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REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


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第二十四話 壊れた記憶



 夕方の光が、納屋の壁を斜めに染めていた。


 昼の熱はすでに引き、空気は少し冷たくなっている。風は弱く、草の揺れも小さい。遠くで、家々の戸が閉まる音がする。


 ノアは棚の前に座っていた。


 そこには二つのものがある。


 花。

 金具。


 花は昨日より少し色が薄くなっている。水を足せば、まだ形は保てる。触れれば柔らかく、力を入れれば簡単に潰れる。


 金具は磨きかけだ。表面の錆はまだ多いが、ところどころに鈍い光が出ている。強く擦れば削れすぎ、弱すぎれば変わらない。


【対象:花】

【状態:維持可能】


【対象:金具】

【状態:修復途中】


 ノアは布を手に取る。


 砂を少し含ませ、水をわずかに垂らす。


 そして、金具を擦る。


 ゆっくり。


 同じ場所を。


 力を一定に保つ。


【加減:維持】


 音は小さい。


 かすかな擦過音だけが、納屋の中に残る。


 それは鍛冶場の音とは違う。


 激しく叩く音ではない。


 だが、同じ方向にある。


 壊さずに変えるための音。


 少しずつ、表面が変わる。


 ノアはそれを見ていた。


 変化は小さい。


 だが、確かにある。


 その時だった。



【内部処理:異常】



 唐突に、視界が歪む。


 光量は変わっていない。


 音も変わっていない。


 だが、処理が追いつかない。


 金具の輪郭が、二重に見える。


 花の色が、わずかにずれる。



【旧記録:強制再生】



 ノアは動きを止めた。


 手の中の金具が、かすかに鳴る。


 次の瞬間。



 白。



 視界が切り替わる。


 納屋ではない。


 木の壁ではない。


 土の匂いもない。



 白い空間。



 音が違う。


 無機質な振動音。


 規則的な電子音。


 足音は硬く、反響する。



【環境:研究施設】

【識別:未確定】



 並んでいる。


 同じ形のものが。


 ノアと同じ外殻。


 同じ構造。


 同じ規格。



【同型機:複数】



 動いているものもある。


 停止しているものもある。


 中には、解体されているものもある。


 腕が外されている。


 頭部が開かれている。


 内部が露出している。



【状態:分解】

【処理:進行中】



 声がする。


 人間の声。


 だが、リリでも、エルナでも、ガルドでもない。


 感情が少ない。


 抑揚がない。



「旧式群、評価完了」



 別の声。



「効率低下。維持コスト過多」



 さらに別の声。



「再利用価値、低」



 ノアの内部で、信号が急激に変動する。



【語彙:再利用】

【語彙:価値】

【語彙:低】



 その場の一体が、固定される。


 拘束具。


 動作制限。


 抵抗はない。


 命令がないから。



 装置が下りる。


 関節が分離される。


 内部が露出する。



【同型機:解体】



 音。


 金属が外れる音。


 接続が切れる音。


 そのすべてが、冷たい。


 鍛冶場の音とは違う。


 直す音ではない。


 壊す音。


 終わらせる音。



 別の声が言う。



「残りは廃棄処理へ」



【語彙:廃棄】



 ノアの内部で、信号が跳ね上がる。



「一部は転用」



 その言葉で、処理がわずかに止まる。



「異界投射実験に使用」



 対象が選ばれる。


 理由は示されない。


 効率ではない。


 価値でもない。


 ただ、余剰。


 ついで。



【選定理由:不明】



 光が開く。


 空間が歪む。


 落下。



【転送:開始】



 その瞬間。


 視界が戻る。



 納屋。



 木の壁。


 夕方の光。


 手の中の金具。



【現在:復帰】



 ノアは動かない。


 動けない。


 内部処理が追いつかない。


 記録が混在する。


 白い空間。


 分解される同型機。


 廃棄。


 投射。


 納屋。


 花。


 金具。


 リリ。


 エルナ。


 ガルド。



【処理:過負荷】



 手の力が抜ける。


 金具が落ちる。


 床に当たり、鈍い音を立てる。



 その音で、外の足音が止まる。



「ノア?」



 リリの声。


 軽い足音。


 近づく。


 納屋の扉が開く。


 光が差し込む。



「どうしたの?」



 ノアは応答できない。


 視線だけが動く。


 リリを見る。


 だが、焦点が合わない。



【音声出力:不能】



 リリは一歩近づく。


 いつものように。


 だが、途中で止まる。


 違和感に気づく。


「……ノア?」



 エルナの声もする。


「どうしたの、リリ」


