第4話 禁忌。触れてはいけない魔法。それは……
早朝。俺は勝さんの車の中で勝さんを待っている。
昨日寝ようと思った時いきなり寝室に入ってきて、朝起きたら外にある車に乗っとけと言われた時は流石にビックリした。今乗っている車の古さにも驚きだけど。
フェアレディZS30系。黒い色に乗っているのは勝さんらしいというかなんというか。寝る間際再度部屋に来て「俺は主役カラーよりもライバルカラーや」と唐突に言われた時は意味が分からなかったが、こうしてこの車を見てそれが分かった。
あの人は俺があの作品を見たことがある前提で語っていたのか? いや、もしかしたらお姉さんが見ていたのかもしれない。
「スマン、遅くなった」
「いえ、大丈夫ですよ。送ってくれてありがとうございます」
勝さんは車のキーを回してエンジンをかける。そしてアクセルを踏む。
「ぐっ……」
「急加速や、ここは私有地やから速度制限はないで。そこら辺はしっかりしとるさかい、安心や」
「は、はい」
ここに来るまでの道が山の中だというのにコンクリートで綺麗に舗装されていたのはそういうことか。私有地って、どれだけの資産を持っているんだ?
「勝さん」
「なんや?」
「藤代家の家の人って働いてないんですか? 魔法で稼いでるって言ってましたけど」
「? ああ、違うに決まってるやろ? それは多分晶のヤツの冗談や。みんな働いてるで、俺はガソスタのオーナーをやっとる。まあ、その仕事も姉貴から受け継いだもんなんやけどな。このZも姉貴の愛車だったんや。亡くなったあとに見つけた手紙に、大切に乗ってくれって書かれたたんやけど、愛着湧いちまって、金泥棒やわホント」
笑っているということはこれで良かったと思っているんだろうな。ようは形見ってことか。晶の説明を聞いた時はもっとドライな人が多いと思ってたけど、実際は家族思いの良い人たちじゃないか。それに比べて俺は大分ヤバいヤツだな。
まあ良いんだけどさ。それで。
「優しいんですね」
「優しい? いや? 俺はそんな人情のあるやつちゃうで。クズや、俺は。そもそもの話、姉貴が死んだんは俺のせいやからな。コイツを口にする時に息詰まらんのもクソだっちゅうことや」
「……。その、お姉さんって何が原因でなくなったんですか?」
「……聞くか? この流れで」
勝さんは運転中なので俺の方を見なかった。魔法で多分どうにかなるんだろうけど、それじゃあ車で来た意味がない。本末転倒だ。
だが横顔ではっきりと分かる。後悔の顔を、顔を顰めていることが。
「すみません」
「いや、お前さんが謝ることやない。むしろお前さんが聞いてくれて嬉しいんやわ、俺は。お前さんは姉貴と同じ、きっと姉貴もお前さんになら話してもええ、そう言うはずや」
「ありがとうございます」
「ええんやでお礼なんか。まあ、なんて言えばええやろか。俺はな、昔お前さんみたいに魔法沼にどっぷり浸かった時期があったんよ。そんでそん時俺はやらかしたんや、禁忌と呼ばれる魔法を、俺は唱えてしもうたんや」
「禁忌?」
「ああ。その魔法の名は再生と書いてリヴァイブと読む。人類が触れてはいけないとされた命を復活させる魔法や。治療や瀕死のやつにかけるような魔法やない。完全に命が事切れた存在の命を復活させる魔法を俺はつこうてもうたんや」
「使うとどうなるんですか」
「……。こっからは聞くなら自己責任や、それでもええか?」
「は、はい……」
覚悟を決めた。
別に気分が悪くなろうとどうでも良いが、心を抉ってくるかもしれない。そう思った時ふと怖くなった。気分が悪いと恐怖は全くの別物だからな。
俺は念の為俯いておいた。そういう時に対処できるようにだ。
「俺はその魔法を亡くなった祖父に対してつこうた。したら、俺の腕はマグマを触ったんか? と錯覚するくらい熱くなってもうたんや。そんでその熱さ……いや、痛さやな、痛さは腕からどんどん上伝わってきたんや。俺は死ぬと思うた。せやけど、そん時姉貴が目から水こぼしながら駆け寄ってきたんや」
「!?」
俺の頭の中に突然知らない記憶が流れ出した。
その情景。移る墓場、そして勝さん? の過去の姿。そしておそらくお姉さんと思われる女性。魔女らしい銀色のローブに魔女の帽子。髪色は金髪だ、でも顔は隠れて見えない。
『大丈夫か? 勝』
『グッ! ……な、なんで。ね……えさん』
お姉さんは腕を中心にマグマのように赤く、今にも溶けそうな勝さんを抱えてそう言った。
『早く、逃げて! 姉さんまで死んじゃうッ!』
『馬鹿。何言ってるの? 私はあなたのお姉ちゃんよ。もう、魔法は使っちゃ駄目ってアレだけ言っていたのに……。こんなになっちゃって、今直してあげる』
「ッ!」
俺は現実に意識を引き戻された。これは一体……。
「スマン。精神干渉系の魔法や。魔法書第三百章……心中流記憶。使用者の記憶を他人へ流し込む魔法や。これはムズい方の精神干渉系魔法やから結構キツいで。まだまだ続くで」
「クッ!」
また流れ込んでくる。その際少し頭痛のような感覚がするけど、すぐに去っていく。魔法も完璧ではないんだろうということが垣間見える。
『やだ、やだ! お姉ちゃんが死んじゃう!』
勝さんは自分のせいだと言っても無駄なことを叫びばがら、涙をこぼしながら必死に右手で自分の身体に触れ、直そうとしているお姉さんを剥がそうとしている。
お姉さんはそれを振り払い身体全体を使って勝さんの身体を抱きしめた。瞳からは涙が流れていた。
『私は死なないわ。だって、こんなに近くに勝がいるんだもの。しばらくここからはいなくなるかもしれないけど……私はずっと勝たちの側にいる。そしてきっと帰って来るわ。だから、巻き戻し……』
「ハッ! ウッ、……ンッ! ッ、ハァハァハァハァ」
「スマン。この魔法は身体に良くないんや。害はないけどな」
「い、いえ。大丈夫……です」
俺は「ハハハ」と冗談混じりの笑いを漏らして勝さんの方を見た。
目を丸くした。泣いていた、勝さんが。いや、泣いていたという表現は正しくない。涙をこぼしていたんだ、表情は変えずに。