6.三国志の英雄たちの前で、異形相手に無双してしまった
劉備は穏やかに微笑み、廠へ手を差し出した。
「廠殿。我らも共に行きましょう。賊が大勢なら、力を合わせたほうがよい」
その瞬間、廠の胸の奥で、“歴史が動き始める音”が確かに鳴った。
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廠は劉備の差し出した手をしっかりと握り返した。
「助かる。廠だ。よろしく頼む」
劉備は穏やかに頷き、関羽と張飛も軽く会釈する。
張飛はニヤリと笑った。
「賊退治か! 面白ぇ、腕が鳴るぜ!」
関羽は静かに刀の柄に手を添えた。
「廠殿、道案内を」
廠は頷き、森へ続く道を指差した。
「賊は北の林道へ逃げた。馬を大量に引いてるから、速度は出ない。追いつける」
劉備は私兵たちを見渡し、声を張った。
「皆、廠殿に続け! 急ぐぞ!」
私兵たちの士気は高く、一斉に駆け出した。
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森の入口を抜けてしばらく進むと、馬の嘶きと怒号が聞こえてきた。
「いたぞ! あれだ!」
張飛が叫び、真っ先に飛び出す。
林道の先には、黒布で顔を覆った賊たちが馬を押さえつけながら慌てふためいていた。
「追いつかれた!? なんでこんなに早く―」
言い終わる前に、張飛が賊の一人を吹き飛ばした。
「おらァ!! 馬泥棒が!!」
関羽は静かに前へ出る。
その動きは流れるようで、賊たちが気づくより早く、三人が地に伏した。
「無駄な抵抗はやめよ」
劉備は私兵たちを指揮し、包囲を固める。
「囲め! 逃がすな!」
廠は木刀を構え、賊の中心へ突っ込んだ。
木刀とは思えぬ速度と重さで、賊たちが次々と倒れていく。
(……やっぱり三兄弟、強すぎるな)
数十人の賊は、わずか数分で制圧された。
私兵たちが馬を確保し、廠は息を整えながら周囲を見渡す。
「よし……これで――」
その瞬間だった。
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森の奥から、低く湿った音が響いた。
ズル……ズル……
廠の背筋が凍る。
(……この音、知ってる)
木々の影から、黒い影がいくつも蠢きながら姿を現した。
人の形をしているようで、していない。
骨がねじれ、皮膚が裂け、口だけが異様に大きく開いている。
異形の群れだった。
異形たちは、倒れた賊の骸に群がり、肉を引き裂き、骨を噛み砕いていた。
張飛が一歩後ずさった。
「お、おい兄者……なんだよ、あの化け物……!」
関羽でさえ、眉をひそめる。
「…妖か。いや、妖ですらない。人の形をしているが…これは、異様だ」
劉備は廠の横に立ち、低く問う。
「廠殿…あれが何か知っているか?まさか賊の仲間ではあるまい」
廠は木刀を握り直し、静かに答えた。
「異形だ。人を喰う化け物だ。賊の死体を餌にして、ここに集まってきたんだ」
異形たちは、血に濡れた口をゆっくりとこちらへ向けた。
獲物を見つけた獣のように、喉の奥で泡立つような声を漏らす。
「――アァァァ……」
私兵たちが一斉に後退する。
「ひっ……!」
「む、無理だ……あんなの相手にできねぇ……!」
張飛が叫ぶ。
「おい、本当に倒せるのかよ!?」
廠は深く息を吸い、木刀を地面に突き刺した。
「…やるか」
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廠は背中の袋から一本の槍を引き抜いた。
黒鉄の穂先が月光を反射し、鋭く光る。
劉備が驚いたように目を見開く。
「廠殿……槍も扱えるのか?」
「これが一番、異形を相手にしやすい」
廠は槍を軽く回し、地面を蹴った。
その動きは、さっきまでの木刀とは比べ物にならないほど鋭い。
張飛が思わず口笛を吹く。
「おいおい……なんだよその構え」
関羽は静かに頷いた。
「…廠殿。あなた、戦場を知っているな」
廠は槍を構えたまま、異形の群れを睨みつけた。
「賊は倒したが……ここからが本番だ」
異形たちが一斉に咆哮を上げ、四人へ飛びかかってくる。
「来るぞ!!」
廠は槍を突き出し、最前列の異形の頭蓋を貫いた。
血飛沫が散り、異形の身体が崩れ落ちる。
その瞬間―劉備・関羽・張飛は、廠の“本当の戦い方”を初めて目にすることになる。
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異形たちが一斉に跳びかかってきた瞬間、廠の視界が変わる。
世界が、遅くなる。
風が重く、音が遠く、異形の動きが粘つくように鈍る。
完全停止ではない。
廠が最も戦いやすい、スローモーションの世界。
(完全停止は、回避や峰打ちのときだけでいい)
廠の足が地を蹴る。
その動きは、劉備たちの目には瞬間移動に見えた。
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異形の爪が廠の顔面を狙って振り下ろされる。
廠はその軌道を見切り、槍を軽く突き出した。
――ドンッ!!
異形の頭蓋が、まるで陶器のように砕け散った。
廠は次の異形へ向かいながら、心の中で呟く。
(俺…筋トレしないから、火力無いけど、カウンターがめちゃくちゃ効くんだよね、相手はバケモンだからいいっしょ)
異形が横から飛びかかる。
廠は半歩だけ下がり、槍を突き上げる。
―バキィッ!!
異形の胸骨が砕け、巨体が宙を舞った。
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廠は槍を回しながら、淡々と異形を薙ぎ払う。
廠はタイムリープしてきたばかりで、見た目は若いが、かつての世界では五丈原から劉禅として、ずっと戦い続けてきた歴戦の最強歩兵だったのだ。
異形の群れが次々と倒れていく。
廠の動きは、まるで舞のように滑らかで、しかし一撃一撃が致命的だった。
張飛は呆然と呟く。
「…なんだよ、あの強さ…!」
関羽は静かに頷く。
「廠殿は……戦いの化身だ」
劉備は廠の背中を見つめ、胸の奥で確信した。
(この男と出会ったのは……天の導きかもしれぬ)




