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第2話 沼へと落ちる感覚

 僕たちの前に突然現れた黒いマネキンたち。出会い頭すぐに攻撃をしてくるということはせず、こちらの出方を見定めている。僕が思っているよりもしっかりとした手下だな〜と感心した。いや、敵だぞ? そんなこと思って良いはずないだろう?


「いや、香織君、それは正しいよ。魔法使いの感性として、例え敵だったとしても素晴らしい物は素晴らしいと褒めてしまう。そういう生き物なんだよ。私もそうだ」

「そうなんですね……」

「それよりもなんで私の方をちろちろ見てくるの?」

「いやッこれは、マネキンが気になったからですよ。そもそも、背中合わせになれって言ったのは晶さんなんですから僕がマネキンを見るのにこうするのは仕方がないじゃないですか」

「それもそうかもね」


 僕はマネキンの方を向くのをやめた。しかし、晶さんはどうやって僕を守りながら戦うんだろう……。疑問だ。


「それは確かに疑問に思うよね。だから私はこうする。一つ質問をしても良い? 香織君」

「は、はい。なんですか?」

「三半規管はお強い?」

「え? ま、まあ回転には強いですけど……」

「じゃあアレで行く」

「アレ?」

「しっかり捕まってて! 魔法書第八十五章! 接着テープ!」

「テープ!?」


 晶さんは足に力を込めて地面を蹴った。そしてその時僕の身体も同時に地上から空中へと持ち上げられた! なんだこれは! というより、このジャンプ力は一体何処から?


「人間離れした脚力の正体は無詠唱魔法によって行使された、魔法書第三十六章の跳躍ジャンピよ。飛ぶ際の距離を数倍に上昇させる魔法。無詠唱魔法は便利だけれど、色々と消費が多いからあまり燃費は良くないわ」


 一人の少女の背中に一人の男が密着しているという、傍から見れば違和感ありまくりのこの状況。なのに少しドキドキしてしまうのはなんでだろう。まあ状況こそカオスだけど、美少女に背負って貰っているという状況は情報だけを見ればご褒美なのかもしれない。

 けど……。


「ウッ!」

「大丈夫? 吐きそう?」

「いえ、大丈夫です。クっ……」

「大丈夫そうじゃないわね」


 マネキンは首を上に曲げて僕らのことを見ている。そして右手を上に突き出した。ん? これって……。魔法で攻撃をしてくるんじゃ!


「晶さん! 攻撃が来ます」

「分かってる……」


 分かってるとは言っているけど、晶さんは何もしようとしない。いや、無詠唱魔法を準備しているのかな? よく分からない。

 マネキンの突き上げた右腕には魔法陣が展開された。赤い魔法陣だ。色合い的に何も知らない僕でもなんの魔法を打つのか分かる! これは炎系統の魔法!


「マネキンに魔法書第八十八章の炎尾フレイクスなんて豪華すぎるね。相当高い魔力を注ぎ込んだんだろうけど……、悪いね、私はどの程度で止められる強さじゃない」


 その時僕は繋がっていた背中が離れたのを感じた。そして同時に何かに包まれる感覚を覚えた。


「魔法書第一章保身《ツツー厶》……」


 薄いながらも対象物を守り抜く意思を感じる魔法だった。そうか、一応僕は今、魔法使いなんだ。魔法に対して生き物のような感覚を覚えるのか。魔法使いについて一つ知った気がした。

 僕個人の解釈だけど、魔法っていうのはなんかこう……ただ詠唱しているだけに見えるけど、本質は魔力と語り合い、魔力との交配をすることで初めて完成する物なんじゃないのかと思う。間違っていたら大恥だけど。


「間違ってはいないよ、香織君。魔力と魔法は離れることのできない恋人。そして、その関係を理解し、解いた物だけが魔法使いとして、魔女として熟していく。この世界はそんな風に狂った者たちが集う場所。だからこそ正義と悪が生まれるんだヨ。魔法を熟成させて育てるためなら他人がどうなろうと知ったこっちゃない……、そんな風に思う人間が生まれるのも若人だけど私は物凄く分かるから。だからこそ、正義側の人間がそんな悪者に対抗するために狂わなければならない……。長くなったね、着地するよ?」


 着地をする直前、敵の攻撃が命中したけどしっかりと僕たちのことを魔法は守ってくれた。魔法は凄いなと改めて感じた。


「一旦離れよう」


 僕と晶さんは一旦離れた。


「晶さん、僕にも魔法教えてください!」

「ん? いきなりだね、良いよ。じゃあまずは魔法書第九十一章のタイフーンを使ってみよう。きっと、魔法の本質を心から理解できた君にならできるはずだ。今回の戦果は君にあげよう。マネキンを倒してみて? そうしたら学校の凍結も解ける」

「分かりました」

「でも言っておくよ。君には魔法を使わせる気は本当はなかった。とりあえず魔法使いの資格を与えるだけ……そう考えていた」


 僕は晶さんが話している後ろでマネキンが魔法を行使しようとしているのに気づいた。けど心配はいらなかったようだ。マネキンが放った炎魔法は透明なバリアに弾かれた、無詠唱魔法をこんなに連続で使って本当に大丈夫なんだろうか?


