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第4話 お客さん いらっしゃい!

オープンから数日——。


「スナック源ちゃん」はまだ看板も新しいが、夜ごと明かりを灯し、

異世界の街の片隅に少しずつ馴染んでいった。

カウンターには、常連と化した元冒険者のバルドが陣取り、豪快にジョッキを傾けている。 「やれやれ、今日も平和だな」

そんな穏やかな空気の中、ドアの鈴がカランと澄んだ音を立てた。


振り返ると、一人の男が立っていた。

スラリとした中肉中背。その冷ややかな目つきに、見覚えがあった。

源ちゃんとアキナが初めて出会ったあの酒場で、隅に座ってこちらを冷めた目で見ていた男だ。

「へぇ……本当に店を開いちまったのか。物好きだな、あんたも」

冷やかすような声音。

だが、源ちゃんは動じない。

「いらっしゃい!物好き大歓迎、ようこそ“スナック源ちゃん”へ!」

その軽い調子に、男は一瞬だけ眉を上げ、無言でカウンターの端に腰を下ろした。


しばらくは黙って酒をあおっていたが、やがて彼はぽつり、ぽつりと話し始めた。

「俺は商会で番頭をしてる。要するに“中間管理職”ってやつだな」

言葉は、やがて愚痴へと変わっていく。

「上の連中の言い分は分かる。利益を出せ、数字を上げろ。まぁ、それは当然だ。けどな、下の若いのは全然言うことを聞かねぇ。俺の言葉なんか“小言”としか思ってない」

男はグラスを揺らし、苦笑した。

「昔はよかったよ。俺が若い頃は、上司の言うことは絶対で、みんな必死に食らいついて……なのに、今の若いのは……」

その嘆きには、ただの不満ではなく、部下を理解したいのにできない苛立ちがにじんでいた。


アキナは黙って耳を傾け、源ちゃんは相槌を打ちながら聞き役に徹する。

「……もう、疲れた」

そう呟き、男はジョッキを空にした。


「――じゃあ、そろそろだな」

源ちゃんはゆっくりと立ち上がり、マイクを差し出す。

「愚痴なら、歌にしちまいましょう。俺たちにだけ聞こえるようにな」

「……俺が、歌を?」

最初は戸惑っていたが、やがて男は半ばヤケになってマイクを握った。

流れ出したのは、古い昭和歌謡。

源ちゃんがさりげなく選曲したそれは、かつて多くの若者が胸を焦がした、熱い歌。


♪愛が~


声は不器用で、節も外れていた。だが、絞り出すように歌ううち、彼の胸に積もった「熱さ」が、少しずつ形を変えていく。


「……俺は、“昔はよかった”なんて言ってたけど」

歌い終えた男は、荒い息を吐きながら笑った。

「本当は、昔のやり方を押しつけたいわけじゃなかった。ただ……俺が信じてきた“熱さ”を、伝えたかったんだな」


源ちゃんはジョッキを傾け、煙草に火をつけるような調子で言った。

「なぁ、人生ってのはサビだけじゃねぇんだ」

「……サビ?」

「そう。Aメロで迷って、Bメロで悩んで、サビでやっと盛り上がる。それで一曲になる。お前さんも今はBメロだ。迷ってる最中だってことさ」


ぽかんとする男に、アキナがくすっと笑う。

「でも、Bメロがなきゃ、サビは映えない。——そういうことでしょ?」

「おう、いいこと言うな」


男はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。

「……下手くそだけど、なんかスッキリしたよ」


帰り際、男は深々と頭を下げた。

「ありがとう。また来てもいいか?」

「もちろんだ。ここは、そういう店だからな」

その背中は、来たときより少しだけ軽やかに見えた。


こうして——また一人、「スナック源ちゃん」に常連が増えたのであった。


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