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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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30/30

30.異形の大群、冀州を覆う そこへ現れた二つの鬼神

寿春近郊。


袁術軍と孫堅軍が衝突したその戦場に、突如として黒い霧が立ち込めた。


最初は誰も気に留めなかった。

だが、霧の中から“呻き声”が聞こえ始めた瞬間、戦場の空気は一変した。


「な、なんだあれは……!?」


孫堅軍の兵が叫ぶ。

霧の奥で、何かが蠢いていた。

次の瞬間、黒い影が地を這うように飛び出した。


異形。


それは、まるで戦の匂いに誘われたかのように、

孫堅軍でも袁術軍でもなく、ただ近くにいる者から順に喰らい始めた。

兵たちの悲鳴が戦場に響き渡る。


袁術は本陣で震えていた。

「な、なんだ……何が起きておる……!

わ、わしは皇帝だぞ……! 皇帝に逆らう気か……!」


だが、異形は皇帝の名など知らない。

ただ“死の匂い”に引き寄せられるだけの存在だった。

本陣の幕が破れ、黒い影が雪崩れ込む。


「ひ、ひぃぃぃ――!」


袁術の叫びは、すぐに途切れた。

異形は彼を喰い散らかすのではなく、まるで吸い込まれるように、袁術の身体を“中心”へと運んでいった。


----


戦場の中央。


そこには、ひときわ巨大な“塊”があった。

肉とも、霧とも、影ともつかない。


ただ、脈動している。

異形たちは、まるで帰巣本能に導かれるように、

喰った肉片も、奪った命も、すべてをその塊へと運び、そして自らも吸い込まれていく。


「……なんだ、あれは……」


孫堅は呆然と呟いた。


塊は、喰らうたびに膨れ、喰らうたびに脈動を強め、喰らうたびに“形”を得ていく。

まるで、何かが生まれようとしているかのように。


----


「全軍、退け! あれは戦う相手ではない!」


孫堅は即座に判断した。

袁術との戦など、もはやどうでもよかった。


あれは、戦の延長ではない。

“災厄”そのものだ。

孫策が叫ぶ。


「父上! あれは……異形の親玉か!?」


孫堅は歯を食いしばった。


「分からん。だが、あれが完成すれば……江東が滅ぶ!」


孫堅軍は総崩れになりながらも撤退を開始した。

その背後で、塊はゆっくりと、まるで胎動する獣のように蠢き続けていた。


孫堅は、振り返る。

しばらく躍動したあと、塊は消えた。


「消えただと」

孫堅は、その場に、呆然と立ち尽くしていた。


----


同じころ、冀州は、突如として黒い影に覆われた。

最初に悲鳴が上がったのは常山郡だった。

続いて真定、邯鄲、信都。

まるで地図の上を黒い染みが広がるように、異形が次々と現れた。


「報告! 各地で異形が発生! 被害甚大です!」


袁紹の本陣に、伝令が次々と駆け込む。

袁紹は立ち上がり、怒号を飛ばした。


「なぜだ! なぜ一斉に現れる!袁術の暴挙に呼応したというのか!?」


側近の田豊が静かに答える。


「殿。これは、もはや人の争いではございません。異形の“災厄”が、乱世に呼び寄せられております」


袁紹は拳を握りしめた。

「この袁本初が、化け物ごときに遅れを取るものか!全軍、出陣せよ!」


----


冀州の平野に、袁紹軍の旗が林立した。

騎馬隊が突撃し、弓兵が矢の雨を降らせる。

異形は次々と倒れたが、倒しても倒しても湧き出てくる。


「くそっ、きりがない!」

「怯むな! 押し返せ!」


その最前線に、二つの影があった。


一人は、長大な槍を振るう巨漢、文醜。


もう一人は、鋭い眼光で戦場を切り裂くように駆ける、顔良。


文醜が吼える。


「化け物だろうが何だろうが、まとめて薙ぎ払ってくれるわ!」


槍が唸り、異形が三体まとめて吹き飛ぶ。

顔良はその隙を逃さず、疾風のように駆け抜け、黒い影を次々と斬り裂いた。


「文醜、前に出すぎるな! 群れの中心を探すぞ!」


「分かってる! だが数が多すぎる!」


二人の奮戦により、袁紹軍の士気は大いに高まった。

その時、前線に袁紹自らが馬を駆って現れた。


「我こそは袁本初である!異形ごときに河北を荒らさせるな!」


その声に兵たちは奮い立ち、冀州の各地で異形の群れを押し返していった。


顔良が眉をひそめる。


