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エデンズライフ  作者: 田中承太郎
第三章 デスゲーム
14/23

3-2

 S級ギルド<骸一族>はS級としてランキングの上位に君臨し、エデンズライフでは名の知れた集団だが、しかし彼らにはそれ以上にもっと相応しい名を冠されていた。


 ──<犯罪レッドギルド>。


 プレイヤー殺しはもちろんこと、ゲーム内通貨やレアアイテムとリアルマネーの取引、攻略情報の売買や捏造など物質世界リアルの法に照らし合わせてもグレーゾーンをいく彼らには極力近づくなという共通認識がプレイヤーたちの間で出来上がっていた。


 ギルドは相手を見れば頭上にそのエンブレムが表示され、それで判断することが出来る。例えば<ネクラキドリ>は漆黒に浮かび上がった兎の横顔だ。<炎帝騎士団>は深紅のバックに剣の紋章、<骸一族>は黄色の背景に眼帯をした骸骨のマークだった。今それがジズ達の目の前にずらりと並んでいる。数は20から30人といったところだろう。獲物を目の前にした骸骨の群れが、喜びに顔を歪めているような錯覚を覚える。


 そこは、奥まった路地を抜けた広場のようなところだった。通りに平行に敷き詰められた家をひとつだけ摘んで抜き出したように、ぽっかりと空いた都市の空白。そこだけが赤茶けた地面むき出しで、至る所から雑草が取り上げられた生活圏を取り戻すかのように目一杯覆い茂っている。あるのは忘れ去られたように放置された山を除けば、あとはそれを椅子代わりにくつろぐギルド<骸一族>の面々と、その奥でまるで天敵に追い立てられた小鳥のように怯える少女だけだった。


 ほぼ全員が、武器を下げている。剣、ナイフ、弓、槍、斧、杖、メイス。しかもそのどれもが正規のルートで手に入れたかどうかは別にしても──、一級品だと人目で分かるほどの代物だ。通常、<犯罪レッドギルド>と言えば荒くれ者の集団であり、粗暴で常に金に困り、アイテムや装備もろくに整っていないというイメージを持つがそれは違う。<犯罪レッドギルド>はマナーに反する行為、時として物質世界リアルの法にすら触れる彼らの財政は基本的にリッチだ。そうでなければそもそも結成する意味がない。その中でも特に<骸一族>は別格の存在である。総勢1000人にも登るとされているこのギルドは人からアイテムを奪ったり、攻略情報を聞き出したりすることによってより効率的にゲームをプレイしている。


「眼帯にローマ数字の三……マブロフ一家か」


 眼帯に書いてある数字を読み取ってジズは呻いた。ギルドは最高で100人までしか加盟できない仕組みになっているため、それ以上規模を大きくする為には複数のギルドを作って同盟を結ぶしか無い。そのため、ギルド<骸一族>はほとんどヤクザと同じ組織構成をしていた。最初に結成されたギルド<骸一族>にはギルドリーダーたる<骨の王>と下位ギルドのリーダーたちが籍を置いている。そしてそのリーダーたちが下位ギルドを率いている、という形だ。眼帯に何も記されていないのが本家たる<骸一族>であり、ジズたちの目の前に姿を現したのは<骸一族>に所属する下位ギルド<マブロフ一家>だった。ジズが知っている限り、<マブロフ一家>は<骸一族>の中でも少数精鋭で通る武闘派であり、その平均レベルは900に迫ると言われている。


「なんだ、何見てるんだよ?」


 広場の入り口に座り込んでいた三人が立ち上がって声を張り上げた。全員が見事な甲冑に身を包み、剣を携えている。見た目だけで言えば栄誉ある王宮の騎士団といったところだが、その声には気品の欠片もない。周囲からもくぐもった嘲笑が聞かれた。


「あんたたちこそ何やってるの? そこの女の子、ギルドメンバーってわけじゃないんでしょう?」


 バニラの詰問に、しかし男達は怯む様子も無い。


「あぁ? あいつなら、これから俺たちの仲間になるんだよ」


「そうそう。親交を深めているところなんだ。邪魔しないでもらえるかな?」


 男達が手にしていた瓶を顔の横で振ってみせる。どうやらアルコールのようだった。なるほど、見た目も栄誉ある騎士団とはいかないらしい。


「それとも、あんたたちも混ざりたいのかな? いいぜ。女だけならな」


「お前ら、飲み過ぎじゃないのか? そこを通してもらう」


 ディーゴがそう言って男の一人に手を触れた。


「駄目だ! ディーゴ──」


 ジズが咄嗟にディーゴの肩を掴む。ぐらりとよろけたディーゴから、しかし右腕は切り離されたあとだった。愕然とした表情で、ディーゴは目の前をくるくると回転する自分の腕を見つめ、そして、悲鳴を上げた。


