20.洛陽炎上、涿郡静謀
霊帝が病に伏し、宮中では宦官と外戚が互いに疑い合い、権力を奪い合っていた。
帝が死んだその日、洛陽の空気は凍りついたように重くなった。
十常侍は皇太子を擁立しようとし、外戚の何進は宦官を一掃しようと兵を集める。
だが、どちらも自分の利益しか見ていない。
宮中の争いは、もはや政ではなく、ただの殺し合いだった。
洛陽の街では、民が怯えながら囁き合う。
「帝が死んだ……これからどうなる」
「宦官と外戚が争えば、都は火の海になるぞ」
その混乱のただ中に、ひとりの武人が呼び寄せられる。
涼州の猛将、董卓である。
何進が宦官に殺され、十常侍が皇帝を連れ去るという大混乱の中、董卓は兵を率いて洛陽へ入った。
都はすでに血の匂いで満ちていた。
董卓は皇帝を掌に収めると、わずか数日のうちに朝廷を支配した。
幼い少帝を廃し、献帝を擁立し、自らは相国として権力を握る。
洛陽は、帝都ではなく、董卓の砦となった。
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譙県に戻っていた曹操のもとにも、その報せは、すぐに届いた。
董卓が帝を操り、朝廷を私物化している。
その夜、曹操は灯火の下で静かに筆を取る。
「天下の志ある者よ。董卓は、帝室を辱めている。これを討たずして、どうして後漢を名乗れようか」
檄文は、各地の太守・刺史・豪族へと送られた。
その言葉は、怒りと恐怖に揺れる諸侯の心を強く揺さぶった。
・袁紹
・袁術
・孫堅
・公孫瓚
・劉岱
・孔融
次々と名乗りを上げ、反董卓の旗が各地で翻る。
曹操は静かに馬に跨がった。
譙県の空は曇り、風は冷たかったが、その瞳には確かな光が宿っていた。
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董卓が洛陽を制圧し、献帝を擁立したという報せは、涿郡にも遅れて届いた。
豪族たちはざわめき、商人たちは怯え、民は先の見えぬ乱世に不安を募らせる。
だが、廠の屋敷――張世平の離れに構えた神軍の拠点だけは、奇妙なほど静かだった。
織が集めた間者たちが、次々と洛陽の情報を持ち帰る。
「曹操殿は檄文を送り、諸侯が続々と挙兵を……」
「涿郡でも、袁紹配下の者が兵を募り始めています」
紅陽は眉を寄せ、紅仁は槍を握りしめる。
「殿…このままでは、戦火がこちらにも及びます。反董卓連合に加わるべきでは?」
廠は首を横に振った。
その瞳は、乱世ではなく、もっと深い闇を見据えていた。
「人が人を殺す争いに、俺たちは関わらない。神軍は“異形を討つ者”だ」
紅陽は息を呑み、紅仁は静かに頷いた。
「……では、どう動かれますか」
廠はしばし目を閉じ、三国志の歴史を思い返していた。
やがて静かに口を開く。
「異形は―大きな戦になればなるほど、数を増す。これまでの出現の傾向から見ても、間違いない」
紅陽が眉を寄せる。
「連合軍と董卓軍がぶつかれば……あの戦場にも?」
「ああ。ほぼ確実に現れるだろう。だが、俺たちがどちらかの陣営につく必要はない。
神軍はあくまで“異形を討つ者”だ。人の争いに肩入れするつもりはない」
紅仁が槍を握り直し、静かに頷いた。
「……承知しました。廠様の戦場は、人ではなく異形、ということですね」
紅陽もまた、迷いを振り払うように深く頷いた。
「神軍は、異形の殲滅に専念します」
廠は二人の顔を見渡し、わずかに微笑んだ。
「それでいい。乱世がどう転んでも、俺たちの役目は変わらない」




