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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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27.董卓死す――呂布、異形殲滅を誓う

董卓が最後に残ったあの荒野から、三日後――。


洛陽の空は、灰色の煙に覆われていた。

連合軍が去った後も、曹操軍だけは洛陽に留まり、荒れ果てた都の周囲を巡り、異形の残滓を警戒していた。


その日の夕刻。


洛陽の北門に、砂煙を上げながら一団が駆け込んできた。

疲れ切った民。

血に染まった兵。

そして、その中心に、帝の輿があった。


「止まれ! 名を名乗れ!」


曹操軍の兵が槍を構えるが、輿の前に立った近衛が叫んだ。


「我らは長安より逃れてきた! 帝をお守りしている!」


その言葉に、兵たちは息を呑んだ。


すぐに報告を受けた曹操が、馬を走らせて北門へ向かう。

帝の姿を認めた瞬間、曹操は馬を降り、膝をついた。

「陛下……長安は、どうなされたのです。」


帝は震える声で答えた。


「董相国は、異形に抗しきれず…民を逃がし…自ら殿を務め…」


言葉はそこで途切れ、帝の目から涙がこぼれた。

曹操は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。

董卓の最期を悟ったのだ。


「…そうでしたか」

帝の周囲には、疲弊しきった民が膝をつき、

幼子を抱えた母が泣き崩れていた。

曹操は立ち上がり、家臣たちに命じた。


「帝をお迎えせよ。民には食を与え、休ませよ。洛陽は荒れているが、我が軍が守る。安心なされよ」


民の間に、安堵の声が広がる。

帝は、涙を拭いながら曹操を見つめた。


「曹孟徳…そなたは、ここに留まっていたのか。」

「はい。洛陽を見捨てることはできませぬ。

陛下がここへ来られたのも、天の導きでございましょう。」


曹操の声は静かだったが、その言葉には揺るぎない決意が宿っていた。

帝は小さく頷き、震える声で言った。


「…そなたに、頼りたい。」


曹操は深く頭を垂れた。

「この曹操、命に代えても陛下をお守りいたします。」


その瞬間、洛陽の荒野に取り残された一軍が、“帝を抱く唯一の勢力”となった。

そして曹操は、乱世の中心へと歩み出していく。


----


洛陽の北門を出て半日。

曹操は一万の兵を率い、長安へ向かう荒野を進んでいた。

帝を守るために洛陽へ残した一万。

そして、董卓救出のために動く一万。

曹操の胸中には、重い決意があった。


「董卓が死ねば、異形はさらに広がる。今は、争っている場合ではない」

そのときだった。

前方の地平線に、砂煙が立ち上った。


「敵か?」

夏侯惇が目を細める。


だが、近づくにつれ、その影は敵ではないと分かった。

五百の騎馬隊、その先頭に立つのは、呂布だった。

曹操は馬を止め、呂布の姿を見て眉をひそめた。


「呂布か」


呂布は馬上で息を荒げる。

「くそ、数が多すぎるのだ」

その顔には、あの呂布とは思えぬ焦りが浮かんでいた。


曹操は静かに問いかける。

「異形か。」

「城壁を喰らう化け物だ」


呂布は拳を震わせた。

「董卓は、殿しんがりを務めている」


曹操は馬を進め、呂布の目をまっすぐに見据えた。

「我が軍一万を合わせれば、あるいは」


呂布は即座に言い切った。

「無理だ。曹操、お前の軍を合わせても、まだ足りん」

その言葉は、戦場を知る者の“断言”だった。


曹操は短く息を吐いた。

「…董卓は、どうした。」


呂布は唇を噛み、悔しさを押し殺すように答えた。

「…巨大な異形を引きつけている、俺に逃れるように言った」


