23.虎牢関、覇者交代――華雄・呂布・大異形・そして神軍
虎牢関前。
華雄が異形と斬り結ぶ轟音が響く中、連合軍本陣では混乱が広がっていた。
兵たちは異形の姿を遠巻きに見つめ、恐怖に震えている。
「な、なんだあの化け物は……」
「冀州で噂に聞いたやつだ……本当にいたのか……」
幕舎の中で、袁紹は顔を青ざめさせながらも、必死に威厳を保とうとしていた。
「異形がこちらに来るようなら、迎撃せよ」
その声は震えていたが、命令としては強い響きを持っていた。
周囲の将たちは顔を見合わせる。
「迎撃……できるのか?」
「いや、しかし袁紹様の命令だ……」
兵たちは槍を握りしめるが、足はすくんで動かない。
曹操は袁紹の命令を聞き、静かに息を吐いた。
「迎撃、か。だが、あれを相手に簡単にはいかんな」
袁紹が振り返る。
「曹操、何か言いたいのか?」
「異形は兵を喰らう。恐怖した兵を前に出せば、ただ餌を差し出すだけだ。」
袁紹は言葉を失う。
「では、どうしろと言うのだ?このまま見ているだけというわけにはいかんだであろう」
曹操は虎牢関の方角を見つめた。
「異形は今、董卓軍だけを喰らっている。連合軍に向かう気配はない。
無闇に動けば、逆にこちらへ引き寄せるだけだ。」
袁紹は悔しげに唇を噛む。
「だが、何もしないわけには」
「何もしないのではない。動くべき時まで動かないだけだ」
曹操の言葉は冷静で、しかし確信に満ちていた。
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虎牢関の門が大きく開き、地を震わせる蹄音が響いた。
赤兎馬――血のように赤い毛並みを持つ名馬が、まるで炎をまとったように駆け出す。
その背に乗るのは、ただ一人。
呂布・奉先。
黒金の甲冑が陽光を反射し、方天戟が唸りを上げる。
彼が現れた瞬間、戦場の空気が変わった。
兵も異形も、まるで“圧”に押されるように動きを止める。
呂布は叫ぶでもなく、ただ一言だけ呟いた。
「どけ」
その声は低く、しかし戦場全体に響き渡るような重さを持っていた。
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呂布が赤兎馬を蹴ると、騎馬隊が一斉に続いた。
その突撃は、まるで暴風のようだった。
異形が跳びかかれば、呂布の戟が一閃して粉砕し、立ちはだかる異形は、赤兎馬の蹴りで吹き飛び、騎馬隊はその隙を逃さず、次々と異形を切り裂いていく。
華雄が苦戦していた異形の群れが、呂布の突撃によって一気に押し返される。
董卓軍の兵たちは歓声を上げた。
「呂布将軍だ!」
「奉先様が出たぞ!」
「これで勝てる!」
連合軍の兵は逆に息を呑む。
「あれが……呂布……」
「人の身で、あの異形を……!」
曹操は目を細め、呟いた。
「……あれが、呂布か」
袁紹は震える声で言う。
「呂布が出てきた以上、虎牢関は容易には崩れぬ……!」
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赤兎馬の蹄音、異形の咆哮、兵たちの悲鳴が入り混じる混沌の中、虎牢関前の原野に、三つの影が現れた。
廠、紅陽、紅仁。
神の旗を掲げた、神軍だった。
その瞬間、戦場の空気がわずかに揺らいだ。
異形が振り返り、兵たちが息を呑む。
廠は一歩前に出て、戦場全体に響く声で叫んだ。
「人間同士で争っている場合か」
その声は、呂布にも、連合軍にも、董卓軍にも届いた。
戦場の中心に立つ者だけが持つ、圧倒的な“通る声”だった。
曹操はその声を聞き、目を細める。
「あれが、神軍の長か。」
袁紹は驚愕しながら呟く。
「何者だ…あの男は…?」
廠の叫びが響いた直後、虎牢関脇の山が大きく揺れた。
岩が崩れ、土煙が舞い上がる。
その中から、巨大な影が姿を現した。
体長は十数丈、黒鉄の鱗が陽光を反射し、口からは黒い瘴気を吐き、目は血のように赤く光る。
まるで竜そのものだった。
兵たちは恐怖で声を失い、呂布でさえ一瞬だけ動きを止めた。
紅陽が震える声で言う。
「殿」
「ああ…やべえのが出てきたな」
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華雄は竜の姿を見て、怒号を上げた。
「化け物め! この華雄が相手だ!」
大刀を構え、竜へ向かって突進する。
その勇気は確かに本物だった。
だが――竜は華雄を“敵”とすら認識していなかった。
巨大な顎が開き、影が覆いかぶさる。
「うおおおおお――」
華雄の叫びは、竜の咆哮にかき消された。
次の瞬間、華雄の巨体は丸ごと飲み込まれた。
董卓軍の兵たちは絶叫し、連合軍の兵は震え上がる。
呂布はその光景を見て、初めて表情を変えた。
「…面白い」
だが、その声にはわずかに“警戒”が混じっていた。
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華雄が竜のような大異形に丸ごと飲み込まれた瞬間、董卓軍の兵たちは完全に戦意を失った。
「ひ、ひぃっ……!」
「華雄将軍が……食われた……!」
「逃げろ! 逃げろぉ!!」
誰かが叫ぶと、堰を切ったように兵たちは四方へ散り始めた。
兵たちは盾を捨て、槍を落とし、ただ生き延びるために背を向けて走り出す。
その背中を、大異形の影が覆いかぶさる。
一方、連合軍の兵たちは、逃げることすらできなかった。
目の前で華雄が飲み込まれ、董卓軍が崩壊し、呂布でさえ竜の前で動きを止める。
その光景は、兵たちの心を完全に折った。
「……無理だ。」
「勝てるわけがない……」
「あんなもの、人の手でどうにかできるはずが……」
槍を握る手が震え、足は地面に縫い付けられたように動かない。
袁紹の命令も、曹操の冷静な言葉も、兵たちの耳にはもう届いていなかった。
ただ、恐怖だけが戦場を支配していた。
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紅陽は槍を構え、廠を見る。
「殿…あれを討つのですか?」
廠は竜を見据え、静かに頷いた。
「あれを放置すれば―この戦場は地獄になる。やるしかないな」
紅仁が息を整え、刀を抜く。
「神軍、出陣ですね。」
廠は短く答えた。
「行くぞ。」
神軍が動き出した瞬間、戦場の“第三の勢力”が本格的に姿を現した。




