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REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


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第一話 不要番号





 ゼルヴァニア=クロノス中央機導圏、その第七層にある戦略機導兵開発局は、夜という概念からほとんど切り離された建築だった。


 天井は高く、壁は白い。だがそれは清潔というより、感情の色を最初から拒絶するための白だった。床材にさえ足音を吸わせる加工が施されているせいで、人が行き来しても、そこには生き物の気配が残らない。残るのは数値、報告、承認、廃棄。その四つだけだった。


 廊下の両側には、透明な培養槽めいた縦長の格納管が何十、何百と並んでいる。内部には人の輪郭に似たものが立っているが、どれも人間ではない。銀と黒の外殻。人工筋束。疑似神経束。核心部には青白い光を淡く灯す機導炉。どれもが、より速く、より確実に、より少ない損耗で対象を殺すために設計された存在だった。


 彼らには名がない。


 識別番号だけがある。


 その番号が生み出される理由と、消される理由は、ほぼ同じだった。使えるか、使えないか。それだけである。


「第九系列、模擬都市戦闘試験、全工程終了しました」


 報告官の声は、無菌室のガラスのように平坦だった。


 巨大な観測室の中心で、主任研究博士ルキウス・ヴァン=オルドは腕を組んだままホログラム投影を見ていた。痩せた頬、整いすぎた灰色の髪、細い金属縁眼鏡。彼は老いてはいたが、衰えてはいない。人間の情念を研究対象から除外することによって、むしろ研ぎ澄まされていったような顔つきだった。


 宙に浮かぶ投影画面には、先ほどまで行われていた試験の記録が幾重にも重ねて表示されている。市街地模型。疑似住民。迎撃ドローン。目標施設。投入された新型殲滅機体。どの機体がどの角度で進入し、どの瞬間に何を破壊し、何秒で制圧したかまで、色分けされた線で示されていた。


「零番系列から三番系列までは優秀です。目標殲滅率九八・七。誤差の範囲で施設損壊も許容内」


「四番系列」


 ルキウスは画面を見たまま言った。


「四番系列は、制圧完了まで標準より二・一秒遅れました」


「理由は」


「目標群内に混在した非武装個体へ視線を振り分けた記録が確認されています」


 室内にいた数名の研究員が、わずかに眉を動かした。


 それは驚きではない。処理工程のどこに不純物が紛れ込んだのかを計算し始めた、あの種の人間だけが見せる反応だった。


「視線の振り分け?」


「はい。非戦闘個体への識別照合回数が、標準値を超過しています」


「原因」


「不明です」


 ルキウスが初めて顔を上げた。


 彼の眼は冷たかった。けれど怒ってはいない。怒りとは、対象に期待している者が抱く感情だ。彼は研究成果に期待はしても、個体に期待はしない。


「不明、という報告は好ましくない」


「現在再解析中です」


「ならば解析結果を持ってこい。現段階では、それは異常だ」


 報告官が頭を下げる。観測室の空気はさらに冷えたように感じられた。だがそれを感じ取っていたのは、おそらく人間だけだった。


 格納管の奥、まだ封鎖されていない試験区画には、問題の個体が立っている。


 第九系列試作旧式戦略個体。


 識別番号、RMN-08。


 開発コード上の通称は《残存機》――リマナント。


 もっとも、その呼び名を口にする者はほとんどいなかった。旧式に愛称など必要ないからだ。


 ガラス越しに見えるその機体は、ほかの新型よりも外装が鈍く、関節駆動にも古い設計思想が残っている。細身ではあるが、洗練というより削ぎ落とされた印象が強い。胸郭部に埋め込まれた機導炉の発光も不安定で、一定の間隔でわずかに明滅していた。


