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第七章……盗難事件

 


 俺は今、三係で湯原先輩の説教を受けていた。

 現場を飛び出した後、気を落ち着かせるために自宅のアパートへと無断で戻ってしまった。結局、俺は警視庁へ戻らず朝を朝を迎え、このまま今日は家でゆっくりしていようかと考えていたが、湯原先輩から何件も着信が入り、仕方なく出勤したわけ。

 で、昨日無断で帰宅したことについて、俺は湯原先輩から説教を受けているのだ。

 けど、俺は聞いちゃいなかった。大胡の居場所を突き止めることだけを考えていた。

 突き止めるには、やはりあそこへいくのが一番だろう。あそこだったら、すぐに大胡の居場所が分かるはずだ。

「聞いているのか、川原」

「は、はい」

 湯原先輩は露骨に舌打ちをし、自分の椅子に座りながら目の前に立っている俺たちを交互に見ていた係長に、目を向けた。

「どう思いますか、係長」

 しばらく黙ったまま、係長は俺の目をじっと見つめていたが、やがて口を開いた。

「何か、死体にトラウマでもあるの?」

 死体を見たことが、頭痛の原因じゃない。殺された被害者が、原因なのだ。

頭痛の原因は俺の過去にあるのだが、自分の過去について話すつもりなど微塵もなかった。けど、このままじゃ死体を見て気分が悪くなった、というレッテルを貼られてしまう。そうなると、捜査一課にいられなくなるかもしれない。この場を切り抜ける、何かいい方法でもないものだろうか。

「お前、捜査一課でやっていく自信あるのか?」

 湯原先輩が、プレッシャーをかけてくる。どうすればいい。話すしかないのか。

「あの……」

 唐突に後ろから声がして、俺と湯原先輩は同時に振り返った。そこには、申し訳なさそうな表情を浮かべて立っている気弱そうな男がいた。

「何?」

 係長が、ぶっきらぼうに言った。

「捜査三課に所属する釘沼敦です。こちらの河原さんという方を貸してもらいたいのですが」

 三課の人間が、俺に何の用だろうか。

「何があったんですか?」

 俺は、おどおどと立っている釘沼さんに聞いた。

「神城高校で、バイクの盗難事件が発生しました」

「盗難?」

 俺は聞き返した。

「手伝ってもらいたいのです」

 手伝う、って。捜査一課内の仕事であれば頼まれれば手伝うが、三課はそもそも部署が違う。

 三課の釘沼さんが、何故一課の俺に頼ってきたのか、大体の予想はついた。釘沼さんは、見た感じだとまだ新米だ。神城高校は都内屈指の不良高で、誰でも行くのは嫌がる。そこで起きた盗難事件など、自分から進んで捜査なんかしたがらない。釘沼さんは新米故に、その盗難事件を押し付けられ、困った挙句、事件ならなんでも引き受けるこの俺の噂を聞きつけて、一課にやってきたのだろう。

 しかしそれは誤解だ。一課で起きた事件であれば、俺は確かに何でも引き受ける。一課の人間が、他の課の仕事を引き受けるなんて、聞いたことがない。

「よろしいでしょうか?」

 おそらく釘沼さんは、俺ではなく係長に聞いているのだろう。つまり、俺の意志はどうでもいい、ということか。

「いいわよ」

 係長は躊躇うことなく言った。

「ちょうどいいじゃない。考える時間をもらったと思って、しっかりやってきなさいよ」

 納得はいかなかったが、俺は渋々頷き、釘沼さんのほうへ歩いていった。

「あの係長さん、いつもあんな調子なんですか?」

 三係を出てエレベーターに乗り込むと、釘沼さんは早速係長について気になった点を質問してきた。

「そうですね」

 初めて会った人は、やはりどうしても気になるものなのだな。

「そういえば、川原さんって死体を見て気絶されたんですよね?」

 初対面の人間に向かって、いきなりそんな質問をぶつけてくるなんて。しかも、情報が間違っているし。

「誰から聞いたんですか?」

「噂になっていますよ」

 その噂を流した人物は、この警視庁内でただ一人しかいない。情報課の、田口さんだ。

 田口さんはインターネットを使い、ありとあらゆるところから色んな情報を仕入れてきて、事件解決のためにその情報の提供などをしている。時には、悪用もしているみたいだが。

 俺はそんな田口さんの力を見込んで、大胡の居場所を特定してもらおうと考えているのだ。

 居場所が分かったら、刑事としてではなく中学の時の親友として、大胡に会いに行こうと思っている。あいつがまだ、俺のことを親友として思っていてくれているのかどうかは、分からないが。

