第八章……情報課
この警視庁内でも、情報課の存在を知るものはさほどいない。知っているのは、上層部の人間か、もしくは俺みたいに偶然知った者だけだろう。
俺が情報課を知るきっかけとなったのは、係長のデスクに書類を置いた時だった。
係長のデスクに、機密情報と書かれたファイルが無用心に置いてあったのだ。機密情報だったら、もう少し大切に保管しておかないと、みたいな事を思いながら、俺はなんとなく気になったのでそのファイルを見た。
その頃、捜査一課はある事件を担当していたのだが、捜査会議でも発表されなかった事実がそのファイルには書かれていた。
そして最後のページには、情報課と書かれてあったのだ。
それから俺は、情報課がどこにあるのか時間の合間をぬって探し、ようやく見つけることが出来たのだ。
情報課を探した理由は、ただ一つ。皆よりも先に情報を入手して、手柄をたてるためだ。
情報課に所属している人間は、田口さんだけ。田口さんは上層部が見つけてきた、情報収集のエキスパートだった。
ネットを使い、色んなところから情報を拾い集めてきては、こっそりその情報を捜査本部などに提供している。故に、ほとんどの人間は情報課の存在を知らないのだ。
俺は今、情報課の部屋の前まで来ている。國藤の背中に乗っていた、あの集合写真を持って。
二度ノックすると、部屋の中からどうぞ、と声が返ってきた。俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けた。
「おう、健人か」
田口さんは、コーヒーを片手に椅子に座り、新聞を読んでいたところだった。
「暇そうですね」
俺がそう言うと、田口さんは心外そうな表情を浮かべた。
「忙しいに決まっているだろう。殺人事件が起きたんだから」
殺人事件とか、凶悪犯罪が起こればその情報収集で徹夜もあるなんてことを田口さんは言っていた気がするのだが、田口さんが二十時を回っても情報課にいるところなんて見たことがない。
「怪しんでいるのか?」
俺は素直に頷いた。
「これだから、素人は」
椅子から立ち上がって、パソコンのあるデスクまで行き、俺に手招きをした。
「何ですか?」
田口さんは座って、インターネットを開きキーボードを打ち始めた。
しばらくして、掲示板が表示された。
「今、情報待ち」
パソコンの画面を指差して言い、田口さんはコーヒーを一口飲んだ。
基本的に、田口さんは一般人から情報を集めているみたいで、自分から積極的に情報を集めようとはしない。もう少し真面目になってもらいたいものだが。
「いいんですか、それで」
俺が呆れ口調でそう言うと、田口さんは言い返してきた。
「お前こそいいのかよ。刑事が死体を見られない、って」
いろいろと突っ込みたかったのだが、そこをなんとか堪えた。
「それより田口さん。調べてもらいたいことがあるのですが」
低いトーンで俺が言うと、田口さんも真剣な面持ちになった。
「この写真を見てください」
俺はポケットから、一枚の写真を取り出した。俺と大胡が三年生のとき、卒業アルバム用に撮ったクラスの集合写真だ。殺された國藤の背中に乗っけられていた、あの写真だ。
「これって……」
田口さんは、その写真を食い入るように見つめた。
「この写真を見てください」
「これは?」
「死体の背中に、意味深に乗っけられていました」
「確かに怪しいね。けどさ、よく持ってこられたな」
「他の刑事が、この写真について奥さんに聞いたらしいんですけど、有力な情報が得られなかったらしくて。普通に保管されていただけでしたから。楽でしたよ、持ってくるの」
「なるほどね。で、この写真がどうかしたの?」
言われて、俺は中央付近に写っている小さい大胡の顔を指差した。
「こいつは?」
田口さんは、写真から俺へと顔を向けた。
「今回の殺人事件、こいつが犯人だという可能性が高いのです」
「そっか。あの係長には言ってあるの?」
俺はゆっくりと首を左右に振った。
「いえ、言っていません」
「手柄を独り占めしたいから?」
「違います!」
俺は即座に、否定した。田口さんは、いきなり大声を出されたものだから、少し怯んだような表情を浮かべた。
「うるさいな。この部屋、小さいんだから」
「すいません」
「それで、こいつを見つけたらどうするの?」
そんなことを聞かれるとは思っておらず、俺は返答に戸惑った。
「えっと……自首させます。それが、俺の使命だと思っているんです」
「使命?」
聞き返されると、結構恥ずかしい。
「自意識過剰だと思われても、結構です。だけど、俺があいつとあんな約束を交わしたから、こんなことになったんだと思います。俺が、大胡を殺人犯に変えてしまったのです」
「そういうことね」
田口さんは、しばらく写真を見つめたあとで、俺に向き直り言った。
「分かった。やってみるよ」
「ありがとうございます」
詳しく詮索されなかったのが、ありがたかった。田口さんは、人の気持ちを察するのが得意だ。
「ネットの掲示板にでも書き込めば、すぐ見つかるよ。こいつの名前は?」
「黒総大胡です。黒い、って言う字に総合の総と書いて、黒総。大胡は、大きい湖です」
「オッケー。あとは、この写真をパソコンに取り込んで、こいつの顔を拡大して、貼り付ければ……」
その方法は、プライバシーの侵害ではないかと心配したが、緊急事態なのでそんなことも言っていられない。
一刻も早く、大胡を見つけなければ。
「お、もう返信が」
「え?」
嬉しそうに、田口さんが言った。
もう居場所が分かったのか。まだ五分も経っていないぞ。ネットの力って凄いなと、改めて感心させられる。
「なるほどな。早く返事が来るわけだ」
「どういう意味です?」
一人で納得している田口さんに、俺は聞いた。
「俺さ、殺人事件が起きる度にその情報収集のため、専用の掲示板を立ち上げるだろう。 あそこに、こいつのことを写真付きで書き込んだんだ。そしたら、すぐに返信が来たんだよ。その内容を読んで、納得した」
俺は田口さんに促されて、パソコンの画面を覗き込んだ。
そこには、衝撃の事実が書かれていた。
「どうやら黒総は、被害者と同じ職場に勤めているみたいだな」
大胡は、俺たちが卒業した神南中学の教師になっていたのだ。
これは偶然か、それとも必然か。
大胡は何故、俺たちが卒業した神南中学で教師をしているのだ。しかも、國藤もまだ神南中学で教師をしているというではないか。
やつは、あの日の約束を果たすために、國藤が勤務している神南中学の教師になったのではないだろうか。
いや、そんなのはありえない。いくらなんでも、そこまでするわけないじゃないか。
けど、本当に國藤を殺すために神南中学の教師になったというのなら、俺はどう償えばいいのだ。
俺が、あいつの人生を狂わせたようなものじゃないか。
帰り道、俺は絶望に暮れながらアパートを目指し歩いていた。
戻れることなら、もう一度あの卒業式の日に戻りたい。
戻って、あいつを止めたい。
いくら後悔しても、やり直すことは出来なのだ。あいつは、あの日交わした約束を律儀に守って、色んなものを犠牲にして國藤を殺したのだ。
俺に、今更償うことなんてできるのか。
「ああああ!」
ありったけの思いで、俺は叫んだ。通行人たちは、俺のことを奇異の目で見ていたが、そんなのは気にならなかった。
よし、決めた。明日、大胡に会いに行こう。そして、真相を確かめるのだ。
あいつの、親友として。