「旧式のくせに、まだ動いていたのか」


 若い研究員の一人が、隣に立つ同僚へ小声で言った。


「改修前の系統だからな。今さら分解するにも手間だ」


「そのうえ異常持ちだろ。完全廃棄でいい」


「同感です」


 その会話の最後だけが、なぜか少しだけ早口だった。完全に不要なものを目の前に置かれると、人は自分まで巻き添えにされる気がするらしい。


 その時、観測卓の一角で別の画面を見ていた一人の技術補佐員が、指を止めた。


 名を、セイル・ハーディンという。


 白衣の袖を少しだけ乱雑にまくる癖があり、髪も整え切れていない。研究局では決して出世する顔ではなかった。能力が低いわけではない。ただ、ここにいる人間の多くと違って、数値の前に一瞬だけ「なぜ」を挟む悪癖があった。


「……ん?」


 セイルは個別ログを拡大し、さらに過去の試験記録と照合した。


 問題の個体、RMN-08の視線記録。標的識別。脅威判定。攻撃動作移行直前。確かにそこに、ほんのわずかな空白がある。機械の処理として見れば、ほんの一瞬だ。だが即応性が求められる戦闘個体にとって、その空白は存在してはならない。


 セイルはさらに別窓を開いた。対象識別の内訳が出る。模擬都市内の疑似住民。その一体が、敵性個体の陰から飛び出している。背丈は低い。成人モデルではない。子ども型の疑似住民だ。