「ディーゴ!」


 エデンズライフの世界にも痛みは存在する。物質世界リアルと比較すれば痛みは十分の一以下だが、それでも右腕を切断されれば声を上げたくなる程度には痛い。ジズはディーゴの身体を支え後退しつつも男達を睨みつける。いつの間にか、抜剣している。ディーゴの右腕がぼとり、と地面に落ち、そのまま爆発するようにプリズムをまき散らして消滅した。アバターの部位欠損ペナルティ。


「お前らぁ!」


「おいおい、先に手を出したのはそっちだぜ? 俺の折角の一張羅が台無しじゃねぇか」


 大して汚れてもいない──否、厳密に言えば指紋すらついてもいない鎧を軽く叩きながら、男が下卑た笑みを浮かべる。<ネクラキドリ>のメンバーが距離をとる。陽炎が、そして残りのメンバーが剣を抜いた。不味い。ジズは胸中で舌打ちする。


「なんだなんだ、やろうって言うのか?」


 広場の男達が、一斉に立ち上がった。


「待て! 俺たちはあんた達と争う気は──」


 ジズは必死に叫ぶが、既に遅かった。<ネクラキドリ>のメンバーが剣を振りかぶって入り口の男に切り掛かる。駄目だ。今の俺たちに叶う相手ではない。それは仲間たちも分かっているはずだ。しかし、怒りに我を忘れている。完全に浮き足立っている。入り口の男が剣を受けた。それを弾き、さっと返す剣で<ネクラキドリ>のメンバーを切り伏せる。もう一度。敵の持っている業物はあっさりとメンバーの鎧を貫通し、彼の背中から白刃が飛び出した。一度だけびくっと小さな痙攣を起こして、仲間の一人が先ほどのディーゴの腕のようにプリズムを纏って爆発する。死亡ペナルティ。彼の所有していた経験値のいくらかと、アイテムのいくつかがランダムで殺害した男へと移譲される。エデンズライフで死んだプレイヤーはこの<始まりの街>か<ギルド拠点ホーム>のどちらかに五分後に復帰できるが、今<始まりの街>は入場制限がかけられている。

彼はもう仲間とともにフェスティバルを楽しむこともアップデートの瞬間を味わうことも、新年を祝うこともできない。


「やっちまえ!!」


 広場から、<パブロフ家>のメンバーが一斉に躍り出る。ジズはディーゴを支えたまま、必死に叫ぶが、それは誰にも届かない。また一人、<ネクラキドリ>のメンバーが二人の剣を左右同時に受けて消滅した。


「待て、待ってくれ!」


 瞬間。ジズはひとつの音を聞いた。


 風を切り裂く音が、同時に、争いの音をもかき消す。それは一瞬だった。


 きょとんとした表情で、その場にいた全員が脚を止めている。


「な、なんだ、これは……」


 呆然と、一人の男が言った。今にもバニラに切り掛かろうとした姿勢のまま、自分の胸を見つめている。彼の胸には、一本の矢が突き刺さっている。白樫と<白金鳥の羽>から作られた白亜の矢が、電灯の光を受けて鈍い光を発している。ダメージはそれほどでもない。大した攻撃力ではない。矢を受けた男の生命値ヒットポイントを十分の一ほど減らしたに過ぎない。驚くべきことはそこではない。男は、周囲を見渡した。入り口には十人程度の<パブロフ一家>の仲間が今にも飛び出そうという姿勢で、自分と同じように固まっている。


 おかしい。


 音は一つだった。


 だが、彼ら十人、全ての胸に、同じ矢が突き刺さっている──。


「──ジズが、話してる」


 女の声だ。男達はその発信源を探ろうと視線を巡らす。だが簡単には見つからない。ようやく、一人の男が屋根を見上げた。


「り、リス?」


 バニラが、女の名を呼んだ。


 リスが広場の反対側の軒の上に立っていた。巨大な月を背景に、白銀の弓を携えるその姿は神話にある月の女神のようでもある。彼女はゆっくりと周囲を見渡すと、まるで自身が女神であることを認めるような仕草で肩にかかった髪を払う。


「みんな落ち着いて。ジズが話してる」


 それを聞け、と言っている。誰も、それに口答えできなかった。その瞳に宿した怒りもそうだが、それより何より、この場にいた誰もが、彼女が一体何をしたのか理解できなかった。それが不思議で、不気味だった。


