第三章……訪問
健人の家は、一般家庭と変わらない普通の一軒家だった。俺は親父が社長って言うこともあってもっといいところに住んでいて(自分で言うのもなんでが)、健人のようなやつの家は訪ねたことなどなかったから、どうすればいいのか少々困惑意味だった。
家にお邪魔すると、健人の母親が居間から出てきて、笑顔を貼り付けながら俺に言った。
「これが健人のお友達ね。なかなかのイケメンじゃない」
隣で、健人は誇らしげにしている。おそらく、家に友達を呼んだのは初めてなのだろう。
「俺の部屋に行こうぜ」
二階に、健人の部屋があるという。
階段を上ってすぐのところに、健人の部屋があった。
俺からすれば、何から何まで始めてずくしだった。狭い廊下、狭い居間、大金積まれても、こんな家には住みたくないね。
まあ、口に出しては絶対に言わないけど。
「へえ、これが健人の部屋か」
健人の部屋は、四畳ぐらいの狭い部屋だった。ただでさえ狭いのに、少し大きめのベッドとテレビ、本棚が部屋の大半を占めているため座るスペースがほとんどない。
他の中学生も、同じような感じなのだろうか。
一言感想を述べるのなら、居心地が悪い。
「何しようか」
健人はベッドに腰掛けて、俺の顔を見ながら言った。
俺は完全な愛想笑いを浮かべながら、この狭い部屋を一通り見渡した。
健人の過去を語ってくれそうなものは、見た感じだとなさそうだな。
「なあ健人、卒業アルバム持っているか?」
健人が怪訝そうな表情を浮かべたので、俺は慌てて付け加えた。
「普通見るものだぜ、友達の家に遊び行ったら」
すると健人は、納得したように二三度頷いて、ベッドの下を覗いた。
「そんなところにあるのか?」
若干引き気味に、俺は言った。
「興味ないからな、アルバムとか」
その言葉は、どうやら本心のようだ。少なくとも、俺にはそう聞こえた。
「どんな小学生活を送っていたんだ?」
少し冷やかす感じで俺は言ったが、健人からの返事はなかった。
「お、これか」
ベッドの下から、健人は一冊の分厚い本を取り出した。あれが、健人の卒業アルバムか。
「結構厚いんだな」
「そうか?」
俺は早速、受け取ったアルバムのページをめくり始めた。
他の小学校のアルバムと同様、まずは教職員の紹介が載っていて、次にクラスの人たちの顔写真があり、クラブの紹介や、修学旅行の写真があった。
しかし、とくに興味を惹くような写真はなかった。
「これが俺だよ」
健人は、一人の少年の顔を指差した。修学旅行のときの写真だ。夜に撮られたものだった。
その写真は健人しか写っておらず、バックには火が立ち上っていた。キャンプファイアーの時の写真だろうか。そういえば、俺も修学旅行でキャンプファイアーした記憶があった。
「お前一人で写っているのか?」
「勝手に撮られたんだよ」
たしかに、健人はカメラ目線じゃないしつまらなさそうな表情を浮かべていた。この頃から、友達がいなかったんだなと、分かった。
「面白くなかったぜ、修学旅行」
そう言うと、健人は立ち上がって部屋のドアを開けた。
「どこ行くんだよ?」
俺は顔を健人のほうへ向けて、言った。
「トイレ。少し遅くなるかも」
言って、健人は部屋を出て行った。
「はあ」
思わずため息が漏れてしまった。
まずい、非常にまずい。
まだ収穫はゼロだ。このままじゃ、なんのためにわざわざ健人の家まで来たか分からないではないか。
アルバムは一応一通り見たが、とくに國藤と健人の関係性が分かるようなものは何も載っていなかった。
やはり職員室に忍び込むしかないのか。
そう思った矢先、部屋のドアが開いた。
「こんにちは」
健人のお母さんが、お菓子とジュースを載せたお盆を持って部屋に入ってきた。
俺はお礼を言って、またアルバムに目を落とした。
「それ、健人の小学生の時のアルバム?」
アルバムを覗きながら、健人のお母さんは言った。
「はい」
「そう」
お盆をわずかなスパースに置くと、健人のお母さんはいきなり俺に頭を下げた。
「ありがとうね」
困惑したまま、俺は言った。
「なんですか、いきなり」
「あの子の友達になってくれて、ありがとう」
「え?」
「あの子ね、昔から友達を作るのが下手で、君があの子にとっての初めての友達なの」
急に重い話になり、俺は胸中でため息を吐いた。
「だから嬉しかった。あの子が、君を連れてきてくれたときは」
俺はただ、頷くことしか出来なかった。
「これからもずっと、あの子の友達でいてくださいね」
涙声になっているのは、気のせいだろうか。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
言うと、健人のお母さんはゆっくりと立ち上がって部屋を出て行こうとした。
「ちょっと待ってください」
俺は、今がチャンスだと思い反射的に健人のお母さんを呼び止めた。健人のお母さんは、大げさに肩をびくつかせてこちらを振り返った。
「國藤大樹という男を、ご存知ですか?」
この名前を聞いたとき、健人のお母さんの顔から血の気が引いていった。
やはり、知っているか。
「知っていますね?」
追い詰められた動物のような表情を、健人のお母さんは浮かべている。少々気の毒になったが、俺は続けた。
「教えていただけますか、健人と國藤の関係について。小学校の時からなんですよね?」
「えっと……その……」
ごまかそうとしていたが、全くの無意味だった。健人のお母さんは、嘘をつけない人なんだな。
「いいですか?」
「どうして國藤のことが気になるのか分からないけど、べつに話してもいいかな」
だめもとだったが、どういうわけか健人のお母さんは他人の俺に過去について話してくれると言った。
これはさすがの俺も、想定外だった。
「國藤先生は、あの子が小学五年生のことの担任だったの。事件は、修学旅行のときに起こったわ」
俺は固唾を呑んで、健人のお母さんの話に聞き入った。