「でも、今の君は魔法の本質を理解してしまった。魔法は合法の麻薬、一度その感覚を知ったらもう後には引き返せない……。それでも君は魔法を使う覚悟はあるのかナ?」

「…………」


 最初は童貞とか、処女とか、魔法使いとか魔女とか、魔法とか敵とかマネキンとか……色々言われて混乱していたけど。僕はもう魔法に魅せられてしまった。使いたい、魔力と交配したい。繋がりたい。例えもう普通の高校生に戻れないのだとしても。僕はなりたい、魔法使いに。


「フッ……。よろしい、じゃあ詠唱すると良いよ。身体に刻み込め、今日から君は真の魔法使いだ。杖を握れ、イメージしろ。幻想の杖じゃない、本物の杖を……」

「ああ!」


 その時僕の何かが弾けた気がした。心の中に閉まっっていた何かが、卵の殻が割れるようにピキピキと鳴り弾けたような気がした。僕……、いや俺という本物の過去に閉じ込めてしまった自分を取り戻したんだ。


「もう俺は今までの俺じゃない! 自分の人生は自分で決める! 来い! 俺の杖よ!」


 俺は杖を呼んだ。すると腕の中に確かな木の杖の感覚が入り込んできた。


「魔法書第九十一章! タイフーン!」


 詠唱をし、目の前に現れた嵐はマネキン二体を巻き込んで回転していく。その様子はまるで、洗濯物を洗っている洗濯機の中のようだった。ランデブーしているマネキン二体を見つめながら自然と俺は魔力を込めていた。

 魔法を行使している様子を眺めるだけでは感じることのできなかった感覚。なるほど、これは後戻りできない。この魔力を魔法へ注ぎ込んでいく感覚、とても気持ち良いのだ。優しい良い方をするのなら、直線で車のアクセルを全開に奥まで踏み込むあの感覚……(ゲームだけど)それに似ている。

 俺は自然と口角を上げて笑っていた。その姿は自分で見ることはできないが、周りで他人が見て思う感想はこうだろう……。悪魔のような笑いだと。興奮を隠しきれない、敵とはいえど殺しているのだから、人ではないとはいえ。そんな行為で笑っている、これが悪魔以外のなんなのか? 俺には分からない。

 魔法使いの魔。これは魔法の魔じゃなくて悪魔の魔なんじゃないか? そんなことをふと思う俺だった。


「ようこそ、魔法の沼へ……」

「ああ」


 晶は俺に「歓迎するよ」と言い握手を求めるのだった。その顔はまるで家族として受け入れるとでも言うような優しく包み込むような顔だった。


「言い忘れていたけど、私たちは全ての戦いが終わったら、私とあなたは交わるの」

「そう、それも良いかもしれないですね」

「以外な反応。一皮剥けたのね」

「いや? これが本来の俺ですよ。今まではいい子ぶろうとして隠していただけです。本当はもっとアングラな感じを求めていたんだと思います。だからこういうのも悪くないかなって。それに、同じような人と結婚できるのはとても良いことだし」

「因みに私同い年だけど、なんで敬語?」

「ん? いや、何となくです。理由は特にありません。そこはクセなんで、勘弁して下さい」

「そう、分かったわ」


 マネキンは魔法によって木っ端微塵になって消えていた。それと同時に学校を凍らせていた氷は元々なかったのかのように消え去った。


「凄いですね、魔法って」

「ええ。凄いわ。今日は家に来て? 家族も紹介するし、夕飯も奢るわ。あと魔法について語りたいことも沢山あるしね」

「良いですね。行きましょうか、もう放課後ですし」


 俺と晶は校門を出て晶の実家へ向かうことになった。魔法で行かないんですか? と俺は言ったのだが「今は昼間だし、さっきの戦いで消耗しちゃったから歩きでお願い。あなたに教えることもできなくはないけど……、飛行魔法って他の魔法との合せ技だからちょっと難易度高いの。だから歩き」と言われて仕方がなく歩きでいくことになったのだった……。


「晶……さん」

「もう呼び捨てで良いわ、別に」

「いや、そういうわけじゃなくて。魔法使いや魔女について聞きたいことがあって」

「何でも聞きなさい、生態とか色々答えられるから」

「魔法使いや魔女って何を目的に活動しているんですか?」

 