 攻撃処理開始。


 追尾補正。


 照準固定。


 ……未実行。


「未実行?」


 思わず声が漏れた。


 周囲の視線が一瞬こちらへ寄る。セイルは「失礼」とだけ言って、すぐに口を閉じた。しかし目だけは画面から動かせなかった。


 未実行。エラーではなく、未実行。


 動作不能ではない。処理遅延でもない。攻撃可能状態にありながら、攻撃が完了していないのだ。


 しかも、その直後には別角度から敵性個体だけを射抜いている。誤差ではない。誤照準でもない。


 まるで。


 まるで、その子ども型を避けたみたいではないか。


「セイル補佐員」


 背後から声がした。主任補佐官だ。硬い顔でこちらを見下ろしている。


「何か問題でも」


「いえ。第九系列旧式のログで、少し気になる点が」


「気になる点?」


「この個体、攻撃不能ではありません。対象選別処理に、通常と異なる挙動があります」


「だから異常判定が出ている」


「ええ。ただ、単なる異常というよりは……」


 言いかけて、セイルは口を閉じた。


 ここで「選んだのではないか」と言ってしまえば、自分が笑われるだけで済むかどうか分からない。戦略兵器が選択する。そんな前提は、この研究局の設計思想そのものを汚す。


「より詳細な再解析が必要かと」


 結局、そう言い換えるしかなかった。


 主任補佐官は数秒セイルを見たあと、興味をなくしたように肩をすくめた。


「旧式だ。再解析の工数に見合うかは怪しいがな」


 そのまま去っていく背中を見送りながら、セイルは唇を引き結んだ。


 旧式。


 その一言で、ここではたいていの議論が終わる。


 だが、終わらせていいのかと、今日は妙に思った。


     *


 午後の最終審査会議は、驚くほど短く終わった。


 新型系列の量産承認。配備先候補の選定。観測用異界投射実験の延期。必要な議題だけが片づけられ、不要なものは流れるように切り捨てられていく。


「第九系列旧式試作個体RMN-08」


 事務官が淡々と読み上げた。


「非効率挙動確認。既存系統との互換性低。維持コスト対成果、著しく低。判定、廃棄相当」


 異論は、出ない。


 当然だ。旧式一体の処遇に、誰も関心を割かない。ここでは、一つの生命――いや、生命に似せた何かより、消費電力の小数点のほうが重い。


 ルキウスは承認端末に指を置き、ほとんど呼吸と同じ速さで「廃棄」に署名した。


 それで終わるはずだった。


 会議が解散し、研究員たちがばらばらと席を立ち始めた時、セイルはまだ卓上端末を閉じられずにいた。指先が落ち着かない。喉の奥で何かが引っかかっている。


 廃棄。


 分解。


 初期化。


 記録消去。


 たった今、そう決まったRMN-08のログが、端末の隅でまだ点滅していた。


 未実行。


 その二文字だけが、やけに目についた。


 その時、会議室の出口近くで、別件の話が持ち上がった。


「異界投射実験、来月に回すそうですね」


「観測用に投入する余剰個体が足りないらしい」


「もったいない。新型を使うほどでもない実験でしょうに」


「魔力環境の違う下層世界だ。使い捨てには惜しいんだろう」


 何気ない会話だった。


 だが、セイルの中で何かが結びついた。


 異界投射。


 余剰個体。


 使い捨て。


 彼は気づけば、席を立っていた。


「主任」


 会議室を出ようとしていたルキウスが振り返る。眼鏡の奥の瞳は、相変わらず少しも温度を持っていない。


「何だ」


「RMN-08についてですが」


「廃棄だ」


「その前に、観測用の異界投射実験へ回すという選択肢はありませんか」


 静かな空気が、一瞬だけ止まった。


 近くにいた数人が足を止める。興味本位ではなく、珍しい音を聞いた時のような顔だった。誰もそんな提案をすると思っていなかったのだろう。


「理由は」


「旧式ですが、異常挙動のある個体です。完全廃棄より、未知環境下での反応を観測したほうが、回収できるデータは多いかと。もともと来月予定の実験は余剰個体不足で延期でしょう。なら、廃棄前提の旧式を――」


「廃棄前提だからこそ、だろう」


 ルキウスが言った。


「欠陥個体を異界へ投げる価値があると?」


「欠陥個体だからです」


 言い切ってから、セイルは自分でも驚いた。


 こんなに強い口調を出すつもりはなかった。


 だが口を開いた以上、もう引けない。


「正常個体では得られない挙動が確認されています。異常環境下でそれがどう拡大するか、あるいは消失するか。廃棄前の最終用途としては、合理的です」


 合理的。


 この局で何かを通したいなら、その言葉を使うしかない。


 ルキウスは数秒黙っていた。


 セイルは、その沈黙の間に自分の心臓が妙に速く打っていることに気づいた。なぜ自分がここまで言っているのか、実のところ明確ではない。ただ、廃棄の二文字で片づけるには、あの未実行があまりに引っかかった。


