第十章……再会
三階に着くと、いっそう懐かしさがこみ上げてきた。
見た限りでは、校舎の中も十六年前とほとんど変わっていなかった。教室も四クラスのままだ。
三年の教室は、左から一組、二組と並んでおり、校舎の一番右端に四組がある。俺と大胡は確か、二組だった。
あいつのいる四組に行く前に、俺は二組に寄った。
二組の教室には、三人の男子生徒たちが椅子に座って楽しそうに喋っていた。俺が教室に入ってきたことに気づくと、男子生徒は話していたのを中断し、俺に警戒のまなざしを向けた。
「ごめん、ごめん。ちょっと、懐かしくてさ」
身振り手振りで、不審者でないことを俺は懸命にアピールした。すると、男子生徒たちも少し警戒心を解き、表情を和らげてくれた。
「あんた、誰だよ?」
端正の顔立ちをしている生徒が、少しとがった口調で言った。最近の若いやつは口が悪いねぇ、なんて思いながら俺は答えた。
「ここの卒業生だよ。もう、十六年ぐらい経つかな」
三人は、それぞれ相槌を打った。
「なんか、用事でもあるの?」
今度は、少し太った生徒が質問をしてきた。
「親友に会いにきただけだよ」
「親友?」
端正の顔立ちをしている生徒が、聞き返してきた。
「ああ。黒総先生って、知っているだろう?」
「黒総先生か」
口を閉ざしていた、地味目の生徒が大きな声で言った。
「そう」
俺が頷くと、地味目の少年は少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「で、黒総先生がどうかしたの?」
依然、とがった口調で聞いてくる端正の顔立ちをした生徒に、俺は丁寧な口調で答えた。
「まあ、ここを卒業して以来会っていなかったから、久しぶりにね。あいつが母校で教師をしている、って聞いたから会いにきたんだよ」
「十六年間も会っていなかったの? 本当に親友?」
端正な顔立ちをした少年が、嘲笑うかのような口調で言ってきた。俺は、生徒の言ったことに不覚にもそれもそうだよな、と納得してしまった。
「確かにそうかもしれないけど、当時は連絡手段があまりなかったから」
無様な言い訳だったが、そう言うしかなかった。
「ねえ、ちょっといいかな?」
俺は、この際大胡のことについていろいろと彼らに聞いてみようと、考えた。大胡はいい教師なのかとか、生徒に対してはどうのように接しているのか、とか。
「何?」
端正な顔立ちをした生徒が、言った。
「君らは、あいつのことをどう思っているの?」
「黒総先生のこと?」
三人は、天井を仰いでそれぞれ考え出した。
「いい教師ですよ」
先に、地味目な生徒が俺のほうへ顔を向けて、生き生きとした口調で答えた。
「優しいですし、頭いいですし、運動もできますし。女子や、女の先生から結構人気ありますね」
その答えは、べつに俺を驚かせなかった。むしろ、予想通りというべきか。やはり、変わっていないな。あいつは昔から、何でも出来る万能人間だった。女子にも、結構もてていたと記憶している。
「ま、お前は黒総先生のお気に入りだからな」
太った生徒が、地味目な生徒にそう言いながら小突いていた。なるほどな。大胡の名前が出たとたんに声をあげたのも、大胡のことが好きだからだったのか。
あいつ、結構男子生徒からも人気を得ているんだな。
「本当にいい先生だよ、あの人は」
端正な顔立ちをした生徒が、腕を組んで言った。
「どの生徒にも平等だし、授業も分かりやすいよ。あの人の授業だけ、成績のいいやつもいるぐらいだから」
もしかしたら大胡は、國藤の殺害計画を実行するためではなく、自ら志して教師を目指したのではないだろうか。彼らの、大胡に対する評価を聞いていたらそう思えてきた。
あいつは教師を、好きだからやっているのではないか。
俺は、自分のせいで教師になったと思い込んでいた。好きで教師をしているのであれば、本当に嬉しい。
「あのさ、もう一つ聞きたいんだけど――」
俺が質問をしようとした時、背後に殺気を感じた。慌てて振り返ると、教室の入り口に十六年前とほとんど変わらない、大胡の姿があった。
「君たち、何やっているの?」
三人の生徒たちに、優しく大胡は問いかけた。声も、十六年前とほとんど変わっていない。懐かしくて、涙がこみ上げてきそうだった。
「いえ、ちょっとこの人と話をしていたんです」
地味目な生徒が、嬉しそうな口調で言った。本当に、彼は大胡のことが好きなんだな。
「部活のない生徒は、早く帰る。分かった?」
俺の目には、大胡が立派な教師に映った。生徒から人気があるのも、改めて納得が出来た。
俺も生徒だったら、好きになるかもしれない。
「何を話すんですか?」
太った生徒が、茶化すように大胡に言った。
「分からないよ、そんなの。ほら、さっさと帰った、帰った」
三人の生徒たちは、それぞれ帰り支度をして、名残惜しそうに俺たちを見て、もう一方の出入り口から教室を出て行った。
俺は、生徒たちが出て行った出入り口の方に、しばらく目を向けていた。後ろのほうに大胡が立っているのかと思うと、なかなか振り向くことが出来なかった。
すると、大胡が唐突に言った。
「俺は四組で待っている、って言ったはずだ。どうして、ここであの子達と話していたんだ?」
生徒たちに話しているときと変わらぬ優しい口調で、大胡は聞いてきた。
俺は軽く深呼吸をして、ゆっくりと振り返った。
大胡は、不適な笑みを浮かべていた。こいつは、俺が十三年ぶりに会いに来たのをどう思っているのだろうか。もしかしたら、あいつにとって予想通りの展開なのかもしれない。
だから、俺を簡単に通したのか。
「十六年ぶりだな、大胡。元気にしていたか」
俺は大胡の目を見て、言った。大胡も、俺の目を見つめ返してきた。
今この瞬間、俺たちは十六年ぶりの再会を果たしたのだ。