「文醜…奴ら、ただの群れじゃない。動きに“意志”がある」


文醜も槍を構え直し、低く唸った。


「まるで、どこかに“親玉”がいるみてぇだな……」


袁紹は二人の言葉を聞き、険しい表情で戦場を見渡した。


「異形が進化している…?ならば、なおさら退けぬ!河北は我らが守る!」


袁紹軍は再び雄叫びを上げ、冀州の地で異形との激戦を続けていった。


----


冀州の平野で袁紹軍が異形と死闘を繰り広げていたその時、地平線の向こうから土煙が立ち上った。


「援軍か!? いや、あの旗は」


神軍の旗。


そして、その横には赤兎馬を先頭にした呂布の騎馬隊。


次の瞬間、戦場の空気が一変した。


紅陽が先頭に立ち、神軍の騎馬隊を率いて突撃する。

呂布もまた、戟を掲げて吼えた。


「化け物ども、皆殺しだ」


二つの騎馬隊が左右から異形の群れへ突っ込んだ。

その勢いは、まるで暴風が黒い海を割るかのようだった。


紅陽の方天戟が閃くたびに、異形が霧散する。

呂布の方天戟が振るわれるたびに、黒い影が吹き飛ぶ。


十万を超えるであろう異形の群れは、

数では圧倒しているはずなのに、押し返されていた。


「ば、化け物どもが……後ずさっている……?」


袁紹軍の兵が震える声で呟く。

異形は恐れを知らぬ存在のはずだった。


痛みも、死も、恐怖も理解しない。

ただ喰らうだけの災厄。


だが今、紅陽と呂布の騎馬隊が切り裂くたびに、異形は“本能的な怯え”を見せていた。


黒い影がざわめき、後退し、まるで二つの騎馬隊を避けるように波打っていく。


紅陽が叫ぶ。

「俺達を恐れるか、化け物ども!」


呂布は笑い、さらに馬を走らせた。

「ならば、恐怖を刻みつけてやろう!我らこそ、この乱世の鬼神よ!」


紅陽と呂布の突撃は、冀州の戦場を一気に塗り替えていった。


----


冀州の平野に、ようやく静寂が戻りつつあった。

異形の群れは全滅した。

そのほとんどが、紅陽と呂布の騎馬隊によって蹴散らされたのだ。


黒い霧が晴れ、地面には異形が霧散した残滓だけが残っていた。

だが、戦場に立つ者たちは勝利の実感よりも、別の感情を抱いていた。


「……終わった、のか?」


袁紹軍の兵が呟く。

その声には安堵よりも、戸惑いが混じっていた。


紅陽は馬上で周囲を見渡し、眉をひそめた。


「殿。今回は…核がいませんでした」


呂布も戟を肩に担ぎ、険しい表情で頷く。


「群れの中心がいない。ただ暴れ回るだけの雑兵ばかり……妙だな」


異形は確かに全滅した。

だが、群れを殲滅し始めると必ず出てくるあの巨大な個体。


群れを統率する“中心”は、どこにも現れなかった。

その不気味さが、戦場に残った者たちの胸をざわつかせていた。


----


やがて、袁紹が護衛を連れて廠のもとへ歩み寄った。


「廠殿、そして呂布殿。冀州を救ってくれたこと、感謝する」


袁紹の声には、覇者としての威厳と、今だけは素直な礼が混じっていた。


廠は軽く頭を下げる。


「冀州の民を守るのは当然のこと。異形は、我らが討つべき敵です」


顔良と文醜も近づき、紅陽と呂布を見て目を見張った。


「まさか……あれほどの群れを押し返すとは」

「神軍と呂布殿、恐るべき武よ……」


紅陽は肩をすくめる。


「俺たちはただ、殿の命に従っただけだ」


呂布は鼻で笑った。


「異形が弱いだけだ。次はもっと強いのを連れてこいと言いたいくらいだ」


----


袁紹と廠は、戦場の外れに簡易の幕舎を設け、互いの情報を交換した。


江東で発生した巨大な塊、袁術が喰われたこと、

異形が統率されている兆候、今回、冀州に核が現れなかった理由。


袁紹は腕を組み、険しい顔で言った。


「江東で生まれかけた“何か”が、冀州には来なかった。つまり、まだどこかに潜んでいるということか」


廠は静かに頷く。


「異形は乱世に呼ばれます。戦が続く限り、奴らは何度でも現れるでしょう」


袁紹は深く息を吐いた。


「ならば、我らは我らの戦を続けるしかあるまい。廠殿、今回は助かった」


廠もまた、礼を返す。


「冀州の民を守れたのは、袁本初殿の軍が踏ん張ったからです」


短い握手が交わされ、その後、両軍はそれぞれの本拠地へ戻る準備を始めた。

呂布軍は涿郡へ、

袁紹軍は邺へ。

戦場には、風だけが残った。

だがその風は、次の災厄がすでにどこかで蠢いていることを告げているようだった。

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