もかなりの人口密度だ。二人の距離はほとんど無いに等しい。黒髪の少年はゆっくりと首を下ろして、リス以外には見えないように片方の眉だけを吊り上げた。


「ああ、実はもう、クタクタだ。ギルド選抜試験にマブロフ、アカリちゃん……<黒の王>ってのもバレちゃったしなぁ」


「わたしも、ミューさんにサイン頂戴って言われちゃった」


 困ったように首を傾げるリスの顔は熱気に晒されてかほのかに赤い。


「大丈夫か? 顔赤いぞ?」


「ああ、うん、大丈夫。ただ距離が近いだけ……じゃなくて、朝からずっとログインしてから、わたしも少し疲れたかも」


「そっか……確かに今日は昼休憩をとっただけでそれからずっとプレイしっぱなしだったからな……。クィン先輩にも今日の報告はしてないし」


 普段なら、ジズもリスもとっくにゲームを終了して、ジズはクィンに報告のメールを送信している時間帯だ。しかしアップデートを控えた今日くらいならば、報告が明日になったところで問題ないだろう。彼女も、できればアップデートは実際に体験して欲しいと言っていた。


「そう言えば、アルバイトは今日で最後だね」


「そうだな」


「どうするの? また、辞めちゃう?」


 エデンズライフから再び離れるのか、という問いに対してジズは少しばかり逡巡を重ねる。たった十日間ではあったものの、今自分たちを囲んでくれているギルド<ネクラキドリ>の仲間たちとの別れには後ろ髪を引かれるものがある。もちろん、十日間限定という無茶な条件を飲んでくれたこともそうだが、それよりもただ単純に彼らといるのが楽しかった。陽炎は少し頼りないところもあるが陽気で分け隔てない。バニラは少し言葉遣いが荒いものの面倒見が良い姉御肌。出会ってまだ一日だと言うのにディーゴは何故かジズを先輩として慕ってくれているし、ミューもリスを同じように慕っているようだった。他にも、ジズの視線に気づかずに空に向かって大声を張り上げるギルドメンバーたちを順に見比べていく。


「いや……折角知り合った仲間だからな……このまま別れるのは惜しいよな」


「うん、そうだよね」


「まぁ、毎日ってわけにはいかないだろうけど、たまには遊ぶか」


「その時はわたしも誘ってね」


「ああ、また、みんなで一緒に──」


 最後まで言えなかったのは、眼前に突然数字が表示されたからだった。10、9、8、7……。いよいよ新年を迎えるテンカウントが開始されたらしい。それをプレイヤーたちが大声で読み上げる形でカウントする。


「まぁ、何はともあれ」


 ジズはリスの手をとって言った。


「今年もよろしく」


『A HAPPY NEW YEAH!!』


 これまでに聞いたことの無いような大歓声が、エデンズライフ中で巻き起こった。新年の幕開け。そしてプレイヤーが心待ちにしていた、アップデートの開始である。周りで沸き立つギルドメンバーたちにもみくちゃにされる二人を、わずかに遠くから見つめる人影があった。


「あの二人って付き合ってないって聞いたんですけど?」


 ミューがぼんやりと眺めつつ、呟く。そこはかとなく不機嫌な顔だ。それを聞いていたのはすぐ後ろに立っていたディーゴである。彼以外に彼女の言葉を聞いている人間はいない。ディーゴは仕方なく、それに相づちを打つ。


「付き合っちゃいないけど、両想いだろ、あれは。少なくともリスさんは間違いなくジズさんのことが好きだろ? これはバニラ姉さんから聞いた話だけど、まぁ一目瞭然だよな」


「自分とジズさんはただの友達だって言ってたのに」


 一行が<パブロフ一家>と遭遇する直前に話していた内容を思い出してミューが頬を膨らませる。


「何? お前もしかしてジズさんのこと?」


「そりゃあ、どっかの誰かさんをあれだけ華麗に倒しちゃったんだもん……格好良かったなぁ」


「へぇへぇ。そのどっかの誰かさんもやられがいがあったってもんだな。それは」


「うん、見事なやられっぷりだったね」


「うるせ」


 ディーゴとしては新年の祝賀よりもアップデートの方が重要である。おそらく、そろそろその内容と詳細が公開されるはずだ。普段ならいざ知らず、このタイミングでずっとミューの話は聞き続けたくなかった。様々な噂が公式データベースを飛び交っていた。曰く、新しい空飛ぶ城がマップに追加されるだとか、魔法やアイテムの種類が倍になるだとか、そういう話だ。一体どこまでが本当でどこまで嘘なのか。もし新しいスキルが使えるようになればさっそく使いたい。新しいモンスターが出現したならその退治法をいち早く発見したい。期待と興奮がディーゴの胸を膨らませる。


『今、この瞬間をプレイヤーの皆様と共有できたこと、運営一同、深く感謝申し上げます。サークルサンズ社以下、スタッフ一同、本年も例年以上にエデンズライフの魅力を皆様にお伝えし、楽しんで頂くために専心誠意、運営を行って参ります。本年もよろしくお願い致します』


 新たに表示されたメッセージに、さすがにミューも続きを話す気を削がれたようだ。彼女もそれなりにアップデートを待ち望んだプレイヤーの一人だからだ。


『それでは、かねてより告知しておりましたエデンズライフ Ver.2.0の詳細を発表させていただきます』


「待ってましたぁ!」


 ギルド<ネクラキドリ>のメンバーの一人が声を上げ、周囲の人間が笑う。ジズもつられて笑った。リスも、陽炎も、バニラも、ディーゴも、ミューも、みんな笑顔だった。


 次に表示されるメッセージを見るまでは。


 白いウィンドウが表示される。何の変哲も無い、エデンズライフでは何千、何万と繰り返し見てきたデザインのものだ。フォントも変わらない。シンプルで、かつどことなく小洒落た細めの書体。しかし、色だけが赤い。まるで血をそのまま結晶にしたような煌めきと、禍々しさをその内に秘めているような赤さだった。少なくとも、ジズにはそう映った。


『ただ今をもちまして、プレイヤーの皆様から半永久的にログアウト機能を剥奪させていただきます。それでは、良いエデンズライフをお送り下さい。以上』


ようやくデスゲームの幕開けです……。

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