「ジズ──」


 彼女の言葉、彼女の視線が一人の男に向けられた。ジズはディーゴを壁際に座らせると、ゆっくりと立ち上がる。


「悪いな、リス」


 ジズは前髪を払っていった。


「ああ、まぁ、その、こんな注目を浴びるとは思わなかったから、すごい緊張してるんだけど……」


 ジズは肩を竦めた。誰もが、彼の言動に注目している。


「本当は、交渉でどうにかしたかったんだけどね。お前たちは仲間を手にかけた──悪いけど、交渉はなしだ」


「何を言ってる? 交渉だと? 俺たちを知らないようだから教えてやる。俺たちに──」


「交渉はなし。そうだったな? ボリス=パブロフ」


 男たちをかき分けて現れた、ひと際大きい男に向かってジズが告げる。巨大な体躯に鈍い輝きを纏った甲冑をつけ、立派なヒゲを蓄えた男は怪訝に眉をひそめる。


「貴様、俺の名を知っているか。俺の斧の犠牲になったことでもあるのか、それとも──」


 パブロフはそこでぐらり、とバランスを崩したように後ずさった。


「その黒髪にその黒コート……お前まさか……ジズか?」


「久しぶりだな、パブロフ。前に言ったよな? 俺の仲間に手を出したらどうなるか」


「ち、ちょっと待ってくれ」


 目に見えて狼狽え出すパブロフに、部下たちは不振の目を向ける。自分たちのリーダーは一体どうしたと言うのだろう。エデンズライフは他のゲームのように相手のステータスを簡単に知ることはできない。外から分かるのはステータスボーナスや所属ギルドくらいなものだ。だからこそ、特に<犯罪レッドギルド>では手を出してはいけない相手の顔と名前はリスト化し、徹底的に周知されている。その中に、そんな名前のヤツはいなかったはずだった。装備を見ても、明らかに格下のギルド、格下のメンバーである。それは葬った彼らの仲間の強さから既に実証されているというものだ。


「あ、あんた引退したって聞いたぜ? それにあんたのギルドだと知ってたらまさか襲ったりは……」


「俺は三度も待ってくれと言った。なのに俺の仲間を殺した──もう手遅れだ」


「殺せっ!」


 パブロフが斧を突き出して突然、絶叫した。


「こ、こいつがっ! ──前のアカウントを引っ張り出して来る前に! 殺せぇ!!」


 誰もが、一瞬その言葉の意味を考える。


「ここが<始まりの街>で助かったよ」


 ジズは片方の眉を吊り上げて、右腕を頭上へと掲げる。そして、この世界の理──エデンズライフの制御システムに命令を下す。


「システム・コール! アカウントチェンジ・ナンバーゼロゼロワン、ジズ!」


 制御システムがジズの周囲に赤黒い円陣を展開させる。魔法陣のようなそれは突如そこに現れ、そして一瞬で輝きを増していく。幾層にも重なった光の円は足下から徐々にジズのアバターを分解し、分解する先から再構築を開始する。通常、他のゲームでは複数のアバターを持つことが許されており、必要に応じて使い分けるのはそれほど珍しいことでもない。それはエデンズライフでも一緒だ。例えあまりにも広大なマップと膨大なシナリオを持つエデンズライフでは一体のアバターを操るのが主流だとしても。ジズもリスも、同名で登録しているアバターを二体所有している。アバターを変更できるのはリスタート時と同じで、<始まりの街>か、両方のアバターが同じギルドに所属している場合のみ<ギルド拠点ホーム>だけだ。


 深い茶を帯びた革靴が塵となって消滅し、新たに発生した粒子が集積し漆黒のブーツへと代わる。パンツも、ベルトも、コートも、全てが分解され、新たな衣装へとアバターごと切り替わっていく。漆黒のロングコートは三重構造になっており、一番外側はマントのように肩から足下にかけてを覆っている。純銀の鎖がボタンの代わりに襟足を止めており、夜空に流星が流れるように白い柄が覗いていた。装備以外は、それまでのジズとほとんど変わりない。髪が多少、短いくらいである。しかし──。


「<三魔神の外装>に、<魔王の鎧>……それに……<魔剣レーヴァテイン>だと……」


 男たちに、一斉に動揺が走る。口々に口走ったジズの装備、それはかつて男たちが羨望の眼差しで見つめていた、手を出してはいけないリストのトップに長く君臨していた<黒の王>の装備品だ。


「誰かっ! こいつを倒せ! こいつは黒のお──」


 ジズが疾走した。それは、ディーゴと相対した時よりも遥かに早い速度だ。誰もジズが剣を抜いたところを見ることはできなかった。ジズの剣はいつの間にかパブロフの頭上を通過し、足下に到達している。遅れて、パブロフの頭頂部に一閃が走ったかと思えば、パブロフは真っ二つに両断されていた。二つに隔てられたパブロフのアバターが、一瞬で炎に包まれる。


「ぎゃっぎゃぁああああ!!」


「悪いけど待ち合わせの時間があるんでね。急がせてもらうよ」


 燃え盛るパブロフのアバターが、そのまま<黒の王>ジズと<パブロフ一家>の開戦の狼煙となった。

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