14.張角、異形に喰われる――冀州砦の真実
砦の中は、まるで“生き物の腹の中”のようだった。
倒れた黄巾賊の骸がそこかしこに転がり、その周囲には黒い染みが脈打つように広がっている。
そして―異形の群れが、列をなして歩いていた。
まるで何かに導かれるように、あるいは“帰巣本能”に従うように、
ゆっくりと、しかし迷いなく中央の広場へ向かっている。
「…行列?」
紅仁が震える声で呟いた。
異形は廠たちに目もくれず、ただ前へ進む。
その異様な静けさが、逆に恐怖を煽った。
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砦の中心部――広場に到達した瞬間、廠は目を見開いた。
そこには、ひときわ巨大な“塊”があった。
黒い肉塊のようなものが脈動し、表面には無数の目のようなものが開いたり閉じたりしている。
耳を澄ませば、低い唸り声とも、呻き声ともつかない音が響いていた。
異形たちは、その塊の前に来ると、まるで吸い込まれるようにして“消えていく”。
「……喰われているのか?」
紅陽が馬上で息を呑む。
異形が塊に触れた瞬間、黒い液体のように溶け、吸い込まれていく。
その度に、塊の脈動が強くなる。まるで――“力を蓄えている”かのように。
あの巨大な塊は、異形が時を越えるための装置―タイムマシンだった。
だが、廠も、劉備も、紅陽も、紅仁も、その事実を知る由もない。
彼らの目には、ただ“異形の巣”にしか見えなかった。
しかし、塊の内部では、異形たちが喰らった肉体と記憶が混ざり合い、“時の座標”が歪み始めていた。
塊の中心部が、ぼうっと光を帯びる。
「……光ってる?」
紅陽が目を細める。
「何かが……始まるぞ」
廠は槍を握り直した。
最後の一体が塊に触れ、黒い液体のように溶けて吸い込まれた。
その瞬間、塊の表面に走っていた“目”のようなものが一斉に閉じる。
脈動が止まった。
空気が、張り詰める。
「……終わったのか?」
紅陽が馬上で息を呑む。
「いや……何かがおかしい。」
廠は一歩前へ出た。
塊は、まるで呼吸を止めたかのように静止していた。
だが、その沈黙は“死”ではなく、完了のように見えた。
次の瞬間だった。
塊の中心が、ぼうっと光を帯びた。
白でも黒でもない、色の概念から外れたような光。
「……っ!? 眩しい!」
紅仁が腕で目を覆う。
光は一瞬で広がり、砦の広場全体を包み込んだ。
風が逆巻き、地面が震え、空気が裂けるような音が響く。
そして―塊は、跡形もなく消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
異形の残骸も、黒い染みも、すべてが吸い込まれたように消失していた。
「……消えた?」
劉備が呆然と呟く。
「いや……違う。」
廠は槍を下ろし、地面を見つめた。
そこには、塊があったはずの場所に、円形に焼け焦げたような痕跡だけが残っていた。
「まるで……どこかへ飛んだような……」
紅陽が言葉を探す。
紅仁が眉をひそめる。
「殿。あれは……何だったのでしょうか。」
廠は答えられなかった。
胸の奥に、説明できない違和感が残る。
まるで、異形が“別の場所”へ移動しただけ
そんな感覚。
だが、廠たちはまだ知らない。
あれが―
異形が時を越えるための“タイムマシン”
だったことを。
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異形の気配は完全に消えた。
黄巾賊の姿もない。
砦は、ただの空虚な殻のように静まり返っていた。
劉備が廠の隣に立つ。
「廠殿……これは、ただの反乱ではありませんね。」
廠はゆっくりと頷いた。
「……ああ」
紅陽が槍を構え直す。
「殿。次はどう動きますか?」
廠は砦の奥を見つめた。
砦の静寂は、次の戦いの予兆のように重く響いていた。
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砦の最奥。
そこは、かつて張角が儀式を行っていたであろう広間だった。
壁には黄巾党の符が貼られ、中央には祭壇のような台座がある。
だが、その中心にいたはずの男は、もういなかった。
「……これは……」
紅仁が息を呑む。
そこに横たわっていたのは、張角の“遺体”だった。
いや、遺体と呼ぶにはあまりにも無惨だった。
張角の身体は、胸から上がほとんど残っていなかった。
肩から上――特に“頭部”が、綺麗に、まるで刃物で切り取られたように消えている。
だが、廠には分かった。
(……喰われたんだ)
異形は、人間の頭を喰らう。
それは、廠が未来で何度も見てきた光景だった。
張角の周囲には、黒い染みがまだ微かに脈打っている。
異形がここにいた証拠だ。
紅陽が低く呟く。
「……張角は……異形に……?」
劉備は拳を握りしめ、顔を歪めた。
「張角ほどの男が……こんな……」
紅仁が祭壇の周囲を見渡し、眉をひそめる。
「殿。張角は……異形を操っていたのではなく…異形に“利用されていた”のでは?」
廠は静かに頷いた。
「…ああ。張角は異形を呼び出したんじゃない。
異形が張角を“餌”にして、ここに現れたんだ。」
張角の死体は、異形の“通り道”のように見えた。
まるで、異形がこの時代に侵入するための“鍵”として張角を喰ったかのように。
廠は張角の亡骸を見下ろしながら、胸の奥に冷たいものを感じていた。
(……張角が死んだのに、異形は消えない。ということは…張角は“原因”じゃない)
異形は消えた。
だが、それは“終わり”ではなく“移動”だった。
異形はまだどこかにいる。
そして――また現れる。
廠は槍を握り直し、静かに言った。
「…張角は死んだ。だが、異形はまだ終わっていない。
この乱世を歪めている“本当の元凶”は……別にいる。」
劉備が廠の隣に立ち、深く頷いた。
「廠殿。我らも共に戦います。
この異形の脅威を放置するわけにはいきません。」
紅陽も槍を掲げる。
「殿。次の戦いに備えましょう。」
紅仁が張角の亡骸を見つめ、静かに目を閉じた。
「……乱世は、まだ終わりませんね。」
砦の奥に残る冷たい風が、まるで次の戦いを告げるように吹き抜けた。




