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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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17/22

17.江東の虎と安喜の義、怪異迫る乱世の幕開け

冀州から遠く離れた江東の地にも、異形の噂は届いていた。

黄巾賊が各地で暴れ、戦が起これば必ず“何か”が現れる――そんな不気味な風聞だ。


孫堅は、行軍の最中に駆け込んできた村人の訴えを聞いた。

「孫堅様! 村が……黄巾と、得体の知れぬ怪物に……!」


孫堅は眉をひそめた。


「怪物、だと?」

「はい! 人の形をしているようで……子供のようで……死体に群がって……!」


兵たちがざわめく。

だが孫堅は、わずかに口角を上げた。


「面白い。行くぞ」

馬に飛び乗ると、部下が追いつくより早く駆け出した。


「孫堅様、単騎は危険です!」

「遅れるな!」


その声は、戦場を切り裂くように鋭かった。


----


村の外れに着いたとき、異形の群れが見えた。

黄巾賊の死体に群がり、骨まで喰らうようにむさぼっている。

孫堅は馬を止め、目を細めた。


「……なるほど。噂どおりだな」


異形は人の子のような姿をしている。

だがその動きは獣じみており、目には理性の光がない。

孫堅は剣を抜いた。


「俺が先に行く。続け!」


馬腹を蹴り、ただ一騎で群れへ突っ込んだ。

異形が一斉に振り向く。

その瞬間、孫堅の剣が閃いた。

一体、二体、三体――

斬られた異形は悲鳴も上げず、ただ崩れ落ちる。


「孫堅様、援護します!」


後続の兵が駆け込んできた。


「怯むな! こいつらは戦うための兵ではない。死肉を喰うだけの獣だ!」


孫堅の声に、兵たちの士気が一気に上がる。

異形は数こそ多いが、統率がない。

ただ群れ、ただ喰らうだけ。

孫堅は斬り伏せながら、冷静に観察していた。


「……生きている者より、倒れた者に集まるか。やはり“戦を喰らう”怪異だな」


やがて、最後の一体が槍に貫かれた。

村に静寂が戻る。

兵の一人が息をつきながら言った。


「孫堅様……思ったより弱いですな」


孫堅は剣についた血を払った。


「弱いからこそ厄介だ。戦が続けば、いくらでも増える」


その目は、遠くを見ていた。


「冀州では曹孟徳が異形を討ったと聞く。涿郡には神の旗を掲げる義勇軍もいるらしい」


兵が驚いたように顔を上げる。

「文台様、まさか……」


孫堅は笑った。


「戦乱が広がるほど、怪異も増える。ならば俺が斬り払うまでよ」


江東の虎と呼ばれる男の声は、迷いなく響いた。


----


劉備が張角の最期を官軍に報告すると、宮廷からは中山国・安喜県の県尉を任じられた。

涿郡から安喜までは徒歩で二、三日、馬なら一日半ほどの近さであり、廠の軍とも行き来できる距離である。


赴任した劉備は、まず役所に座るよりも先に、民の声を聴くことに心を砕いた。

荒れた村を歩き、井戸端に集う老人に耳を傾け、畑に立つ農夫に言葉をかけ、子どもたちの遊ぶ姿を見守る。


「まずは、この地の息づかいを知らねばならぬ」

そう語る劉備の姿に、安喜の民は次第に顔を上げ始めた。


異形の正体を突き止めなければ、この世界に平和など訪れはしない。

劉備も、関羽も、張飛も、それを痛いほど理解していた。


黄巾の乱の戦場で見た“あの怪物”は、戦そのものに引き寄せられ、死者を喰らい、混乱を増幅させる。

放置すれば、いずれ天下を呑み込む災厄となるだろう。


だが――。


「まずは、民だ」


劉備はそう言って、安喜県に赴任したその日から、役所に籠もることをしなかった。


涿郡から安喜までは馬で一日半。廠の軍とも行き来できる距離である。


それでも劉備は、軍勢を動かす前に、荒れ果てた村々を歩き、倒れた家屋を見上げ、

井戸端に集う老人や、畑に戻れず困り果てた農夫たちの声に耳を傾けた。


「異形を討つのは、いずれ必ずやる。だが、民が立ち上がれぬままでは、戦う土台すら築けぬ」


関羽は黙って頷き、張飛は腕を組んで鼻を鳴らした。

三人とも、戦うことよりも難しい“復興”の重さを知っていた。


劉備は、壊れた橋を修繕するために兵を派遣し、

飢えた村には廠の軍からの援助を取り付け、

孤児となった子どもたちには、読み書きを教える場を作った。


戦乱の爪痕が深いほど、劉備の足は止まらなかった。

やがて、安喜の民は口々に語るようになる。


「劉備様は、戦の英雄ではなく、我らのために動いてくれる人だ」

「黄巾の乱で疲れ果てたこの地に、ようやく人の心を持つ役人が来た」


その噂は、隣郡へ、さらに遠くへと広がっていった。

こうして、劉備の名声は静かに、しかし確実に轟き始める。


----


安喜に劉備が県尉として赴任してきたころ、廠の名はすでに冀州から遠く離れた地にまで届いていた。


張世平の商隊が扱う馬は、どれも精悍で、戦場で異形を蹴散らしたという噂までついて回る。


「異形すら退ける大商人・張世平の馬」


そんな触れ込みが各地で囁かれ、商売は空前の繁盛を見せていた。

もちろん、その噂の半分は織が軍資金を集めるために巧みに流したものだ。

だが、残りの半分――廠が実際に異形を退けたという事実は、誰も否定できなかった。


廠は、冀州で命を救ってくれた劉備のことを忘れていない。

安喜の民が黄巾の乱で疲弊していると聞くと、張世平の商隊を通じて、馬や資金、食糧を送り届けた。


「恩は返す。あの人は、返すに値する人だ」


廠はそう言って、涼しい顔で荷を積ませた。

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