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第十一章……否認



「変わっていないな、大胡。十六年前と」

 大胡は軽く鼻で笑ってから、答えた。

「そうか?」

 依然、笑みを浮かべたまま大胡は言った。俺には、大胡が今何を考えているのか、全く分からなかった。

 ここで、本題に触れればやつは動揺するだろうか。いや、あいつは簡単に感情を表に出すようなやつじゃない。

 仲良かったあの時代でさえ、俺にあまり笑顔を見せなかったぐらいだ。大胡を崩すことは、至難の業だ。

 でも、諦めるわけにはいかないんだ。やつに、國藤を殺したことを認めさせなければ。それが、俺の使命だ。

「結構、生徒に人気みたいだな」

 いきなり本題には触れず、まずは他愛もない話からすることにした。

「自分では、あまり自覚ないけどね」

 大胡はそう言いながら、徐々に俺との距離を縮めてきた。

 一メートルぐらい離れたところで大胡は立ち止まると、近くにあった机の上に腰掛けた。

「上手くやっているみたいじゃないか」

「ああ、まあぼちぼちと」

 俺は言いながら、少し焦りを感じ始めていた。これじゃあ、本当にただの再会じゃないか。俺が聞きたいのは、こいつの学校生活なんかじゃない。

「何を焦っているんだ?」

 俺は肩をびくつかせて、大胡の顔を見た。大胡は口に手を当てて、笑いを堪えているようだった。

「お前がここに来たのは、そんな話をするためじゃないだろう?」

 自然と、額から汗が染み出てきた。ワイシャツも、いつの間にか汗でぐっしょりだった。

 全て、見抜かれている。

 やはり、こいつは國藤を殺した時点で、俺が会いにくることを予想していたんだ。

 なんか、俺が馬鹿みたいじゃないか。すぐに、本題を切り出すべきだった。

 大胡を侮っていたわけじゃなかったが、それでも俺の想像を上回っていた。

「その通りだよ、大胡。もっと別の、重大な話をしにきたんだ」

 大胡の顔が引き締まったように見えた。俺の鼓動が、早くなっていくのを感じた。

「お前が、國藤を殺したんだろう?」

 俺は、大胡の目を見つめて言い放った。大胡は動揺する素振りを一切見せず、笑みを浮かべたまま俺をじっと見ていた。

 しばらく俺たちは、無言のまま見つめあっていた。教室に、重苦しい沈黙が流れる。

 やがて、大胡は笑みを崩して冷たい表情を浮かべ、言った。

「何の話?」

「なんだと?」

 まさか白を切ると思わなかった俺は、戸惑いを隠しきれなかった。

「何を言っているのか、分からないよ。俺が國藤先生を殺した? どうして」

「ちょっとお前、何言っているんだよ」

 俺は、大胡に詰め寄った。

「お前が國藤を、あの殺害計画を使って殺したんだろう?」

「だから、お前は何を言っているんだよ」

 大胡は、イラついた口調で言った。腹が立つのはこっちだよ。何故、とぼけるんだ。俺には、大胡が何を企んでいるのか、全く掴めなかった。

 これは作戦なのか、それとも本当に殺していないのか。

「お前、さっき俺に言っていただろう?」

「なんて?」

「ここに来たのは、そんな話をするためじゃないだろう、って」

「ああ、そのこと」

 大胡は、俺がここへ来た理由を分かっていた。だから、あんなことを言ったのだ。

「勘違いしているよ、健人」

 十六年ぶりに名前を呼ばれた嬉しさと、勘違いをしていると言われた腹立たしさで、複雑な心境だった。

「俺はてっきり、貸した金を返してくれ、って言いに来たのかと思っていたんだよ」

「は?」

「ほら中学の頃、お前が俺に一万貸してくれた時あったろう。それを返してもらうためにきたんだな、って思っていたんだよ」

 俺は、こいつを殴りたいという衝動をなんとか抑えた。

 大胡はさっき、俺から本題を切り出させようとするために、ああ言ったのか。結果、俺は大胡の仕掛けた罠にまんまとはまってしまった。

「ほら、一万返すよ」

 言って、大胡はポケットから財布を取り出し、一万円札を手にとって俺に差し出してきた。

 俺が大胡に一万円を貸していたのは事実だったが、まさかここでそのことを利用してくるとは思えなかった。

「ふざけんなよ」

 俺は言って、差し出された手を思いっきりはじいた。床に、一万円がゆっくりと落ちた。

「何のつもりだよ、大胡」

「俺は、お前の言っていることが理解できないの」

 完全にやられた。自分から本題に触れてしまったことで、自白させるのが困難になってしまった。

 やはり、大胡には勝てなかった。

「どうしても、自分がやったとは認めないつもりか?」

「國藤先生が殺されたことは、ショックだよ。いい先生だったのにね」

 言葉とは裏腹に、大胡の口調には感情が込められていなかった。

「覚えているか、中学生の頃」

 俺は、声を震わせながら言った。

「もちろん、覚えているよ」

「それなのに、いい先生だった、っていうのか?」

「あの人は、いい先生だよ。そのことは、俺が一番よく知っている」

 くそ。何がなんだか分からなくなってきやがった。大胡は、本当にあの殺害計画を実行したのだろうか。

 それとも、國藤と一緒に働いていくうちに、心変わりしていったとか。

 だとしたら、國藤は誰に殺されたというのだ。國藤は、俺たちが考えたあの殺害計画とそっくりに、殺されていたのだぞ。俺たち二人以外に、あの殺害計画を知るものはいないはず。

