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エデンズライフ  作者: 田中承太郎
第二章 死という名の前触れ
12/23

2-5

デスゲームと言いつつ中々デスゲームになりませんね……二章のタイトル変えるかも知れません(笑) ごめんなさいごめんなさい

「えぇ、何、その状況?」


 それが、開口一番。ホムロやミナセの上司キヅの言葉だった。そりゃあそうだろう。怒鳴られなかっただけマシと言える。頬を掻きながら、目の前に上司がいるわけでもないのに自然と頭が下がってしまう。


「えぇと、なんというか、やり辛い相手なんですよ……キヅさんを出せの一点張りで」


「僕? どうして、僕?」


「知り合いみたいですよ。最初から名前を知っていました」


「はは……まさか名簿が流出してるわけでもないだろうしなぁ」


 公安部所属の警官の氏名はどこにも公開されていない。それは、ホムロもミナセも同じだった。冗談で言ったのだろうが、もし本当ならば由々しき事態だ。


「相手さん、名前、なんだって?」


「九鬼まどかです」


「……」


 沈黙。


「ごめん、もう一度言ってもらえる?」


「九鬼まどかです」


「九鬼まどか?」


 完全にキヅのトーンが変わった。


「そうです」


「かぁ」


 漏れる声からは、感嘆とも歓喜ともとれた。


「え? なんだよ、それ。お前、サークルサンズの件で出張ってるんだよな? どうして、彼女が出て来るわけ?」


「やはり、ご存知なんですね」


 ホムロは多少、ほっとした。既に状況はあの女のせいでよく分からないことになっている。とにかく、これで情報を共有できる相手が増えたわけだ。


「ご存知も何も」


 キヅの言葉は続かなかった。


「で、彼女がなんだって?」


「ですから、こちらの情報を出せと言って来てるんです。断固拒否してるんですが、まぁ、その、正直、埒があかないのです。……それで、お知り合いでしたら、その、直接話して断っていただきたいんですが」


「あぁ、そんなの、無理無理」


 キヅはあっさりと言った。やはりそうか。自分で断れと言うのだろう。それも当然だ。


「彼女の説得は無理だよ。話してあげなよ」


「え、話してもいいんですか?」


 意外だった。柔和な物腰と顔立ちに反してやり手で名の通るキヅのことだ。断固として受け入れず、突っ張るものだと思っていた。


「もちろん、駄目だよ……ホントはね。しかし、まぁ、彼女が本気でそれを望んだら、止められる人間はいない」


「何者です?」


「採掘機みたいな人だな。とにかく、こちらのコントロールは一切受け付けないから、そのつもりで。ただ、彼女の進む方向に間違いは無い。もしかしたら、おこぼれにはあずかれるかもしれないぞ。まぁ、味方なら、という前提がつくがね」


