第10話 焦る若鷹
夜も更けた頃、「スナック源ちゃん」に飛び込んできたのは一人の若者だった。十八歳くらいだろうか。冒険者の装備を身に着けているが、どこか頼りなく見える。息を切らして店内を見回すと、常連のバルドの姿を見つけて駆け寄った。
「バルドさん!」
「おお、ライト? どうしたんだ、そんなに慌てて」
バルドが振り返ると、若者――ライトは必死な表情で言った。
「教えてください! どうしたら強くなれますか!?」
源ちゃんとアキナが視線を交わす。この若者から、なにか切羽詰まった空気を感じ取った。
「まあ、座れよ。まずは落ち着け」
バルドに促され、ライトはカウンターに座る。源ちゃんが水を差し出すと、一気に飲み干した。
「僕は......僕は冒険者になって半年なんです。でも、昨日も簡単なゴブリン討伐で失敗して......」
ライトの声は震えている。
「剣が震えて、うまく振れなかった。結局、同期のマックスに助けられて......彼はもうCランクまで上がってるのに、僕はまだGランクです」
彼は頭を抱える。
「冒険者ギルドの掲示板で、みんなの活躍を見るたびに......『また俺だけ取り残されてる』って」
アキナが優しく尋ねた。
「ご両親は、冒険者になることに反対だったの?」
「......はい」
ライトは俯く。
「『危険すぎる』『普通の仕事に就きなさい』って......でも僕は、冒険者になりたかったんです。自由で、かっこよくて......」
その言葉に自嘲が混じる。
「現実は全然違いました。怖くて、情けなくて......親の反対を押し切って出てきたのに、このまま帰ったら『それみたことか』って言われます」
ライトの目に涙が浮かぶ。
「でも......本当は、親を心配させたくないんです。『息子は立派にやってる』って、安心してほしくて」
その時、店のドアが開き、テオが入ってきた。
「よう、バルド。......おや、こいつは泣いてるのか?」
「ライトって若造だ。冒険者になりたての」
テオがライトを見て、懐かしそうに笑う。
「ああ、俺にもそんな時期があったな。最初の一年は、毎日泣いてたぞ」
「え......テオさんが?」
ライトが驚く。
「当たり前だ。最初のドラゴン退治で、俺は真っ先に逃げ出した。仲間に『臆病者』って言われて、一ヶ月は立ち直れなかった」
バルドも苦笑する。
「俺だって、怪我をする前は散々だったな。毎日『辞めてやる』って思ってたもんだ」
源ちゃんがマイクを差し出した。
「ライト、まずはお前の気持ちを歌ってみろ」
ライトは震える手でマイクを握った。
♪強くなりたい~ 認められたい~
最初は焦りだけの歌だった。他人との比較、結果への執着。
♪みんなに追いつかなきゃ~ 負けるわけにはいかない~
だが、その歌声には温かみがなく、聞いていて息苦しくなる。
「ライト、もう一度歌ってみないか」
源ちゃんが優しく言った。
「今度は、お前が本当に大切に思ってることを歌ってみろ」
ライトは目を閉じ、深く息を吸った。
♪親を安心させたい~ 心配かけたくない~
今度の歌声は違っていた。素直で、温かい。
♪冒険が好きなんだ~ 仲間と歩くのが楽しいんだ~
それは、他人との比較ではなく、自分の本当の気持ちを歌った、十八歳の等身大の歌だった。
♪僕のペースで~ 歩いていこう~
歌い終えたライトの表情は、穏やかになっていた。
テオが肩を叩く。
「いい歌じゃないか。お前の本音が聞こえたぞ」
「急がば回れって言葉を知ってるか?」
源ちゃんが煙草に火をつける。
「焦って走ると、大事なものを見落とすぞ。お前が本当に大切にしたいのは、順位じゃなくて、冒険そのものだろう?」
ライトが深く頷く。
「はい......僕、冒険が好きなんです。危険だけど、仲間と一緒に困難を乗り越えるのが......」
「それでいい」
バルドが微笑む。
「強さってのは、他人と比べるもんじゃない。昨日の自分より一歩でも前に進めたら、それが成長だ」
「......ありがとうございます」
ライトが深く頭を下げる。
「焦らず、自分のペースで頑張ってみます。そして......親にも、素直に話してみます。『まだ弱いけど、冒険者が好きなんだ』って」
「きっと分かってくれるさ」
アキナが微笑む。
「親は、子供が思ってるより理解してくれるものよ」
「また困ったことがあったら、いつでも来いよ」
テオの言葉に、ライトは力強く頷いた。
「はい! 今度は、『楽しかった』って話をしに来ます」
店を出るライトの足取りは、来たときよりずっと軽やかだった。
「若いっていいな」
源ちゃんがつぶやく。
「焦る気持ちも含めて、全部が成長の糧になるからな」
「スナック源ちゃん」は今夜も、迷える若者に自分らしい道を照らしたのだった——。
10話まで作りました。
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