 やがてルキウスは、ほんのわずかに視線をずらした。


「観測局への申請枠は」


「一つ、仮押さえが残っています」


 事務官が即座に答えた。こういう時だけ事務は速い。


「転送座標は」


「下層世界群第三帯域。文明度低、中魔力圏。現地知性種あり。継続観測に支障なし」


「回収予定」


「ありません。片道観測です」


 ルキウスの目が細くなる。


 それは思考というより、採算の計算をしている時の顔だと、セイルは以前から思っていた。


 しばしの沈黙。


 そして、会議室の誰かが、冗談とも本気ともつかない気の抜けた声で言った。


「……あー、じゃコレも使うか」


 それは若い研究員だったか、事務官だったか、後になってもセイルにははっきり思い出せなかった。あまりに軽かったからだ。紙切れ一枚の置き場所を決めるような声音だった。


 だが、その軽さのせいで決まった。


 ルキウスが肩を動かし、承認端末を引き寄せる。


「良い。RMN-08を異界投射実験の余剰枠へ編入。観測価値がゼロなら、そのまま消えるだけだ。手間は」


「廃棄処理より少なく済みます」


 事務官が答える。


「なら決まりだ」


 端末に指が触れる。


 画面の「廃棄予定」の文字が、一瞬だけ揺らぎ、別の表示へと書き換わった。


【異界投射試験体/RMN-08】


 たったそれだけだった。


 誰も拍手しない。


 誰も意味を感じていない。


 だが、セイルの胸の奥で、奇妙に息が通った。


 ルキウスはすでに別の話題へ移っていた。新型量産に必要な炉心部材の配給計画。来季の予算配分。RMN-08のことなど、頭の隅にも残っていないだろう。


 セイルだけが、会議室の壁面ガラス越しに、遠くの格納区画を見た。


 あの旧式は、何も知らない。


 いや、知るようには作られていない。


 けれど、もし。


 もしあの未実行が、ただの故障ではないのだとしたら。


 セイルはすぐにその考えを打ち消した。馬鹿げている。兵器に意思などあるはずがない。ここでそんな発想を真面目に持てば、自分まで旧式の側へ落ちる。


 それでも、完全には打ち消せなかった。


     *


 投射準備区画は、廃棄処理室よりもずっと静かだった。


 廃棄には音が出る。切断音、焼却音、分解音。役目を終えたものが物質へ戻される音だ。だが投射は違う。必要なのは、固定と送信と座標だけである。


 RMN-08は拘束台に固定されていた。


 銀灰色の外装には、模擬戦でついた細かな損傷痕が残っている。胸部装甲の一部に擦過。左大腿外殻に裂傷。頭部右側に浅い陥没。だが機能に支障はない。少なくとも、こうして送り出すぶんには問題ない。


