第十章……話し合い
「遅かったじゃないか」
学生時代によく通っていた喫茶店に、俺が待ち合わせていた相手――柿崎はいた。
「悪い」
軽く頭を下げ、俺は柿崎の向かい側の席に腰を下ろした。
口ひげを蓄えた柿崎は、タバコをふかしながらこちらをじっと見つめている。細長の目は、人を威圧するには十分すぎるほどの迫力を秘めていた。さすがの俺も、本気で怒られれば萎縮してしまうかもしれない。
「お前が考えた計画、あいつから聞いたぞ」
「そうか」
俺は窓の外を見ながら、呟くように言った。
「なあ」
と、柿崎は先ほどのトーンよりも少し落として、言った。
「その口、どうにかならないか?」
とぼけた表情を浮かべ、俺は柿崎を見た。
「仮にも、俺は幹部だぞ」
「ああ」
「お前よりも、ずっと年上なの」
「ああ」
気の抜けた返事ばかりする俺に、男は露骨に舌打ちをした。
「この計画には俺が必要になる。分かっているのか? 俺が非協力的になれば、お前の計画は破綻するんだぞ」
「言っているだろう。金は出すって」
そう言うと、男は口をつぐんだ。俺は追い討ちをかけるように付け足した。
「親父に適当なことを言えば、お前は即刻首になるんだよ。分かっているのか?」
柿崎目を伏せた。肩が震えている。高校一年生に何も言い返さないのが、よほど悔しいのだろう。
「俺の言うことを聞いていれば、あんたは何もしなくたって、上に昇進することが出来る。こんなおいしい話があるか?」
やがて柿崎は、上目遣いでこちらを見ながら言った。
「本当だろうな?」
どうやら、柿崎はまだ百パーセント俺を信用していないらしい。俺があの社長の息子だということも、信じていないという話を耳にしたことがある。
まあ、そのぐらい許してやろう。俺は心が広いからね。
「ああ。俺の言うことを聞いていれば、今の地位より上にいける。俺が親父に頼んでやるよ。
だから、俺とあんたの立場はほぼ同格か、または俺のほうが上なの。俺はそんなやつに、敬語なんか使いたくないね。いくら年上でもさ」
柿崎は何も言い返してこない。俺はウェイトレスを呼び、アイスコーヒーを頼んだ。柿崎も、ついでにパフェを頼んだ。
「甘いもの好きなのか?」
どうでもいい質問なのだが、一応親睦を深めようと思い、きいてみた。
「ずっと食えていなかったからな。喫茶店なんかに行くこともないし」
「奥さんは?」
「結婚してまだ二年だけど、そろそろ溝が出来始めている」
「へぇ」
「だからこの話は、チャンスだと思った」
唐突に、柿崎は熱く語り始めた。
「昇進すれば、やつもきっと見直してくれるはずだって。それで、俺は君の計画に賛同した。今の地位に不満を抱いているわけではないが、あいつはもっと俺に上を目指して欲しいと思っている。けど、すぐに昇進できるわけじゃない。年を重ねなきゃ、駄目なんだよ。重ねても、昇進できる保障なんてあるわけじゃない。だから俺は、約束が欲しかった。君の計画に乗れば、数年後必ず昇進できるっていうから」
俺は柿崎の熱弁に、冷めた気持ちで耳を傾けていた。俺にとってはどうでもいい話で、つまり柿崎が計画にのるかのらないかが重要なのだ。柿崎の家庭が上手くいっていないとか、俺には関係ない。
柿崎は、家庭を上手くいかせたいから昇進したい。そのために、俺の計画に賛同した。俺は、自分の生きがいを達成するために、この計画を立案した。協力者に、柿崎を採用した。昇進という餌をちらつかせて。
お互い、利害が一致しているのだ。
「そうだ。これ、頼まれていた資料」
思い出したように、柿崎はバッグからクリアファイルを出し、俺の目の前に置いた。
「そうか、これか」
早速俺は、クリアファイルの中身を確認した。
「この中にいるやつらが、君が計画した無差別殺人の捜査に当たる人間だ」
クリアファイルの中には、三枚の紙が入っていて、一枚に五人ずつの顔写真とプロフィールが書かれている。
俺は数分かけて一通り見た後、三枚の資料を置いた。
「なるほどね」
腕を組み、色々と思案しているところに、俺の頼んだアイスコーヒーと、柿崎が頼んだパフェが運ばれてきた。
「お待たせいたしました」
俺はアイスコーヒーを受け取り、何も加えず一口飲んだ。喉が潤い、思考能力も回復したような気がした。
「変わっていないな」
この喫茶店に寄ったら、たいてい注文するのがアイスコーヒーであった。季節問わず、俺にとって受け入れられる味だった。
「どうだ、パフェ上手いだろう」
まるで自分の店のように、俺は言った。
「まあ、悪くはないが……」
「どうした?」
「いや……君の計画のことだよ」
おそらく柿崎は、パフェの本来の味も分からないほどに、緊張状態に陥っているのだろう。
「その資料、全部見た?」
「軽くな」
「気になったやつはいるか?」
「早く決めたいのか」
「出来るだけな」
仕方なく、俺はもう一度資料に目を通した。
「もう少しゆっくり、見たいんだけどね」
言いながら、俺は二枚目に載っている男に注目した。
「こいつは?」
「え?」
俺は柿崎に、二枚目の資料を渡し、興味を惹かれた男の顔写真を指差した。
「ああ、西島か。今年、神南署の刑事課に配属されたばかりの、新米だよ」
それがどうした、というような目でこちらを見てきた。俺は、どうしてこいつに興味を惹かれるのか、少し考えてみた。
高卒。公務員試験二種に、一発合格。三年間の交番勤務を得て、二十二歳という若さで神南書の刑事課の強行犯に配属された、期待のホープだ。
「将来性があるな」
「ああ、うちでも結構期待されているよ。検挙率も、上位のほうだし」
顎に人差し指を当てながら、俺は思案した。
こいつだな。
「西島竜馬に決めた」
「そんな早くていいのか?」
柿崎は、目を見開きながら言った。俺は、軽く頷いた。
「ああ。こいつの将来性にかけた。今のうちに活躍させておいて、後々俺の手ごまにしてやるのさ」
きょとんとした目で、柿崎はこちらを見ている。伝わらなかったか。ま、いいや。
「とりあえず、こいつ個人に連絡できるよう手配してくれ」
「それはまあ、いつでも準備できるけど。君に、西島の番号が入った携帯を渡せばいいんだからな」
「その通りだ。あと、あいつはどうなっている?」
「ああ、そこも抜かりはない」
その言葉を聞き、俺は満足げに頷いた。
ようやく、話が現実味を帯びてきたな。
きっと成功する。俺は、確信を抱けていた。
俺は笑みを浮かべた後、伝票を手に持って席を立った。