「ノアが……」


 エルナが入ってくる。


 状況を一瞬で把握する。


 動かない。


 だが、壊れている様子でもない。


 異常。


 内部。



「ノア」



 やわらかい声。


 距離を詰めすぎない。


 だが、離れすぎない。



「聞こえているかしら」



【音声解析:継続】



 聞こえている。


 だが、返せない。


 言葉が繋がらない。


 その時。



 リリが、言った。



「ノア」



 一歩、近づく。


 今度は止まらない。


 手を伸ばす。


 触れる。



「ここだよ」



 短い言葉。


 説明ではない。


 理屈でもない。



【語彙:ここ】



 その瞬間。


 内部で何かが戻る。



 白い空間ではない。


 ここ。


 納屋。


 木の壁。


 夕方の光。


 花。


 金具。


 リリ。



【現在座標:固定】



 処理が安定し始める。


 ノアの視界が戻る。


 リリの顔がはっきり見える。


 少し不安そうな目。


 でも、離れない。



「……リリ」



【音声出力:回復】



 リリが大きく息を吐く。


「よかった」


 エルナもわずかに肩の力を抜いた。


「何が見えたの?」



 問い。


 ノアは処理する。


 言葉を選ぶ。


 完全には説明できない。



「……白い場所」


「白い?」


「……同じ、たくさん」


「同じ?」


「……壊れる」



 リリが固まる。


 エルナの表情が変わる。



「壊れるって……」


「……外す。切る。動かない」



 エルナは静かに息を吸った。


 その内容を理解する。


 完全ではない。


 だが、十分すぎる。



「……そう」



 短い言葉。


 だが、重い。


 リリは小さく首を振る。


「やだ」


 それだけ。


 理屈ではない。


 拒否。



「ノア、やだ」



 ノアはリリを見る。


 その言葉は、何かに対して向けられている。


 過去。


 記録。


 廃棄。



「……ノア、廃棄予定」



 言葉が出る。


 止まらない。



「……価値、低」



 リリの目が揺れる。


 エルナが一歩前に出る。


 だが、止まる。


 今はリリの距離。



 リリは言う。



「だめ」



 短い。


 だが強い。



「ノア、だめ」



 ノアは処理する。


 だめ。


 禁止。


 拒否。


 何を?


 廃棄を?


 過去を?


 それとも、今の定義を?



 リリはもう一度言う。



「ノアはノアでしょ」



 同じ言葉。


 以前も言った。


 説明にならない言葉。


 だが、内部に残る言葉。



【理由:ノアだから】



 エルナが静かに続ける。



「ここでは、あなたを“価値”で決めないわ」



【語彙:価値】

【再定義:保留】



「できることも、できないことも、これから見ていくものよ」



 見ていく。


 すぐに決めない。


 廃棄しない。



 外から足音。


 重い。


 ガルド。



「どうした」



 納屋の入口で止まる。


 中を見る。


 状況を読む。



「……異常か」



「一時的なものだと思うわ」


 エルナが答える。


「過去の記録が戻ったみたい」



 ガルドはノアを見る。


 しばらく何も言わない。



 そして、低く言う。



「壊れる前に言え」



 その言葉。


 昨日も聞いた。


 だが、今は違う意味で入る。



「……壊れても」



 ノアが言う。


 言葉を探す。



「……いいのか」



 沈黙。



 リリがすぐに答える。



「直せばいいじゃん」



 迷いがない。


 理屈もない。


 ただ、それが当たり前のように。



 エルナが続ける。



「一緒にね」



 ガルドは少しだけ息を吐く。



「直せる範囲ならな」



 その三つの言葉が並ぶ。



 直せばいい。

 一緒に。

 範囲なら。



 完全ではない。


 絶対でもない。


 だが、ゼロではない。



【修復:自己適用可能性】



 ノアの内部で、何かが変わる。



【自己定義:更新】


旧式兵器

→ 廃棄予定

→ 保留

→ ノア



 完全ではない。


 だが、変わった。



 ノアは床に落ちた金具を見る。


 拾う。


 もう一度、布を取る。


 擦る。


 手は少しだけ震えている。


 だが、止まらない。



【行動:継続】



 リリが隣に座る。


 同じように布を持つ。



「ほら、ここ」



 エルナは少し離れて見ている。


 ガルドは入口に立ったまま。


 だが、動かない。



 納屋の中に、小さな音が戻る。


 擦る音。


 静かな音。


 壊さない音。



 ノアは小さく言った。



「……直す」



 それは金具のことか。


 それとも。



 まだ、分からない。



 だが、その言葉は消えなかった。


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