第九章……幕開け
半年振りに、故郷へ戻ってきた。やはり生まれ育った町はいいな。心が大きくなったような気がするよ。
俺が住んでいた豪邸も、なんら代わり映えしなかった。ま、当然か。手なんか一切加えていないんだし。
豪邸に入ると、光は早速はしゃぎだした。
「すごい、お姫様になった気分」
俺はその光景を、冷めた感情で見つめていた。
本当に哀れだな。
「ねえ、部屋はどこ使っていいの? こんなにあるんじゃ、正直迷っちゃうよね」
「まあな」
いいながら、俺は居間の中央に置かれている、事前に郵送で届けていた俺の旅行バッグの中身を見た。
何泊するかは両親に言っていないが、なるべくなら早くすませたい。内心、俺は焦っていた。長引かせるのはよくないからだ。
俺が危惧している問題は一つ。地元の連中ももちろんだが、健人に見つかってはいけないことだった。
おそらくやつは、俺を目撃した後に連続殺人が起きたとき、こう考えるだろう。これは、大胡の仕業ではないのか、って。
やつならきっと、そう考えるはずだ。俺には分かる。
何着も服が敷き詰められている旅行バッグの底には、刃渡り七センチのサバイバルナイフがあった。それをみて俺は、安堵の息が漏れるとともに、背筋に悪寒が走るのを感じた。
ここまで来て恐れるのか、俺は自分を奮い立たせた。
「ねぇ、神南市の観光スポット教えてよ」
「え、ああ」
サバイバルナイフに見とれていて、反応するのが遅れた。
それが少し気に入らないようで、光は頬を膨らませ言った。
「楽しむ気あるの?」
俺を咎めるような口調だった。ちくしょう、一人でくればよかったか。
最悪一人でも上手くいくだろうが、慎重にいかなければいけないのだ。そのためには、光が必要だった。一つでも間違えれば、刑務所行き。人生は破滅だ。
光が俺の邪魔をしなければいいが。
「ああ、悪いけどさ」
言った後、光は険しい顔つきでこちらに振り返った。嫌な予感がしたのかもしれない。
「俺さ、しばらく家を空けるから」
「えー! じゃあ、何しに来たのよ!」
近所まで聞こえるのではないかと思うぐらいの声で、光は不満を言った。俺は一瞬ひやりとしたが、近くに人気はなかったので、胸をなでおろした。
俺としたことが、今になって気づいたが、この家に人がいるとばれたら、健人までその噂が回って、色々と詮索されるのではないだろうか。そうなると非常にまずい。長期間、泊まれるという条件で簡単にこの家を選んだが、そこまでは考えていなかった。
自らの策におぼれたか――俺は自嘲した。
「本当に悪い。この家にあるものは好きに使っていいし、金だっていくらでもやるから」
言って、俺は財布を彼女に投げ渡した。財布には、現金十万とキャッシュカードが入っている。
「お金の問題?」
財布の中身を確認して、光は言った。言葉とは裏腹に、まんざらでもなさそうだった。
「好きにしていいぞ。なるべく、家にいないほうがいいかもな」
俺がこう言った訳は、先ほども述べたように、この家に人がいることを知られたくはないのだ。隣近所の奥さんに知られるのはいい。おそらく、それだけはどうやっても避けられないだろう。中には、親父から連絡を受けている奥さんもいるかもしれない。
ただ、同級生にだけは知られたくない。一つラッキーなことは、この近くに同級生が住んでいないこと。実は、この家は、神南中学の学区内ではないのだ。けど、この学区内にある中学はすでに生徒が大勢いて、中学生も俺だけということで、ほぼ強制的に神南中学に移された。それが幸か不幸かは、これからによって決まるがな。
「遊んでこいよ、光。俺も夜ぐらいには、帰ってくるから」
渋々頷く光を見て、俺は笑みを浮かべた。
「じゃあ、行ってくる」
俺は家を出た後に、帽子を被った。顔がばれないようにするためだ。
背丈も、厚底の靴でなんとかごまかしている。
これで完璧とは言わないが、何もしないよりかは大分ましだろう。
「よし」
気合をいれ、俺はある目的地に向かって歩き出す。
俺の、本当の夏休みが幕を開けた。