 魔法の性質とかは分かった。それは良いが、普段魔法使いが何をしているのか? という疑問はまだ解決に至っていない。


「基本的に魔法の探求かな。簡単に言うのならどんどん開発チューンしていくんだよ。自分の性格に合わせて魔法側がついてこられるようにしてやるんだ。魔法に必要な魔力量は魔法使いや魔女の匙加減で変わるし、威力も速度も本人の腕次第で変わる。それをとことん突き詰めて他の魔女や魔法使い、街の悪人などに試す……。魔女や魔法使い同士なら問題はないけど、悪人といえど一般人に試しているのが悪の魔法使いや魔女だよ。向上のためなら他の犠牲を厭わない真の狂人たち。しかも理性が働いていてそんな感じだからまあ倒すのに時間も労力もかかるっていうヤバいヤツらなんだよ。いけない、やっぱり長くなってしまう」

「いえ、良いですよ。俺が求めたことですから」


 しかし予想していた通りの感じだった。この悪い行為と分かっていてもやってしまうこの感じ、何かに似ている気がするけど中々思い出せない。一人一人が人生を賭けて何かに熱心になるその姿勢はオタクと通ずる物がある、正義側は少なくともそうだ。

 正義側の目的としては要は悪側を倒すってことなんだろうけど、なんか煮え切らないようなそんな感じがする。悪人退治なら別に……そう思ってしまう自分がいる。


「悪側の人たちも、人生をただ雑に浪費している人間よりはよっぽど立派に見えますけどね。本当はいけないことをしているんだとしても、何かに熱中してるのは素晴らしいことなんじゃないのか? って思います。今の社会からはそんな雑な人間は排除すべきだって……正直思っていますから。今の僕にならそれが……」

「香織君、道を間違えないようにね。正義がいつの間にか悪に変わっていたなんてことになったら誰が責任を取る? そう思うのは良いけど、心に留めておくのがセオリーだよ。言うだけ、思うだけで誰かに伝えないのなら本人の自由なんだから。それができない人間になってしまった時が、人間という存在を捨てた時になるんだよ」


 少し高校生の自分には難しい話だ。なんて言い訳をしてみる。いや、本当は分かっているさ。そうならないように敢えて言っている節もある。まあなんていうのかな……人生簡単じゃない、思春期だからこその恐怖を今こうして言葉にしたに過ぎないのかもしれない。


「君もそういう考え方ができるのならなんで魔法を使うって言っちゃったのかな? 魔法は沼にハマった瞬間元の生活には戻れない。学校だって卒業できるか分からない、現に私は制服を着ているけどすぐに退学になったからね」

「そうなんですか……。じゃあ俺も高校やめますよ。人がなんで勉強しているのか、考えたことあります? 晶さんは」

「ないけど……」

「そうですか。じゃあ一つ聞きます、衣食住はどうしてるんですか?」

「お金なんて魔法で裏で稼いでるから一生困らないよ」

「そうですか。じゃあそれが答えですね」

「ん? 何が言いたいの?」

「いや、生きていける保証ができれば働く意味なんてないってことですよ。人は生きる為に命を削って仕事をして生きている。正直な話矛盾していますよね。ですから俺が例え今高校をやめても、今の俺には生きていける保証があるわけですから別に高校の卒業に価値はないわけですよね」

「まあ、確かに」


 この考え方ができるのは魔法使いになったからなのか、元々俺がそういう人間だったのか……それを知る者はこの世にはもういない。けど俺は魔法を極めたい、その道を選んだ。選んだからには多少辛い……いや、かなりつらい道でも乗り越えて見せるさ。

 今はこう言いたい。ありがとう神様、俺の退屈な人生のルートを変えてくれて……と。


 横並びになって歩道を歩いているこの風景も今までの俺なら確実に見れていなかった風景。学校が凍った時、あの時の俺は偽りの正義感から駄目だ! なんて言ったけど、本心はそうじゃなかった。別にどうでも良い、友達なんて、信用できる教師なんて誰もいないんだから……そう思っていたから。

 入学してから数ヶ月で何が分かるんだ! って言ってくる大人がいるかもしれないけど、分かるんだ俺には。俺にはっていうか、そういう人間意外と多い気がする。

 人ってのは合わない人間がいたら案外すぐにコイツとは合わない! って分かってしまう生き物なんだよ。俺が特殊なだけかもしれないけどさ。まあなんていうのかな、俺は自己中心的なヤツだってことだよ。現に人生で初めて惚れたのは人間じゃなくて魔法という概念なんだから。

 例え周りから馬鹿にされても俺はこの生き方を貫く。それで良いんだ。女と付き合うなんて良い、俺には魔法があれば……それで十分なんだ。


 夕日が落ちていく。その様子はまるで俺の心が移り変わったことを表しているようだった。嬉しいような悲しいような……。二つの感情が俺の心の中で責め合った、勝ったのは今の心だと思った。


 心も落ちていく。魔へと。魔法の術中へと嵌っていくかのように……。


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