「もし敵だった場合は?」


「黙って押し潰されるしかない」


「はぁ」


「とにかく、彼女の前には立つな」


「もしそうせざるを得なかったら?」


「その時は、公安部総出で立ち向かう必要があるな」


 電話が切れた。ホムロは薄い板状の端末を胸ポケットに仕舞って、廊下から部屋へと戻った。


「許可はおりましたか?」


 室内には、先ほどと全く同じ姿勢で九鬼まどかが佇んでいる。


「ええ、まぁ。……しかし、もちろん、これは非公式のものです。他言しないと、お約束いただきたい」


 ホムロの言葉に、信じられない、という表情を作ったのはミナセだ。まどかはその返事を予期していたようにかすかに笑みを浮かべただけだった。


「ええ。もちろん」


「それと、ひとつお聞きしたい」


「なんでしょう?」


「あなたは、この情報を何の為に使うつもりですか?」


「真実を知りたいのです」


「……」


「役者気取りか、と思われましたね?」


「あぁ、いや……」


「ですが、素直な気持ちです。ヒノ社長は大学の後輩にあたります」


「後輩ですか? 先輩ではなく?」


 ミナセが身を乗り出した。


「ええ。わたし、十二で最初の大学を出ましたから」


 言葉を失ったのはミナセだけではない。ホムロはゆっくりとソファーに腰を落ち着ける。


「今でも大学には籍を置いているんですよ。 ほら、時々実験室を使わせてもらうのに便利でしょう? 今の大学は五つ目です。ヒノ社長と知り合ったのは、そう、彼が高校二年の時でした。わたしが大学で卒論を書いていた時ですね。彼が大学を見学に来た時に、少しだけ話をしました。それからしばらくは連絡を取り合ったりはしなかったのですが、彼がサークルサンズ社を立ち上げて二つ程ゲームを出した時に声をかけられて再会しました。それから、ゲーム制作を少しお手伝いしたんです。わたしが興味のあった分野と重なっていたものですから。それから二年程お手伝いして、それからは時々連絡を取り合う中になりました。電話をした回数は二十八回ですね。必要であればあとで日にちもお教え致します」


「それが、この件にあなたが首を突っ込む理由ですか?」


 仲が良かったのだ、とまどかは言いたいのだろうとホムロは判断する。


「本当はもう一つあるのだけれど」


「といいますと?」


「この事件の終着点が見えないのです。他殺だとしたら犯人は一体何が目的なのか。自殺だとしたら何を思ってヒノ社長はご自分の命を絶ったのか」


「それはそう簡単には見えてこないものです。失礼ですが、あなたは少し事件というものを勘違いしている。ドラマやノベルに影響を受けすぎてはいませんか? 殺人事件はパズルではないのです。世の中には単にかっとなってやってしまった殺人事件の方が圧倒的に多いんですよ。何の考えも無い。その場の勢いだけでナイフを振り下ろす。その時だけは社会とかそういったしがらみを一切忘れて、その瞬間だけを思い、感じ、人は殺し、死ぬんです」


 ホムロの言葉を聞いていたまどかはうっとりとした顔で首を傾ける。


「素敵です」


「え?」


「いえ、あなたの言葉が。わたしの後輩に似ているわ」


「ヒノ社長ですか?」


「いいえ、違います」


 彼女の美しい黒髪が、左右に揺れた。


「不思議ですね。人は常に自由な生き物だというのに、それを相対的にしか判断できない。自由というそれそのものは絶対的な価値を持つものにも関わらず、それを享受する人間はそれを相対的にしか認識できない。しがらみを忘れて法を犯す。これは自由? でも、本来、自由とはそこにあるものです。誰にも等しく、平等にあるものです」


「はぁ……」


 意味が分からない。隣でミナセが苦笑していた。普段ならあとで小突いてやるところだが、今回ばかりは止む終えない、と感じる。とにかく、目の前の女性は常識を逸している。幼稚さを感じさせる話題の飛躍。だが、その言葉は何となく価値があるようにも感じられる。例えば、あとになって、そうか、このことか、と気づくような。そんな予感の前触れ。触れていない羽毛の感触を、しかし触れる直前に感じるような、柔らかく、曖昧な感触。


「少し、建設的なお話をしましょう」


 また、彼女が話題を切り替えた。


「端的に言って、本件がヒノ社長の単なる自殺である可能性はかなり低いと言って良いと思います」


「その理由は?」


「動機がありません。正直申し上げて、わたしはヒノ社長が行方不明であることを少し前から知っていました。それで、調査をしていたのです。わたしが先ほど申し上げられないと言ったのはそれを知るに至った経緯です。論理的思考ではありません。正確には、わたしにとっての論理が、おそらく、あなた方には理解できないと思われます。とにかく、わたしはある程度ヒノ社長に出資していました。そこで、大事になる前に防御手段を講じる必要が生じる、と感じたのです。それで、彼と、もう一人、別の女性の周辺を調べさせました」


「もう一人?」


 ホムロはようやく、端末を取り出してレコーダーを起動させることを思い出した。いつの間にか事件の話になっている。主導権は完全に相手側にあった。


「クボエミ。サークルサンズ社の開発一課に所属していたプログラマーです。ひと月前にサークルサンズ社を退社していますが、彼女も現在行方不明になっています。彼女はヒノ社長に好意を抱いていました。わたしはそれを部下から知りました。あとでお話を聞かれると良いわ。クボエミさんとは、仕事の付き合いではなく、プライベートなお付き合いをさせていただいたようです」


「では、彼女が犯人だと?」


「きっと警察はそう結論づけるでしょう」


 もしそれが本当なら、かなり有力な情報である。捜査一課がひと月前に退社したクボエミという女性に辿り着くまでどれほど時間がかかるだろう。社内でおおっぴらな関係だったのならともかく、誰も知らない関係だったのならまだしばらくはかかるだろうとホムロは思った。


