表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

最終章……対峙

 公園に着き、入り口の一歩手前で立ち止まった。額から流れてくる汗を、拭うためだ。

 腕時計を一瞥した。時刻は、十二時を回っていた。この状態で病院に帰ったら、看護婦さんに叱られるなと考えながら、笑みを浮かべた。

 汗がようやく収まったところで、俺は緊張の面持ちで公園に足を踏み入れた。

 公園を取り囲むように設置されている街頭のおかげで、真夜中でも周りを見渡すことが出来る。公園の中央に、大胡は余裕の笑みを浮かべながら立っていた。隣には、緑色のバイクがあった。

「遅かったな、健人」

「ああ。ちょっと、トラブルがあって」

 多くは語らず、俺は大胡を一瞥した後、隣にある緑色の派手な装飾が施されているバイクに目を向けた。

「なんだよ、それ」

「ああ、これか? 拾った」

 その言葉を聞いた刹那、随分前に起こった盗難事件が、俺の脳裏をよぎった。

「盗難したバイクか」

「何の話だ」

 被害者の高校生が言っていた盗まれたバイクの特徴が、大胡が拾ったと主張するバイクの特徴と完璧に一致していた。

 しかし俺は、そこをあえて追及せずに早速本題を切り出した。

「単刀直入に言う。お前が俺に宛てた手紙に書いた、この事件のもう一つの真相、ってなんだよ。それを教えるために、わざわざ俺を呼び出したんだろう」

「発想の仕方を変えれば、おのずと真実に辿り着く」

 大胡はそう言った後に、軽く笑った。

「考え直した。やっぱり、お前には自分の頭で考えてもらう。今までだって、自分の頭で真実を見つけたんだろう。だったら、簡単だよ」

「意味が分からないよ。教えろよ」

「ヒントだったら与えてやるよ。さっきも言ったように、発想の仕方を変えろ、だ」

 もう一つの真相が分からないもどかしさから、俺は露骨に舌打ちをした。

「お前は、俺を捕まえにきたのか?」

 心臓が一瞬、飛び出しそうになった。

「どうなんだよ?」

詰め寄られても、俺には十分な答えを導き出すことには出来なかった。

「俺には……」

 言葉に詰まった。どうしても、言葉を続けることが出来ない。すると大胡は、バイクに跨りエンジンを入れた。真夜中の静寂の中、バイクのエンジン音が轟いた。

「悪いな。時間がないんだ」

「は?」

「もうそろそろ潮時なんだよ」

 そう言うと大胡は、胸から丸められた紙を取り出し、俺に投げてきた。

 かろうじてキャッチをし、紙を広げた。何か文字が書かれている。くしゃくしゃで、暗いせいもあり読み取りづらかったが、しばらくしてようやく何が書かれているのか理解できた。どうやら、どこかの住所のようだった。

「そこに行ってみろ。お前の求めていた真実が、そこにある」

 言われて、俺はもう一度紙に目を通してみた。

「ここでお別れだ、健人」

 紙から、大胡のほうへ視線を向けた。大胡はヘルメットをかぶり、今にもバイクを走らせそうな勢いだった。

 大胡は初めから、こうするつもりだったのか。

 バイクを盗んだのは逃走するためで、わざわざ不良の巣窟といわれる高校から盗んだのは、速さを追求してカスタマイズされたバイクだったから。

逃走を前提に盗んだということは、この公園で俺と対峙することを見越してのことだった、というわけだ。

「ちょっと待てよ」

 逃走しようとする大胡を、俺は呼び止めた。

 このまま終われない。

 大胡も、少しは期待しているんだろう。だから、俺に拳銃を与えた。

 この展開へ持ち込むために!

「大胡!」

 叫びに近い声で、俺はズボンのポケットに入れていた拳銃を取り出し、構えた。

「なんだよ、それ」

 満足そうな表情を浮かべ、大胡は言った。

「撃てるのかよ、この俺を」

 足が震えだし、拳銃の照準にずれが生じ始めていた。

「お前には撃てないよ」

 デジャビュだ。取調べ中に逃走した殺人犯に向けて拳銃を構えたときと、全く一緒だ。

 あの時の俺は、撃てなかった。

 もし俺があの時より成長しているのであれば、躊躇することなく引き金を引けるはずだ。

 息をゆっくりと吐き出して、改めて照準を合わす。

「いいのか、撃たなくて。撃たないと、俺はこのままどっかに行っちまうぜ」

 焦りばかりが、俺の心の中で募っていた。早く引き金を引け、でないと大胡はどっかに行っちまう、そう言い聞かしても俺には簡単に撃つことが出来なかった。

「お前は、あの時となんも変わっていないよな」

 目を見開いて、俺は大胡を見た。

「なんだ、びっくりしたか」

 びっくりしたも何も、そもそも大胡があの時のことを知っていること事体がおかしいのだ。どういうことだと、理由を問いただそうとしても口を開けることが出来なかった。

「教えてほしい、って顔だな。さっきも言ったように、真実は自分で導き出せ。ヒントだけは与えてやるよ。情報、とだけ言っておこうか」

 それだけで、俺はぴんと来た。警視庁内だけでなく、外にまで田口さんは情報を流していたということか。

 いや、それはおそらくありえない。田口さんは警視庁が特別に雇った、情報のスペシャリストだ。そんな人が、情報を漏洩するなど絶対にない。そう信じたい。

 だったら、大胡の言った情報とは何を指すのだろうか。

「ま、とりあえずここでお別れだな」

 その言葉に、俺の心臓はさらに強く脈打った。こいつは、いよいよ逃走する気だ。バイクなんかで逃走されたら、捕まえられないじゃないか。このチャンスを逃せば、一生俺は大胡を捕まえることが出来ない。

 この場で捕まえる唯一の方法は、大胡を撃つことだ。

 出来るのかよ、この俺に。

「じゃあな」

「待てよ!」

 バイクのエンジン音を上回るほどの声を出せたことに、自分でも正直驚いた。それほど、大胡を逃がしたくないという意志が強いということだ。

「このまま終わるわけには、いかないんだよ」

 呟くように言ってから、俺は引き金を引く指に力を込めた。

「もう全部、終わりにしようぜ」

 堪えきれず、目から大粒の涙が流れてきた。大胡の目にも、かすかに光るものが見受けられた。

 大胡は望んでいたいのかもしれない。こうなることを。だから、俺に拳銃を与えた。

 本来ならば、大胡は神南中学と心中するはずだったのだ。それが、大胡の立てた計画の最終段階だった。

 けど、屋上で放たれた俺の言葉で、大胡の気持ちが揺らいだ。心中できなかったのだ。

 まさか、俺の言動もあいつにとって誤算だったとはな。

 胸中で軽く笑ってから、俺は大胡の胸に照準を合わせた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