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第二十三章……手紙



 遠くから、かすかに声が聞こえる。俺を呼ぶ声が。どこか、聞き覚えのあるような声だった。

「……ら」

 徐々に、その声は距離を縮めていくのが分かった。

「……はら」

 もう少しで、手が届きそうな距離まで縮まった。

「川原!」

 一瞬で、その声は俺の隣まで来た。閉じていた目を開け、思わず声をあげてしまった。

「湯原……先輩」

 息を切らしながら、俺は言った。どうやら声の主は湯原先輩らしく、パイプ椅子に座って俺の顔を心配そうな表情を浮かべながら見ていた。

「大丈夫かよ、川原」

 ゆっくりと上体を起こすと、後頭部にかすかな痛みが走った。

「おい、まだ安静にしていろよ」

 俺は黙って頷き、慎重に体を倒した。

 枕に頭を乗せた後、湯原先輩のほうへ目をやった。湯原先輩は、呆れ顔で俺を見ている。その顔を見て、俺は安堵した。

 そうか。助かったのか、俺。

 完全に死んだと思っていた。よくあの状況で、生きていられたよな。

 体勢を崩して、踊り場に頭から落ちて意識を失った時はもう助からないと、諦めてしまった。今までの思い出も、走馬燈のように頭の中を駆け巡っていたし。

 けど、どうしてまだ俺は生きているのだろうか。どう考えても、あの状況で生き残れるとは思えないのだが。

 もしかして、大胡が俺を助けてくれたのか。どうやって。

「俺、どうして助かったんですか?」

「なんだ、助かりたくなかったのか?」

 俺の質問に、湯原先輩は怪訝な表情を浮かべて言った。

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、ただどこで見つかったのかな、と思いまして」

 自分でも、何言っているか分からなくなってきた。でも、どうしても知りたい。

「おかしなやつだな」

 湯原先輩の表情には、以前のような俺に対する険しさがなく、むしろ穏やかさが窺えた。俺がケガ人だからか。

「中庭だよ。お前は、中庭で発見されたんだ」

 ということは、気絶している俺を大胡は中庭まで運んだのか。

 しかし、どうしてそこまでするのだ。あのまま、放置しておけばよかったのではか。俺を助けることで、大胡には何のメリットも生じない。もちろん感謝しているが、俺にはどうしても、大胡がただの厚意でやったとは思えなかったのだ。何か裏がある気がしてならない。

「どうした、川原?」

 こめかみを押さえて思考している俺に、湯原先輩は声をかけてきた。

「ちょっと、気になることがあって」

大胡は、損得関係なしに俺を助けてくれたのかな。

でも、いくら考えを巡らせたところで、あいつにしかその答えは分からないのだ。

「あ、そういえば川原に渡してくれって、手紙を預かっているんだよ」

「手紙ですか?」

 思い出したように湯原先輩は、膝の上に乗せていた自分のバッグをあさって、茶封筒を取り出した。

「ほい」

 唐突に差し出され多少戸惑いはしたものの、すぐに切り替えて封を切り、綺麗に折りたたまれている紙を出した。

「うん?」

「どうした?」

「いや、べつに」

 どういうことだ。

手紙は綺麗に封筒の中にあったはずだ。

 けど、この手紙少し変だぞ。

「さっさと読めよ」

 湯原先輩に催促され、俺はひとまずその疑問を胸の中にしまい、横になりながら紙を開いて、書かれている文章に目を通した。

 一通り読み終えた後、深く息を吐いて紙をコンパクトに折りたたみ、ズボンのポケットにしまった。

「何が書かれていたんだ?」

 とくに興味なさそうに、湯原先輩は聞いてきた。

 俺はその質問には答えず、湯原先輩のほうへ真剣な眼差しを向けて言った。

「俺、帰った後どうなるんですかね?」

「いや、どうだろうな」

 俺から目を逸らして、言った。明らかに答えにくそうだった。

 あの時、はっきりと俺にクビを告げたが、この一件があって改めてクビを通告するのは、少々やりにくいということか。

「もう少し、待っていただけませんか?」

「え?」

「まだ、やり残したことがあるんです」

 俺はまだ、刑事を辞めるわけにはいかない。

 クビだと通告されたとき、どっちみち刑事は辞めるつもりだったから結果オーライだと思っていた。

 けど今になって、それは間違いだったと気づいた。俺に間違いだと気づかせてくれたのは、大胡が投げかけた質問とこの手紙だ。

 俺が刑事を辞めてもいいと思った理由は、大胡を何とか自首させるつもりだったからだ。しかし、大胡にはどうやら自首する気はないらしい。この手紙に、はっきりと書いてある。

 俺が刑事を辞めてしまったら、大胡はどうなってしまうのだ。野放しのままか。

「俺、そろそろ帰るわ」

 そう言うと、湯原先輩は立ち上がった。

「明日か明後日には退院できるってさ。よかったな」

「湯原先輩、クビのことなんですが……」

「少しぐらい、検討してやってもいい」

 それを聞いて、俺は少し期待を抱いた。

「じゃあな」

 手を軽く振って、湯原先輩は病室を去った。

 その直後、俺は急いで体を起こしベッドから降りて、机に置いてある私服に着替えた。

 急がなくては。

 何度も言い聞かし、頭の痛みを必死で堪え俺は気合で着替えた。

 その後で、頭に巻かれている包帯を剥がし、靴を履いて俺は病室を後にした。



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