 整備機械が無言でケーブルを接続していく。背部の端子。頸部基部。胸郭内部の機導炉制御軸。RMN-08は微動だにしない。命令待機状態のまま、ただそこにある。


 セイルは最終接続端末を確認しながら、ふと手を止めた。


 視界共有窓がまだ開いている。


 通常なら閉じる。送り出す旧式のログなど、あとで見る者はいない。だが彼は閉じずに残していた。


 起動レベル、安定。


 疑似神経束、同期完了。


 外界認識系、最低限維持。


 感情模倣領域、未搭載。


 そこに並ぶ文字は、どれも無機質で、情の入り込む余地がなかった。


 セイルは最後に、問題のログをもう一度だけ呼び出した。


【対象識別:子ども型疑似住民】

【脅威判定:低】

【攻撃許可:有】

【攻撃実行:未完了】

【理由:未定義】


 未定義。


 その言葉が、ひどく小さく、ひどくしつこく見えた。


「補佐員、投射まで三十秒」


 作業員が告げる。


「ああ、分かった」


 セイルは端末を閉じかけ、やめた。


 代わりに一つだけ、観測優先順位の設定を変更する。形式上はほんのささいな処理だ。外界反応の変化が出た場合、RMN-08の個別ログを自動保存する。それだけ。


 本来なら不要だ。


 不要だが、残した。


「……どうせ捨てるなら」


 自分でも聞き取れないほど小さく呟く。


「結果くらい、見せろよ」


 拘束台の上で、RMN-08の瞼にあたる遮蔽板がわずかに開いた。


 内部光学素子が、青白く明滅する。


 そこに意識があるのかどうか、セイルには分からない。ただ、機械の目というには妙に静かで、人の目というにはあまりに空虚だった。


 転送陣基部の環がゆっくりと回転を始める。魔力でもなく純科学でもない、ゼルヴァニア=クロノス特有の機導式転送機構が、床全体に幾何学的な光を走らせた。


【異界投射座標設定】

【下層世界群第三帯域】

【知性種反応:有】

【魔力濃度:中】

【回収設定:無】


 端末表示が一つずつ点灯する。


「十秒前」


 作業員の声が響いた。


 その時だった。


 共有窓の端で、閉じ忘れたログファイルが自動再生された。ほんの一瞬、試験記録の映像断片が割り込む。


 瓦礫の街区。


 敵性個体の陰から飛び出す子ども型疑似住民。


 照準固定。


 停止。


 未実行。


 その一瞬の静止が、転送光の明滅と重なった。


 セイルは目を見開く。


 RMN-08の光学素子が、映像に反応したようにごくわずかに揺れた気がしたからだ。


 そんなはずはない。記録映像に反応するような連結は切っている。これはただの錯覚だ。だが確かに、青白い光が一拍だけ強くなった。


【識別情報再照合】

【対象:不明】

【処理:継続】

【理由:未定義】


 誰も気づいていない。


 作業員はカウントを続け、装置は規則通りに回転を増していく。セイルだけが、その小さな文字列を見た。


 未定義。


 未定義。


 まるで、まだ決まっていない何かが、そこに居座っているみたいだった。


「五秒前」


 転送光が膨らむ。拘束台の輪郭が白に呑まれていく。


 セイルは思わず、一歩だけ前へ出た。


「RMN-08」


 呼ぶ必要のない番号を、口にした。


 機体は応えない。


 応えるようには作られていない。


 だが遮蔽板の奥の光は、最後の瞬間まで消えなかった。


「一秒前」


 世界が白く染まる。


【異界投射、開始】


 轟音はなかった。ただ光だけがあって、次の瞬間には拘束台の上からRMN-08の姿が消えていた。


 空になった固定具が、かちゃりと小さく鳴る。


 それで終わり。


 本来なら、そうだ。


「……行ったか」


 作業員が記録を閉じる。


「観測ログは自動取得に移行しました。次の搬入を」


「待ってくれ」


 セイルは端末を見たまま言った。


 投射直後の観測窓が、まだノイズを吐いている。普通なら数秒で安定するはずだった。だが今日はやけに乱れていた。転送座標がほんのわずかにぶれたのかもしれない。


 白い嵐のようなノイズの中に、一瞬だけ、何かが映る。


 深い緑。


 木々の梢。


 そして、空。


 落ちている。


 RMN-08は、空中に出たのだ。


「座標補正値に乱れがあります」


 作業員が眉をひそめる。


「致命的か」


「いえ。下層世界圏内です。誤差の範囲」


 誤差。


 この局では、たいていのことがその一言で片づけられる。


 だがセイルは、ノイズの向こうに見えた緑を見逃さなかった。文明圏や実験場ではない。もっと辺境だ。もっと、何もない場所。


 まるで。


 まるで、選ばれるはずのなかったものが、誰にも選ばれていない場所へ落ちていくみたいだった。


 観測窓の最後のノイズの中で、RMN-08の内部ログが一行だけ浮かび、すぐに闇に沈んだ。


【外界認識:開始】

【環境:未登録】

【命令系統:喪失】

【優先行動:未定義】


 未定義。


 また、それだ。


 セイルはしばらく、何も言えなかった。


 やがて観測窓は完全に暗転し、自動記録モードへ移行する。投射室にはもう、空の拘束台と、冷えた光だけが残っていた。


 主任博士へ結果を報告すれば、彼は一言「そうか」と言うだろう。それで終わる。旧式一体の消失など、ここでは路傍の塵ほどの意味しか持たない。


 だが、セイルはなぜか、胸の奥にかすかなざわつきを抱えたままその場を動けずにいた。


 本来、廃棄されるはずだった。


 それが、ほんの軽い一言で用途を変えられ、どこかの世界へ落ちていった。


 大したことではない。


 研究局にとっては。


 文明にとっては。


 この巨大なゼルヴァニア=クロノスにとっては。


 けれど、もし。


 もしあの個体の中に、故障ではない何かが本当にあったのなら。


 セイルは自分でも訳の分からないまま、暗転した観測窓へ向かって小さく呟いた。


「……生き残れよ、旧式」


 その言葉が届くはずはない。


 届いたとしても、理解されるようには作られていない。


 それでも口に出てしまった。


 投射室の自動扉が開き、次の搬入台車が入ってくる。白い空気の中で、新しい兵器のための準備が始まる。ここでは一つの終わりも、一つの始まりも、何ひとつ特別ではない。


 ただ遠い下層世界の空で、名もなき旧式が光の尾を引きながら落ちている。


 森へ。


 村へ。


 家族へ。


 まだ誰も知らない場所へ。


 誰にも必要とされなかったものが、誰かに見つけられる、その最初の場所へ。


 そして、そこでようやく。


 物語が始まる。




→次回

第2話「落下」

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