第九章……母校
翌日、俺は大胡が教師をしている神南中学に足を運んだ。
係長には、仮病を使って休みをもらった。だから今日は、刑事としてではなく、親友としてあいつに会いに行くのだ。
正門の前で足を止め、俺は十六年ぶりに訪れた母校を見上げた。十六年前と、ほとんど外観は変わっていないようだった。
放課後ということもあり、校庭では部活をやっている生徒、友達と談笑しながら下校をする生徒たちが見受けられた。
俺はじっと目をつぶり、十六年ぶりに再会を果たす大胡のことを考えていた。
これから、あいつと会うんだ。会ったら、なんて話せばいいだろう。まずは挨拶か。よう、とか久しぶり、とか。それとも、早速本題を切り出すか。
お前、國藤を殺しただろ、って。
いや、それはあまりにも単刀直入すぎる。段階を踏んでから、聞き出そう。
いつまでも正門の前で立ち止まっているわけにもいかず、俺は覚悟を決め、正門を潜った。
俺は堂々とした足取りで、校舎のほうへ向かった。下校途中の生徒たちは、俺に好奇のまなざしを浴びせたが、それでも怯むわけにはいかなかった。
今日は刑事として来たのではないから、なんて言って入ろうか。黒総先生に会いに来ました、とでも言えばいいのだろうか。
そもそも、大胡は俺に会ってくれるのだろうか。大胡が会ってくれるという前提で、俺は神南中学を訪れた。しかし、大胡は俺の名前を聞いても知らないふりをするかもしれない。
その可能性は、否めないな。
けど、ここまで来て引き返すわけにもいかない。俺は、昇降口に入ってすぐのところにある事務室の窓口に顔を出した。
「すいません」
俺の声に反応して、若い女性の事務職員がすぐに来てくれた。
「なんでしょうか?」
笑顔で、女性は対応してくれた。
「黒総先生に、会わせてくれますか?」
声が震えていることに気がついた。いよいよあいつと会えるのかと思うと、緊張と不安で押しつぶされそうだったのだ。
「何か約束をされているのですか?」
「いえ、とくには」
そうか。何か約束を取り付けていないと、会えないってシステムか。もし、俺が刑事としてあいつに会いに来ていたら、すぐに通してくれただろうな。
「そうですか。では、失礼ですがお名前をお聞かせください」
「あ、はい。川原健人です」
はっきりと、俺は自分の名前を告げた。
「分かりました。じゃあ、黒総先生に連絡をしてみますね」
女性は、にっこりと微笑んで奥に行き、デスクに取り付けられている固定電話の受話器を取り、なにやらカードを見ながらボタンを押していた。おそらく、あのカードには内線番号が書かれているのだろう。
「あ、黒総先生ですか?」
女性の声が聞こえた。どうやら、繋がったみたいだ。
「先生にお客様です。河原様とおっしゃる方なのですが」
俺の緊張はピークに達していた。大胡は、一体どうでるだろうか。俺を通すのか、それとも追い返すのか。
拳を握り、瞬きも忘れて俺は女性を見ていた。
「あ、分かりました。そうお伝えします」
女性は受話器を置いて、足早にこちらへ戻ってきた。
「大丈夫ですよ。すぐに会いたいと、おっしゃっていました。黒総先生は、この校舎の三階にある、三年四組の教室にいらっしゃいます」
満面の笑顔で、女性は言った。
嬉しすぎて叫びだしそうになるのをぐっと堪え、俺は平然とした口調で言った。
「ありがとうございます」
俺が頭を下げて言うと、女性はくすっと笑って奥へ戻っていった。普通に言ったつもりだったが、どうやら嬉しさが表情に出ていたらしい。
そうなってしまうのもしょうがない。大胡に追い返されると思っていたのだから。まさか、あっさり会ってくれるとは予想外だった。
けど、十六年ぶりの再会に喜べる自信がなかった。
とりあえず、聞いてみよう。この事件の、真相について。
俺は三階まで、階段を駆け上っていった。