8.神に代わり戦え――廠、運命の使命を授かる
異形の話が一段落したところで、劉備はふと廠の方へ視線を向け、静かに語り始めた。
「……実は、我らは黄巾の乱を鎮めるべく、義勇兵として集まった者たちなのです」
廠は(知ってる……)と思いながらも、黙って耳を傾けた。
劉備は続ける。
「漢王朝は乱れ、民は苦しんでいます。黄巾賊はその苦しみにつけ込み、各地で暴虐を働いている。
私は……漢室の末裔として、民を守らねばならぬと思ったのです」
張飛が鼻を鳴らす。
「兄者は昔っからそうだ。見捨てりゃ楽なもんを、わざわざ背負い込む」
関羽は静かに頷く。
「だが、その志こそが兄者の強さ。我らが従う理由も、そこにある」
廠は三兄弟のやり取りを聞きながら思った。
(……やっぱり、この人たち“本物”だな)
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その夜、劉備たちが帰った後。
織と廠は、向かい合って座り、灯りの揺らぎの中で、
これからどう動くべきかを話し合い始めた。
部屋の中は静かで、まるで戦の余熱だけが残っているようだった。
織は、真剣な表情で言った。
「…劉備殿は立派な方。曹操も、孫権も、袁紹も、董卓も…
この時代には、後に天下を争う英雄たちが揃っているわ」
廠は頷く。
「うん。俺ももちろん知ってる。この時代は“群雄割拠”ってやつだよな」
織は続ける。
「ですが…問題はそこじゃなくて、異形が現れるという“異常事態”が、歴史には存在しない」
廠は息を呑む。
(……確かに。異形なんて、三国志には出てこない)
織は静かに言葉を重ねた。
「つまり、歴史はもう“本来の道筋”から外れてる」
廠は黙り込む。
沈黙のあと、織ははっきりと言った。
「廠。あなたは誰にもつくべきではないわ」
廠は目を見開く。
「え……?」
織は迷いなく続けた。
「この時代の英雄たちは、いずれ互いに争う。そこに異形が入り込めば、どの勢力が滅びてもおかしくない。
誰かに肩入れすれば、歴史がさらに歪む可能性があると思うの」
「確かに」
織はさらに踏み込んだ。
「だから―あなたが軍を作るしかありません。
異形に対抗できる軍を。歴史の英雄たちと“並ぶ”軍を」
廠は思わず笑ってしまう。
「いやいやいや…それってつまり、俺が劉備や曹操や孫権と…“覇権争い”するってことじゃん」
織は真剣なまま頷く。
「そうよ。あなたが軍を持つということは、天下の英雄たちと肩を並べ、時に争うということ」
廠は頭を抱えた。
(無理だろ…相手、三国志のトップ勢だぞ…)
だが、織は静かに言った。
「廠。あなたは異形を倒せる。そして…あなたの背中には、人を導く力がある」
廠は顔を上げる。
織は続ける。
「劉禅の時に、間違いなく異形の核を倒したのは、あなた」
「…そのあと、そのまま転生戻りしたんだったよな」
「そう…だから」
織の瞳は揺らぎなく、まっすぐだった。
「あなたが軍を作れば、異形に怯える民は必ず集まる。歴史の英雄たちも、あなたを無視できなくなる」
廠は深く息を吸った。
(……逃げられないのかもしれない)
異形が現れた以上、誰かが“新しい秩序”を作らなければならない。
そして―その役目を担えるのは、この世界で異形と戦える自分しかいない。
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「……分かった。軍を作る。異形を倒すための軍を」
織は静かに微笑んだ。
「廠ならできる。私も、ずっと支えるから、かつてのように」
廠は頷いた。
(劉備たちと争う未来が来るかもしれない…でも、異形を放っておくわけにはいかない)
その夜、廠の胸に“新しい覚悟”が生まれた。
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廠が織と交わり、静かに眠りへ落ちていったその夜。
外は深い闇に沈み、張世平の屋敷の灯りだけがかすかに揺れていた。
廠は夢の中で、どこか果てのない白い空間に立っていた。
風もなく、音もなく、ただ“存在だけ”がある世界。
その中心に、声が落ちてきた。
―神に代わり戦え、廠。
男とも女ともつかない、老いも若きも感じさせない、ただ“圧”だけを持つ声だった。
廠は思わず振り返るが、誰もいない。
異形は乱世を喰らう。
歴史は崩れ、世界は歪む。
それを正せるのは……お前だけだ。
軍を作れ。
人を導け。
神に代わり、この乱世を正せ。
その瞬間、廠の胸に熱が走った。
まるで心臓を直接掴まれたような衝撃。
そして、声は最後にこう告げた。
――お前が動けば、歴史は救われる。
白い世界が崩れ、廠は目を覚ました。
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隣では織が静かに眠っている。
その寝息は穏やかで、現実の温度を感じさせた。
だが廠の胸の奥には、夢の声がまだ残響のように響いていた。
(……決まったな)
織が言った「廠が軍を作るしかない」という言葉。
自分の中で迷っていた“覚悟”。
そして、夢の中で告げられた“使命”。
全部が一本の線で繋がった。
廠は天井を見つめ、静かに呟いた。
「…やるしかないんだな。俺が……軍を作る」
その声は、誰に向けたものでもなく、ただ自分自身への宣言だった。




