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第1話 童貞の魔法使いと処女の魔女

「……ここに童貞どうていがいるはず」


 少女はとある男子高校の屋上でそう呟いていた。

 少女は魔女らしい帽子を被っていた、しかし服装は一般的な高校の制服だ。白と黒でデザインされたブレザーに黒いスカート、とても魔女には見えない。だが、この少女は魔女である。

 魔女と名乗るからには容姿もそれなりの物を求められるのだが、この少女はそれを持っていた。現実とは思えない程にサラサラな黒い長髪、アニメキャラの様なスタイルの良さ……しかし胸だけは小さかった。


「……。私が処女なのは……やめよう」


 少女は自分の胸をポンポンと軽く両手で叩き胸が小さいことを悲しむのだった。

 少女が男子高校の屋上にいる理由はただ一つ。


「16歳の童貞魔法使いと会うために」


 少女は16歳の魔法使いを求めていた。童貞という事が重要だ。しかし一般的な男子高校生など童貞が殆どだろう、ならばここである必要性は無い。では何故ここにいるのか?


「別に何処でも良かったけど……、近くにあった高校がここだったからとしか。それに、魔法使いの素質を持っている人間がここにいる気がしたから」


 という理由なのだ。何故少女がこのようなことをしているのか。


「古くからの伝えに今日厄災が起こると書かれていたとはいえ……、処女と童貞が交わる時、戦いは始まるっていうのはどういうことなの?」


 本人でさえ分からないのだ。古くから家に伝えられてきた伝承……、少女はそれを守っているだけに過ぎなかった。

 少女は屋上の手すりに登り、バランスを崩さずに立った。倒れる気配は全く無い。これは少女の魔法だ。魔法書第三十三章「重心維持バランサー」、少女は無詠唱でこの魔法を維持している。

 無詠唱魔法は珍しい物ではない。魔法使いや魔女なら誰でも使える初級技術だ。しかしこれには少し、いや、かなり重大な欠点がある。


「あ」


 少女は右足を滑らせ校庭に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 無詠唱魔法最大の欠点。それは効果時間の短さと、一瞬でも気を抜くと効果が消失するという欠陥だらけの技術なのだ。だから誰でも扱える初級技術に設定されている。


「魔法書第一章……「身守《ツツー厶》」」


                 ◇


 僕、鈴木香織すずきかおり16歳は何処にでもいるような普通の高校生だ。

 よく普通とは言ってるけどそんなことないだろ! ってツッコまれる主人公が創作ではよくいるけど、僕の場合は現実だし、実際凄い普通の高校生だ。

 何か特殊能力があるわけではないし、髪の色も目の色も普通に黒だし、特段カッコいいというわけでもない。制服が奇抜ということもなくて、今は夏だから白いワイシャツの下にシャツを着ていて、ズボンは黒いやつ。ベルトもそう。そして靴下は白指定で、靴は白か黒かグレーの目立たない物……。

 というわけで普通の高校生というのは立証できるわけだ。

 じゃあ家とかではどうなんだ! と言われた時にも対応できるほど普通だ。

 家族構成は僕と母さんと父さんと妹が一人いる。

 けど妹は創作みたいに僕のことを好いているわけではなく、寧ろ嫌っている。洗い物は勿論別、部屋の前を僕が通るだけで壁をドン! と叩く。よく◯ねと言ってくる……。これが現実的な妹だ。

 ということでこんな普通の墨は今、校庭に向かっている。今日は七月七日、七夕だ。だというのに願い事で面倒くさいことは起きませんようにと書いた直後にコレだ……。本当についていない。

 何が面倒くさいかというと、六限目にあった体育の後片付けをしろと言われたのだ。体育委員だからと。本当は今日はもう一人がやるはずだったというのに放課後になってすぐ帰ってしまってこうなった。本当に今日は不幸だ。占いでも最下位だったということもあって僕の気分は最底辺まで落ち込んでいた。

 校庭に何か落ちていないかな? と少し期待する僕。

 ここまで不運な日なら神様が何かしらの幸運を授けてくれる前兆なんじゃないか? と思ったからだ。普段は神なんて信じていないのに、こういう時になると信じてしまうのは人の性なんだろうか? ……。

 因みに学校も普通だ。何処にでもある学校だ。設備も学食がある以外は特徴はない。よくある屋上も勿論安全面の問題で閉鎖されている。あるにはあるけど。

 僕は校庭の隅から隅まで小さいボールが落ちていないかを探した。探したが中々残りの一個が見つからなかった。


「おかしいな、確かこの辺りにあったはずなんだけど……」


 思わず独り言を言ってしまった。


「つい独り言を……」

「独り言じゃないわ」

「いや、独り言でしょ。一人しかいないんだから」


 そうそう、独り言じゃないわけない。一人しかいないんだからさ……。ん? いや待ってくれ、今校庭には僕しかいないはず。じゃあこの声は?


「この声は一体……」

「下を後ろを見て?」

「? 後ろ?」


 僕は恐怖を感じながらも少しずつ後ろへと振り向いていく。もし不審者だった場合すぐに逃げられるようにダッシュできる姿勢を取りながらだ。誰なんだ……。クラスメイトだったら良いんだが……。いやそんなわけあるか! ここは男子校だぞ? 今聞こえている声は女子の声だ。じゃあ本当に誰!?