「よろしくお願いします」

 唐突に、釘沼さんは俺に手を差し伸べて握手を求めてきた。

「は、はい」

 俺はそれに応えて、差し出されてきた手を握った。

「それじゃあ、行きましょう」

 一階につき、エレベーターのドアが開いて俺たちは降りた。

「健人じゃないか」

 前方から、手を上げながらこちらへ向かってくる者がいた。俺はため息をついて、言った。

「なんだよ」

 何で二日連続で芝原に会わなくちゃならないのだ。

「聞いたぜ。死体見て気絶したんだろう」

「だから、気絶していないって」

 皆この情報を信じ込んで、いちいち俺に聞いてくると思うと、もっと憂鬱な気分に陥ってしまう。

「捜査一課に、向いていないんじゃないの?」

 弁解したい気持ちを押し殺し、俺は釘沼さんの手を引っ張って芝原から逃げるようにしてその場を去った。


「バイクの盗難があったのは、今から一時間前の十七時二十四分です」

 釘沼さんは、自分の車を運転しながら詳しい情報を聞かせてくれた。

「被害者は、神城高校二年の山内真吾。学校が終わり、友達と帰ろうとしてバイクの停めてある駐車場に行ったところ、自分のバイクがないことに気づき、通報したとの事です」

「なるほど」

 相槌を打ちながら、俺はまだ三行しか書かれていない手帳にメモを取った。

 本来ならこの手帳は、殺人事件用のもののはずなのに。今持っている手帳はこれしかないから、仕方なく俺はこの手帳に書いているのだ。

「着きましたよ」

 車は神城高校の正門を潜って、職員用と思われる駐車場にとめた。

 都内屈指の不良校と呼ばれるだけのことはあるなと、思った。学校から何人か生徒が出てきたが、イメージ通りの姿をしていた。

「川原さん」

 車を出ようとした俺の手を掴み、釘沼さんは声を潜めて言ってきた。

「くれぐれも、山内を刺激しないように」

「え?」

「怖いじゃないですか」

 釘沼さんの目は、本当に怯えていた。不良に、何かトラウマでもあるのだろうか。

「とりあえず行きましょう」

 俺は先に車から降り、盗難のあったバイクの駐車場に向かった。

 駐車場には、一人の生徒とここの先生と思われる人が立っていた。

「警視庁捜査一課の川原です」

 内ポケットから警察手帳を出し、俺は言った。

「ああ、どうも。私はここの校長をやっております、長谷川です」

 言った後に、長谷川校長は深々と頭を下げた。しかし、隣に立っている高校生は憮然とした表情をしている。

「君が山内君?」

 優しく訊いたつもりだったが、山内はさらに不機嫌な表情をしてズボンのポケットからタバコとライターを取り出し、タバコを吸い始めた。

 刑事の前で、堂々とタバコを吸うなんて。俺が注意しようとした矢先、後ろから誰かに肩を掴まれた。

 振り返ると、釘沼さんが真っ青な表情をして立っていた。そして、首を何度も勢いよく横にふった。注意をしないでくれ、ということか。

 注意をするということは、刺激をすることに繋がる。釘沼さんは事前に、刺激しないでくれ、と俺に念を押した。逆切れされるとでも、思っているのだろうか。

 たとえ注意して殴られたとしても、公務執行妨害で現行犯逮捕できるのだ。怖いことなんてない。

「ちょっと君、タバコは止めなさい」

 俺は釘沼さんを無視して、平然とタバコを吸う山内を注意した。

 山内は俺を睨みつけたが、数秒して火のついたタバコを地面に捨て、足でそれを踏み潰し、ライターとタバコケースをポケットにしまってくれた。

 さすがの俺も、現役の不良の睨みにはびびった。

「それじゃあ、話を聞きたいんだけど、いいかな?」

 俺がそう言うと、山内は不機嫌な表情を崩さないままおもむろに話し始めた。

「俺がダチと帰ろうとしてここへ来たら、バイクがどこにも見当たらなかったんだよ。だからよ、どこかの糞野郎が盗んだと思って、すぐにあんたら警察に通報をした」

 不良ではあるが、案外素直でいいやつかもしれない。注意を聞いてくれたり、きちんと話してくれたりするところが。釘沼さんの言っていることは、どれも不良に対する偏見だ。歩み寄ろうとしないから、結果ああなってしまったんじゃないのか。

「何時ごろまであったのか、覚えているかい?」

「正確には覚えていないけど、十二時にダチと近くのコンビニにバイクで昼食を買いに行ったから、その時にはまだあったんだ」

「するとなくなったのは、十二時から十七時半までの間か。どんなバイク?」

「俺が乗っているバイクは、そこらのヤンキーたちほとんど変わらないから、上手く説明できねぇけど、とりあえず緑色だ。速さを追求して、カスタマイズされているかっこいいやつだよ」

 なかなかざっくりとした説明だったが、追及せず一応頷いてそのままメモを取った。

 一通りメモし、俺は内ポケットに手帳をしまった。

「分かった、ありがとう。あとは俺たちに任せてくれ」

 山内は礼も言わず、足早とこの場を去っていった。校長先生は、申し訳なさそうにまた深々と頭を下げて、校舎へと戻っていった。

「見つかりますかね?」

 車の停めてある駐車場に向かっている途中、釘沼さんが心配そうに言ってきた。

「さあ」

「さあ、じゃないですよ」

 だんだん、この人のキャラに腹が立ってきた。

「もし見つからないで、山内とその仲間たちが警視庁に乗り込んできたらどうするんですか。俺たち、殺されちゃいますよ」

「でも、盗難事件とか解決するのは難しいですし」

 そもそも、こういった小さい盗難事件にはあまり力が入れられていないのが現状である。

「確かに、そうですけど」

 三課の釘沼さんだったら、盗難事件の難しさを身にしみて分かっているはずだ。

 俺たちは車に乗り込んで、警視庁へと向かった。

 現在の時刻は十八時。田口さんがいなくなるのは、確か二十時だったはず。おそらく、あと三十分もすれば警視庁に戻れるだろう。なら、ぎりぎり間に合うな。

 とんだことに付き合わされてしまったが、とりあえずよしとするか。



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