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第四章……嫌な予感

 


 俺は、湯原先輩の運転する車に乗り込んで、殺人事件が起こった都内のマンションに向かっていた。

 湯原先輩の車に乗るのは初めてで、フロントには奥さんと子供の写真が飾られていた。それを見て、湯原先輩が結婚しているのだと初めて知った。

「湯原先輩、結婚されているんですね」

 車が走り出した頃、気になって質問してみると照れながら湯原先輩は答えた。

「ああ。二年前にな。去年、子供が産まれたんだ」

「へえ」

 家族を語るときの湯原先輩は、本当に幸せそうで、羨ましく思えた。けど、俺に結婚は当分無理だな。彼女だっていないし、あの係長の存在が結婚の妨げになるかもしれない。おかまの人たちは皆、執着心が強いって聞いたことがある。

 俺もあの人に、執着されているのかな。

「お前は、結婚を考えたことはないのか?」

「いや、そりゃあ何度かありますけど」

 結婚願望はある。過去に付き合った彼女とは、結婚前提で付き合っていたつもりだったが、最終的にはふられるか俺のイメージにそぐわないかのどちらかだ。

「結婚はいいぜ」

「いいですね」

 本心から出た言葉だった。こうして、幸せな家庭を築き上げている人を見ると、ますます結婚をしたいと、強く思ってしまう。

「俺も最初は結婚なんか絶対にしない、って周りに言っていたんだよ。けど、こいつと付き合い始めてから、毎日が輝き始めてさ。こいつとなら、って思ったのよ」

 湯原先輩は、奥さんと子供が写っている写真に目を向けて、微笑んだ。幸せに浸るのも結構だが、とりあえず今は安全運転を心がけてほしい。

「家に帰るのが毎日楽しくてな。こんなこと――」

「くっ!」

 唐突に頭痛が襲ってきて、俺はとっさに頭を抑えた。湯原先輩は正面を向いて運転しながらも、戸惑いがちな口調で言ってきた。

「大丈夫か?」

「ええ」

 少し息が上がってきている。呼吸をすることも苦痛だった。

「俺の話のせいか?」

 湯原先輩の惚気話が、俺の体調を悪くしたわけではないと思う。

 ただ一瞬、何かが俺の頭の中を駆け巡ったんだ。

「調子でも悪いのか?」

「いや、調子は万全ですけど」

 頭痛はよくあることだ。普通の頭痛であれば、スルーできる。しかし、今回の頭痛の原因は、少なくとも風邪ではない。頭の中で、何かが起こったのだ。

「そういえば、最近よく夢を見えるんだってな。それが影響しているのか?」

「え?」

「自分で言っていたじゃないか。悪い夢を見るって」

 言っていたっけ、そんなこと。でも、自分で言わなきゃ湯原先輩が知っているわけないから、おそらく言ったのだろうな。

「どんな夢をみるんだよ」

 そう言われても、俺には上手く説明することが出来なかった。

「よく分からないんですよ」

「そんなわけないだろう。自分で見た夢なのだから」

「夢って、見たらすぐ忘れるじゃないですか」

「そんなことないだろう。見ても、しばらくは覚えているはずだぜ」

 どうやら湯原先輩は、俺の見た夢を聞きたがっているようだ。けど、話したくても話せないのだ。

 何故なら、俺が見たあの夢が何なのか、自分でも全く把握できていないのだから。

「人に話せないのか?」

「いえ、そういうわけじゃないと思うんですけど、ただ何の夢だったかは……」

 湯原先輩には、それが嘘っぽく聞こえてみたいだ。

「ま、夢はプライバシーだからな」

 まあそう思ってくれると、非常に助かる。

「あまり考え込むなよ」

 湯原先輩は、俺を一瞥してから言った。

 夢の内容は覚えていないが、悪い夢だったということははっきりとしていた。それが分かっているのに、目が覚めたら夢の内容を覚えていないなんて。

 悪い夢だから、無意識のうちに頭がその見た夢を消しているのか。そうだとすれば、余計なお世話だ。悪い夢でも、頭の中に残っていてほしい。

 悪い夢を見た、ということしか分からないから、目が覚めた後、俺はいつも気分が悪いのだ。

 横で運転している湯原先輩を、俺は見た。ラジオから流れてくる曲を口ずさみながら、ハンドルを操作している。

 湯原先輩には家庭もあるし、毎日が充実しているみたいだ。それに比べ俺には、待ってくれている人もいないし、最近悪い夢ばかりを見る。そのおかげで、熟睡できたためしがない。

「マンションが見えてきたぞ」

 湯原先輩は、立派に聳え立つマンションを指差した。

「あそこで、殺人事件が起きたのか」

 湯原先輩は、気持ちをすでに切り替えているようだったが、俺にはまだ少し時間がかかりそうだった。

 せっかく殺人事件に関われるのだぞ。もう少し、真剣にならないと駄目だ。

 自分にそう言い聞かせても、先ほどまでのモチベーションを取り戻すことは難しかった。

「おい、着いたぞ」

 マンションの近くのパーキングエリアに駐車をすると、湯原先輩はいまだ苦しそうにしている俺に言った。

「元気ないな。大丈夫か?」

 車から降りた後、湯原先輩は心配そうに言ってくれた。

「体調が悪いなら、車で待っていてもらったほうがいいんだけど」

「いや、大丈夫です」

 俺は、自分に言い聞かせるかのように言った。

「分かった。なら、行くぞ」

 そう言うと、湯原先輩はマンションのほうへ駆けていった。

 現場まで、頭痛のことを引きずっては駄目だ。このままでは、ただの役立たずではないか。役立たずのまま、終わりたくない。

 その強い思いが、俺の歩を進めた。



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