15.涿郡帰還――再会の夕餉と、語られた真実
劉備軍と共に街道を進むうち、兵たちの表情にも少しずつ安堵が戻っていく。
冀州の地獄を生き延びたという実感が、ようやく胸に落ちてきたのだ。
劉備が廠の横に馬を寄せる。
「廠殿。涿郡に戻れば、しばし休めましょう。
私の生家もこの地にあります。義勇兵たちも、そこで再編できます。」
廠は頷いた。
「劉備。お前たちが来てくれなければ、俺たちは……本当に終わっていた。
恩は忘れない。」
劉備は柔らかく笑った。
「困った時はお互い様です。
また力を貸し合いましょう。」
やがて街並みが見え、涿郡の門が開く。
戦場とは違う、穏やかな人々の声が聞こえてきた。
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涿郡の中心で、廠と劉備たちは一度別れることになった。
関羽は静かに礼をし、張飛は豪快に笑いながら廠の肩を叩いた。
「廠! また一緒に暴れようぜ!」
「……ああ。次はもっと強い敵が来るかもしれないがな。」
「望むところよ!」
劉備は深く頭を下げた。
「廠殿。あなたの戦いは、必ずこの乱世を変えます。
また会いましょう。」
廠は頷き、紅陽・紅仁と共に張世平の屋敷へ向かった。
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屋敷が見えてきた頃、廠は歩みを緩め、二人に向き直った。
「…紅陽、紅仁。言っておくべきことがある。」
紅陽が眉を上げ、紅仁は静かに耳を傾ける。
「かつて、張皇后であった織。俺の愛する織は、張世平の娘として生まれ変わっている」
紅陽は目を見開き、紅仁は驚きに息を呑んだ。
「……殿。それは……本当ですか?」
「ああ。間違いない。あの目も、声も、気配も……全部、織のものだ。」
紅陽はしばらく黙り、そしてぽつりと呟いた。
「…なら、かすみも…」
廠は紅陽を見た。
「…見つかっていないのか?」
紅陽は苦笑し、しかしその目はどこか切なかった。
「…ああ。ずっと探している」
紅仁が優しく頷く。
「兄上と私も記憶が戻ってからは、兄上は殿とかすみ様をずっと探していたんです」
紅陽は照れくさそうに頭をかいた。
「まあ……そんなところだ。」
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屋敷の門をくぐると、廊下の奥から軽やかな足音が近づいてきた。
「お帰りなさいませ、廠様!」
明るい声とともに姿を現したのは―かすみだった。
紅陽はその場で固まった。
かすみもまた、紅陽を見て目を丸くする。
「…紅陽…?」
次の瞬間、かすみは駆け寄り、紅陽の胸に飛び込んだ。
「紅陽!無事だったんですね…!ずっと…ずっと…」
紅陽は驚いたまま動けなかったが、やがて震える手で、そっとかすみの背に腕を回した。
「…会いたかった。本当に……会いたかったんだ…」
その声は、戦場では決して聞かせないほど弱く、
しかし誰よりも強い想いに満ちていた。
かすみは涙を流しながら、紅陽の胸に顔を埋めた。
「私も…!ずっと…!」
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廠と紅陽、紅仁がかすみの涙の再会を見守っていると、
廊下の奥から、もうひとつ軽やかな足音が近づいてきた。
その気配に、廠は自然と顔を上げた。
「……織」
「廠……無事でよかった」
織は胸に手を当て、安堵の息を漏らした。
廠は小さく頷き、かすみと紅陽の方へ視線を向ける。
「かすみがいたんだな」
「ええ。たまたま街で、それらしい子を見かけて……声をかけてみたら、やっぱりかすみだったの。迷っているようだったから、放っておけなくて。」
廠は、まだ抱き合ったままの二人を見つめた。
「……かすみも、覚えていたのか?」
織は静かに頷いた。
「ええ。全部よ。
あなたと同じように――あの時代のことも、あの戦いも。」
その声には、確信と、どこか切なさが混じっていた。
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その日の夕餉は、廠と織、かすみ、紅陽、紅仁の五人で囲むことになった。
戦場の緊張とはまるで別世界のように、張世平の屋敷には温かな灯りと、煮物の香りが満ちていた。
張世平本人は席にいない。
街を救った英雄の父として、あちこちから宴や商談の誘いが舞い込み、
「すべて商いにつながる」と言っては、忙しなく出歩いているらしい。
静かな食卓の中、廠は箸を置き、ふと口を開いた。
「…あの異形の塊だが、ただの巣じゃない。俺には…タイムマシンのように思えてならない。」
紅陽が顔を上げ、紅仁が息を呑む。
織も手を止め、廠の言葉を待つように視線を向けた。
廠は続けた。
「異形が次々と吸い込まれ、最後には塊ごと消えた。あれは“死んだ”んじゃない。
どこかへ……“移動した”んだ。」
食卓の空気がわずかに張りつめる。
「もし本当に時を越える装置だとしたら……
異形はまだ終わっていない。
また別の場所、別の時代に現れる可能性がある。」
織は静かに頷いた。
紅陽はかすみの手を握りながら、低く呟いた。
「……また戦うことになるのか。」
廠は皆の顔を見渡し、ゆっくりと頷いた。
「だが、今は休もう。次に備えるためにもな。」
温かな夕餉の席に、戦場とは違う静かな決意が流れていた。




