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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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11/19

11.スローモーションの戦場で――廠、神軍の先頭に立つ

冀州に入った途端、空気が変わった。

湿った風に混じる焦げ臭さ、遠くから聞こえる怒号、そして――黄巾を巻いた賊徒たちの影が、街道の両脇に蠢いていた。


廠は馬上から視線を巡らせる。

荒れ果てた畑、焼け落ちた家屋、逃げ惑う民の姿。

乱世の中心に踏み込んだのだと、嫌でも理解させられる光景だった。

その先――丘の上に、黒々とした砦がそびえていた。


「……あれが、冀州の黄巾賊の拠点か」


廠の声は低く、しかし揺るぎなかった。

背後には、寄せ集めとはいえ千を超える兵が控えている。

だが、彼らの視線は一様に砦へと向けられ、緊張が走っていた。


あそこに、張角がいるのかもしれない。

拠点砦周辺の黄巾賊徒は、一万以上はいるように思えた。

中心に、張の旗を掲げている一団があり、砦の前にも、張の旗を掲げている一団がある。

張梁と、張宝だろう、と廠は思った。


----


廠は神の旗を掲げ、前へと進む。

「行くぞ、前進!」

その声に応じて、千を超える兵が動き出す。


戦場の左翼から、地を震わせる蹄の音が迫る。

紅陽率いる百騎の騎馬隊が、黄巾党の前衛へ一直線に突っ込んだ。


「突撃」


紅陽の号令と同時に、騎馬隊が一糸乱れぬ動きで隊列を組み替える。

槍が閃き、馬が跳ね、黄巾賊の前衛がまるで刈り取られる草のように倒れていく。


「な、なんだあの騎馬隊は!?」

「黄巾の前衛が…一瞬で…!」


紅陽は振り返らず、馬を操って戦場を駆け抜ける。

その背後には、削り取られたようにぽっかりと空いた戦線が残った。

そして、騎馬隊はそのまま旋回し、廠の陣へ戻ってくる。


「殿! 前衛、削ぎ落としました!」

紅陽の声は落ち着いていた。

その動き、その統率、その速さ―まさに“騎馬隊の本領”だった。


----


一方、紅仁率いる歩兵隊は、廠の背後で整然と並んだまま、一歩も動いていなかった。


「紅仁、動かないのか?」


廠が問うと、紅仁は静かに首を振った。


「まだです。前衛が乱れた今こそ、敵は必ず反撃に出ます。

その瞬間―歩兵が動けば、敵の波を断ち切れます」


その声には迷いがなかった。

紅仁は戦場を読み切っていた。


歩兵たちは槍を構え、盾を固め、ただ静かにその時を待つ。


その沈黙は、騎馬隊の疾走とは対照的でありながら、同じほどの迫力を持っていた。


廠は頷く。

「…任せた。俺は前へ出るだけだ」

廠は、神の旗を背に戦場へ踏み出した。


----

紅陽の騎馬隊が切り裂いた戦線へ、黄巾賊が怒号を上げて押し寄せてくる。

その波の中心へ、廠は迷いなく飛び込んだ。


歩兵隊の先頭に立ち、廠は槍を振り回した。

木刀ではない。

いま必要なのは、敵を“倒す”ための武器だ。


「――天下を取るんだ。ここで立ち止まるわけにはいかない!」


叫びと同時に、廠の視界が変わった。

世界が、遅くなる。


黄巾賊の動きが、まるで泥の中でもがくように鈍く見える。

振り上げられた棍棒、突き出される槍、迫る怒号――すべてがスローモーションの中に沈んでいく。


廠は一歩踏み込み、槍を横薙ぎに払った。


その一撃で、三人の黄巾賊が宙を舞う。


次の瞬間には、廠はすでに別の敵の背後に回り込んでいた。


「な、なんだ……あいつ……!」

「速すぎる……!」

「人間じゃねぇ……!」


黄巾賊の恐怖の声が、遅れた音のように耳へ届く。

廠は振り返らない。

ただ、前へ。

ただ、敵を倒す。

(殺さず、なんて言っていられない。

天下を取る。

異形を倒す。

そのためには――ここで勝つしかない)


槍が閃き、敵の武器が砕け、身体が地面に叩きつけられる。

廠の動きは、もはや“戦い”ではなく“処理”だった。


スローモーションの世界で、廠は次々と賊徒を倒していく。

一歩踏み出すたびに、敵が倒れ、一振りするたびに、戦線が崩れる。


その背後で、紅仁の声が響いた。


「歩兵隊、前へ! 殿の開いた道を押し広げろ!」


待ち構えていた歩兵隊が一斉に動き出し、廠の作った突破口へと雪崩れ込む。


槍の壁が前進し、黄巾賊の反撃を受け止め、押し返す。


紅陽の騎馬隊が再び側面から突撃し、

紅仁の歩兵隊が中央を押し広げ、

廠が最前線で敵を切り裂く。


三つの力が噛み合い、戦場が一気に神軍の色へ染まっていく。

廠は血に濡れた槍を握り直し、砦を見据えた。


「張梁……張宝……そして張角。どこにいようと、必ず辿り着く」


冀州の戦場が、轟音とともに揺れた。

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