第十二章……処理
待ち合わせの公園に着いた後、俺はしばらく柿崎の姿を探した。どこにも見当たらないのだ。
「おう、大胡君」
すると、トイレの中から柿崎はズボンのベルトを閉めながら、手を挙げて出てきた。俺は、柿崎が声をあげたのに舌打ちして、唇に人差し指を当てた。
「静かにしろよ」
俺がそう言うと、柿崎は腕時計に目を落とした。
「そうだね、まだ朝早いもんね」
柿崎は、いつになく上機嫌だ。そのことが、少し俺の中で引っかかった。
「どうした?」
「何が?」
「少し様子、おかしいぞ」
「いや、とうとうやったって思ってね」
「やった?」
「殺したんでしょう? 人を」
柿崎が軽く言ったせいもあるだろうけど、その瞬間俺の中で、さっきの出来事は俺の空想ではないかと、思い始めてしまった。何故か、俺の中で現実味が薄れていってしまったのだ。
俺はカバンを下に下ろすと、チャックを開けた。刹那、血生臭さが鼻をつき、俺は反射的に、鼻に手を当てた。柿崎も、しかめっ面を浮かべ、鼻に手を当てている。
「これが、俺が人を殺した証拠だよ」
男の血がぐっしょりとついたウィンドブレイカーを指差しながら、俺は言った。柿崎は二三度頷いた後、自ら血で染められたサバイバルナイフを取り出し、カバンのチャックを閉めた。
「分かった。やはり君は、人を殺したんだね」
「何回も言わせるなよ」
小声で、俺は言った。
「悪かった」
言うと、柿崎はサバイバルナイフを俺に渡しカバンを背負った。
「これは、私が責任もって処分しよう」
「頼むよ」
柿崎は頷いた後、思い出したようにポケットから例の携帯を俺に差し出した。俺はそれを受け取ると、ポケットにしまった。少し大きかったが、無理をして何とか入れた。
「西島の番号が入っている。西島は当然、だれからの着信かは知らない。警戒されるだろうが、がんばっておくれ」
言って、柿崎は急におどおどとした表情を見せた。
「人に見られていないよね?」
柿崎は、恐る恐る言った。
「大丈夫だよ。家は近くにないし、人だっていなかった。男も、声あげなかったしね」
俺の言葉に、柿崎は安堵の息を漏らして自分の車のほうへ人目を避けるようにしながら、駆けていった。
人なんていないのに。
胸中でそう呟いてから、俺はサバイバルナイフについた血を軽く洗い流すため、トイレに入った。
何故、血を完璧に落とさないのか。ちゃんと理由はある。それは、これからの犯行を同一犯に見せるため。
日本の警察は優秀だから、同じ凶器を使っていれば必ずそう嗅ぎ付ける。
まあ、洗わなくても警察は同一犯だと睨むだろうけどね。同一犯だという事実を、強調したいだけだった。
サバイバルナイフに付着した血を洗い流しながら、どれぐらい殺した後に、どう西島と連絡を取るか考えていた。
そのタイミングは、おそらく田口次第になるだろうけどな。
綺麗とまではいかないが、一応血を流したサバイバルナイフを、後ろポケットに入れた。少々危険だったが、慎重に歩けば大丈夫だろう。
ここで俺はふと、田口の進行状況が気になった。
あいつは、上手くやれているのだろうか。
この計画は、田口の手腕にもかかっているところがある。故に、田口の進行状況がこれからの計画に大分重要になってくる。
成功か失敗か――くどいようだが、田口は俺の立案した計画の鍵を握る最重要人物だ。
しかし、俺は田口と直接的な接触はしない。電話か、もしくは柿崎を通してのやりとりだけだ。
田口が俺の計画に何故参加してくれたかというと、自分の能力を最大限に生かすためだ。
アルバイトを転々としている田口は、二十四歳だ。探そうと思えば、いくらでも企業はありそうだが、ある理由で就職できないでいた。
そんな田口の得意分野は、情報処理、情報収集、そして、ハッキングだった。
俺が柿崎を誘い、誰かコンピューターに長けているやつはいないかと問うと、柿崎は迷うことなく田口の名前を挙げた。
田口は過去に、ハッキングで何回も前科があり、それで覚えていたらしい。
それで俺は、田口にこう提案した。警視庁に、お前用のポストをやるから計画に協力しないかと。
返事を待つこと数時間、柿崎から連絡があった。返事は、オッケーということだった。
これで駒は揃った。上手くやれば、俺は捕まらない。まさに完璧だった。
だから、五人の人間を殺しても俺は捕まっていないのだ。
全ては、田口のおかげだった。