「あなたは違うのですか?」


 ミナセが聞く。その聞き方はもう警察関係者のそれではない。どちらかと言うとニュースサイトのインタビュアー、あるいは、野次馬のような興味本位丸出しの聞き方だった。


「納まりが悪いのです」


 まどかは紅茶を口にする。少し疲れているようだった。


「ヒノ社長はご結婚されていますが、夫婦仲はそれほど良くなかったようです。というより、社長があまりにも仕事に熱心なので、ほとんど家に帰らなかったせいで関係が稀薄になっていたようです」


「では、それで不倫に走ったのでは?」


「仕事に熱心な人が不倫に走りますか? 大抵の人はそういう人程と言いますが、それは逆です。本当に熱心な人は不倫などしません。不倫に走った人はもとから仕事に熱心ではない、ということです。わたしはそういう意味で使いました。少なくとも彼は恋愛にほとんど興味が無かった。それほどに、仕事に打ち込んでおられたのです。また、もし不倫に走ったのだとして、それをサークルサンズ社の人間が知らないのはどうしてでしょう。こういうことに対して周囲の人間は敏感です。それも調べさせましたが、ヒノ社長の仕事ぶりやその人間性の特異さを表す記述はいくらでもありましたが、恋愛に関する方面でそれを示す発言は一切出てきませんでした」


「では、クボエミの一方通行だったと?」


「少なくとも、それに近しい状況だったでしょう。ヒノ社長がそれを知っていたとしても、何らかのアクションを起こすには至らなかった。少なくとも、十七日前までは」


「じゃあ、ストーカーの線ということも」


「それなら何故、クボエミさんは会社を辞める必要があったのですか? 同じ会社に出勤していた方がより長い間一緒にいられます」


 確かに、まどかの言うことは一理ある。だが、やはりそう言うこともあるのでは、とも感じる。例えば、クボエミが強制的にヒノを拉致して無理心中を計り、それに失敗したのだ。というストーリーが浮かんだ。早い時期に辞めたのはその準備をする為だった。


「わたしはテロを想定しました」


 その言葉に、ホムロはどきりとした。その言葉こそ、二人の専門であり、しかしもっとも聞きたくない言葉だった。普段からそれを想定し、訓練しているホムロとミナセだが、テロなど起きないにこしたことはない。


「クボエミさんがヒノさんに対する恋心を利用されて、どこかの組織に暗殺を指示された、というストーリーです。恋心は簡単に憎しみに転化できますからね。今日、サークルサンズ社の社運がかかったゲームのアップデートがあります。このタイミングでヒノ社長を殺害することによって、例えばライバル会社が得をする。あるいは投資家が得をする。おそらく、年明けの株式市場への被害は莫大なものになるでしょう。海外からの攻撃も考えられます」


 そうだ。それもあって派遣された二人である。何の責もないのに、ホムロは胃のあたりに何か重いしこりのようなものを感じる。年明けの市場の大混乱は必須で、それを考えるだけで気が重くなった。捜査一課も頭を悩ませているだろう。発表のタイミングを逸すれば、下手をすれば幹部の首が飛ぶ。


「ですが、それでもまだ足りないのです。ヒノ社長の出張の件……。ヒノ社長は派手好き、パフォーマンス好きな方で有名でした。社長にも関わらずプログラムまで組んでいた。そんな方が、自社の目玉商品発表直前に社を二週間も空ける予定を組むことに違和感を感じるのです。それも部下も連れずに、どこに行ったかもわからないなんて、そんなことがありえますか?」


「……」


 ホムロは何も言い返せなかった。彼女の言うことが本当なら、確かに不自然ではある。


「何かピースが足りない気がするのです。わたしの知らない何かが。それが分からないから全体像が見えない。これで終わりなのか、それともまだ何かあるのか。わたしはあなた方からそれをお聞きしたい」


 もしそんなものが本当にあるのだとしたら、それはどんな形をしたものだろう。自分たちにそれが見つけられるだろうか。それとも、彼女ならそれが可能なのだろうか──。ホムロはじっと、目の前に座る女性の瞳を見つめた。

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