曹操は目を閉じ、静かに言った。

「そうか。董卓は…最後まで戦っているのだな」


呂布は拳を握りしめた。

「助けに戻りたいが、曹操、お前の軍を合わせても…勝ち目はない」


曹操が言う。

「今は退こう、呂布殿はどうする?」

「どうするもこうするも無い、あれに勝てるのは奴らだけだ」

呂布は、手勢五百を連れて去っていった。


向かう先は、廠のいる涿郡だった。


----


数日後。

涿郡の外縁に、五百の騎影が現れた。


かつては静かな郡城だった涿郡は、今や巨大な城壁と広大な市街を持つ“北方最大の都市”へと変貌していた。

街道には荷車が行き交い、周囲には新たに開墾された農地が広がり、その中心には――神軍の旗が翻っていた。


その郊外で、紅陽が騎馬隊の調練をしていた。

砂煙の向こうから迫る五百騎を見て、紅陽は目を細める。


「…あれは、呂布殿?」


呂布の馬は限界に近く、彼自身も血と砂にまみれていた。

紅陽はすぐに駆け寄り、手綱を掴んだ。


「どうした、その有様は」


呂布は息を荒げながら、紅陽の肩を掴んだ。

「長安が…喰われた。董卓が殿を務めている、助けに戻りたい」


紅陽の表情が一瞬で険しくなる。

「分かった。すぐに殿へ伝える」


----


報告を受けた廠は、迷いなく命じた。

「神軍、出るぞ。呂布殿の五百騎も加われ。長安へ向かい、董卓殿を救う」


八千の支援兵が街の防衛に残り、

一千の歩兵が武具を整え、そして、紅陽率いる五百騎が、呂布の五百騎と並び立つ。

呂布は疲労で今にも倒れそうだったが、その眼だけは燃えていた。


廠が馬に跨り、二つの五百騎を見渡した。

「行くぞ、董卓殿を死なせはしない。」


呂布は深く頷き、声を張り上げた。

「長安へ! 董卓を救うために!」


こうして、呂布五百騎と神軍五百騎、“千の牙”が、長安へ向けて荒野を駆け出した。


董卓の命を繋ぐために。

異形の脅威に立ち向かうために。

そして、乱世の流れを変えるために。


----


長安の城壁が見えたとき、呂布は馬上で息を呑んだ。

そこにあったのは、かつて董卓が守ろうとした都の姿ではなかった。


城門は半ば崩れ、街路は黒く焦げ、建物は骨のように立ち枯れている。

そして、異形の姿は、一匹たりとも無かった。


「…消えたのか」


紅陽が呟く。

神軍の五百騎も、呂布の五百騎も、誰一人として声を出せなかった。

異形が去った後に残るのは、ただ“喰われた跡”だけ。


呂布は馬を降り、ふらつく足で廃墟の中へ歩き出した。

誰も止められなかった。


長安の中心部、かつて董卓が軍議を開いた場所の近くで、呂布はそれを見つけた。


首の無い、大柄な男の死体。

鎧は砕け、腕は折れ、しかし、その体は最後まで前へ進もうとした姿勢のまま倒れていた。


呂布は膝をつき、震える手でその身体に触れた。


「董卓」


声は掠れ、喉の奥で潰れた。

紅陽も、神軍の者たちも、遠巻きにその姿を見守るしかなかった。


----


呂布は静かに土を掘り、董卓の亡骸を丁寧に埋葬した。

その動きは、戦場の猛将ではなく、ただ一人の男としてのものだった。


墓を作り終えると、呂布は戟を地面に突き立て、その前に膝をついた。

「董卓、俺は…」

言葉が続かない。


喉が震え、胸が焼けるように痛む。

やがて、呂布は顔を上げ、墓標を睨みつけるように見据えた。


「必ず俺の手で、化け物共を」

拳を握りしめ、血が滲むほどに力を込める。


「一匹残らず、駆逐してやる」

その誓いは、長安の静寂に吸い込まれ、風に乗って荒野へと消えていった。


呂布は立ち上がり、涙の跡を拭うことなく、咆哮を上げる。


こうして、董卓の死は呂布の心に深い傷と、異形殲滅という新たな宿命を刻みつけた。

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