いや、待てよ。大胡が、殺害計画の書かれたあのノートを誰かに譲渡したとは考えられないだろうか。たとえば、國藤を憎んでいたやつとか。

 可能性としては、ないわけではない。しかし、そうだとすると俺にはどうしても納得がいかなかった。

「あの日交わした約束、当然覚えているよな?」

 厳密には、約束といえるかどうか定かではないが、一応そう言っておこう。ややこしくなるから。

「お前は、いつか國藤を必ず殺そうと言った。あの殺害計画で」

 大胡は黙ったまま、俺を見つめている。

「そっくりなんだよ。あの殺害計画と、國藤の殺され方が」

 大胡は、口を開こうとしない。俺は、続けた。

「あの日交わした約束を律儀に守ったというなら、俺は謝るよ。いや、謝るだけじゃすまない。必ず、償いをする」

 大胡の表情は、冷たかった。それでも、俺は続けた。大胡が、心を入れ替えてくれることを信じて。

「だから、自首してくれ」

 一通り、言いたいことは言った。あとは、大胡がどう出てくるかだ。

「お前、本当に刑事をしていたんだな」

「は?」

 唐突に、大胡は本題と全く関係ないことを言い始めた。

「いや、話の流れからして怪しいなと思っていたんだよ。けど、確信した。國藤が殺されたことは、警察とここで働いている教師以外、知らない。警察は、マスコミにはまだ公表していないはずだからな。生徒にも、口止めされているぐらいだ。

そうか、なるほどね。刑事になっていたのか。かっこいいね」

 大胡の口調が、俺には白々しく感じられた。こいつは、俺が刑事をやっていることをどこかで知っていたはずだ。だから、現場にあんな写真を残した。俺に、全てを思い出させるために。

 大胡は、どうしたいというのだ。

「そんなことはどうでもいいんだ。お前が國藤を殺したと、認めてくれさえすれば」

 あいつに、殺人を認める気などないことは、もう分かりきっていた。それでも、俺は諦めなかった。なんのために、大胡の居場所を調べてここまで来たんだ。今更、後戻りはできない。

「俺は今日、刑事としてここへ来たんじゃないんだ。親友として、来たつもりだ。俺はまだ、お前のことを親友だと思っている」

 一呼吸を置いた後に、俺は続けた。

「お前に、殺人の罪を背負って生きてほしくないんだ。頼む。自首をして、罪を償ってくれ」

 俺は、大胡の情に訴えかけたつもりだったが、どうやら全く届いていない様子だった。

「仮に俺が國藤先生を殺した犯人だとして、俺が自首をしたらどうなんだ?」

「え?」

「お前は、どっちなんだ? 手柄をたてたいから、俺に自首を迫るのか、それとも本当に親友として、自首をさせたいのか?」

 大胡は、俺のことを全く信用していない。そんなことを言われるなんて。

「どうせ、前者なんだろう」

 そう言われて、俺は反射的に大胡の胸倉を掴んでしまった。それでも、大胡は怯まずに続けた。

「俺は國藤先生のことを殺していないし、お前のことを親友だと思ったことなんて、一度もないよ」

 冷たく言い放たれたその言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。大胡の胸倉を掴んでいた手から、自然に力が抜け、やがて離してしまった。

「そういうことだ。お前は根本的に、勘違いをしていた、ってことだよ」

 大胡はそう言うと、机から降りて教室を出て行ってしまった。

 俺はショックで、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。

 大胡は、俺のことを親友だと思っていなかった。

 それに、結局國藤を殺したと認めなかった。

 全てが、想定外。気が狂いそうだった。

 俺は教室を勢いよく飛び出して、大胡を追いかけようとした。

 しかし、廊下に大胡の姿はすでになかった。十六年ぶりの再会が、こんな形であっさりと終わってしまうのは、どうしても嫌だった。

 本当にあいつは、この事件とは無関係なのか。俺には、そうは思えない。國藤が、あの殺害計画の通りに殺されていたのが、その根拠だ。

 やっていないのなら、その証拠を見せてほしい。

 ノートだ。

 大胡を認めさせるには、あいつが持っているはずのあのノートを見つければいい。殺害計画の書かれた、あのノートだ。

 あれは、大胡を捕まえるには十分な証拠能力を持っているはず。

 しかし、もしあいつが誰かにノートを譲っていたり、証拠を隠滅するために燃やしていたりすれば、アウトだ。

 まだあのノートが残されているとすれば、おそらくあいつの家だろう。捜査令状を発行すれば家に乗り込むことも可能なのだが、その場合俺の過去を話さなくてはいけなくなってしまう。話したところで、信じてもらえるかどうかも分からないが。

 とにかく、あのノートの存在を確かめない限り、俺は大胡を容疑者から外せない。まだ、あいつはこの校内にいるはずだ。探し出してみよう。

 この事件を、俺の手でなんとしても解決するんだ。


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