 ブンッ! と思い切り僕は後ろへ振り向いた。そしてそこにいたのは……女子だった。しかも魔女みたいな帽子を被っている女子だった。でも服装は至って普通の制服だ、っていうか! この制服って確か近くにある女子校の神楽高校の制服じゃないか! この男子校である鳴上高校と同じ系列の! どういうことだ? 男子高校は女子は立入禁止なはずだ……。


「君は? っていうかここは男子校なんだけど?」


 驚きと焦りからつい声が裏返ってしまった。それに普段接しない女子ということもあって緊張もしている。

 魔女の帽子を被った女子は僕のことをじっと見つめている。見た目は黒くて長い髪に黒い瞳、スタイルはなんか現実離れしているように感じるけど、許容範囲内というか、まだ分かる。やっぱりコスプレとかなのかな? でもどちらにせよ変質者?


「あなたは童貞?」

「は?」


 まずい、は? は駄目だろう。いや、でも! は? って言っておかしくないだろう? 所見の女子から出た第一声が「あなたは童貞?」だぞ? そうだよ! 童貞に決まっているじゃないか! ここは男子校だ。大多数の人間が童貞……のはずだ。言い切れないのがむず痒い。

 この質問に深い意図はあるのか、それを聞いてみよう。


「この質問に深い意図はありますか?」

「ない」


 ない? 嘘だろ? 

 女子は真顔で真剣にそう言った。嘘……ではないんだろう。純粋な感じでそう言われるとそう信じるしかないじゃないか。じゃあなんだ? 初めて会う男に童貞か聞く変態だっていうのか? そうは思いたくはない。だってこの子凄い可愛いんだ!

 美少女と言って差し支えない容姿をしている、スタイルを含めて。胸は小さいけど……。いやでも! 僕は貧乳派だし……。違う違う! そんなこと今はどうでも良い。とりあえず名前だけでも。


「君、名前は?」

「名前? 私は魔女ワーカーの藤代晶、16歳。シーカーは魔女まじょって書いてワーカーって読むのよ?」

「そ、そう」

「じゃあ聞くけど、あなたの名前は? あと童貞?」

「……。鈴木香織」

「そう。で、童貞?」

「クッ! そうだよ!」

「ホッ……。そうなんだ」

「ホッ?」


 恥ずかしかったけど言ってしまったッ。でも言わないと会話が永遠にループしそうで怖かったから言うしかなかったんだ。はぁ……不幸な日だ、本当に。

 魔女の晶……さんは口に軽く右手を当てて笑っている。童貞のことを笑っているのか?


「童貞のことを笑っているわけじゃないわ。だって私も処女だから」

「え?」


 なんで僕の心の中で考えていることが分かるんだ?


「魔法書第二十二章……心中読書リードハート。短めの効果発動だから基本的には無詠唱で発動が可能な数少ない魔法。精神干渉系の魔法の中で最も簡単なの」

「へ、へぇ……」


 魔法? どういうことだ? 魔法なんてこの世界に存在するはずがない!


「そう、そういう認知バイアスが魔法をいつの間にか存在しない物へした原因なの。認知されなくなった物はやがて存在することができなくなっていく。魔法は過去に罪を犯し、そうなった。でも一部の民族が伝統として現代まで残してきたの。それが現代魔法よ」

「へぇー」


 分からん。いきなり説明されても頭が理解してくれない! これは現実なのか? 夢なのか? どっちなんだ? いや、冷静になれ。これは単なる偶然だ。そう偶然に決まってる。


「香織君が考えたこと。省略……、これは単なる偶然だ。そう偶然に決まってる。焦りから句読点を忘れるほどなのね」


 !


「!」


 いやいやいや!


「いやいやいや! ……香織君、遊んでる?」


 そんなことは……ない。


「あるでしょ? もう理解してるでしょ」


 理解はしているけど、ものは試しというか、回数施行してようやく信用できるというか……。流石にもう信用せざるを得ないけども。


「良かった理解してくれて」

「晶さんにはプライバシーという言葉はないのかな?」

「魔法を信じさせるにはこれが一番楽だから」

「そうですか……。まあ良いです。で、魔女さんがなんの用ですか?」

「ワーカーよワーカー。間違えないでよね?」


 晶さんは冷たい目で僕のことを見ている。呼び方を間違えるという行為はどうやら物凄い禁行らしい。今にも僕の腕を切り落としそうなその眼光は僕の背筋を凍らせた。やっぱり怖い!

 確かに少し遊んだ僕にも非はあるけども。そこまで痛い視線を向けなくても良いじゃないか、と言いたいが言えない。無言の圧が……、というかこれも全部聞いているんでしょう?


「やっぱり遊んでいたのね。まあ良いけれど。それよりもあなたは童貞なら私の望みが叶うわ、今から私の要望を言うわね? 一度しか言わないから聞いてね?」

「は、はい」


 何が目的で僕に童貞なのか聞いたのか、その理由が分かるのは正直に嬉しい。僕の恥は無駄ではなかったということを示してくれないと困る!

 晶さんは口を開いた。しかしその時不幸なことは起こった! キィィィィィィン! という何かが凍りつくような音がその場に響いた。その時僕は嫌な予感がした。できれば振り向きたくはなかった。けど振り向かざるを得なかったんだ。


「あ、あぁぁ……。学校が! 凍って……」

「これは魔法書第五十五章……広域凍結アイスワイド! これを使えるのはあの人しか」

「あの人?」


 さっきまで真剣な顔か冷たい顔しかしていなかった晶さんが今は焦っている顔をしている。感情が湧いているという言葉が似合うような、今言うべきことじゃないんだろうけど、そんな感じがした。

 僕は急に晶さんに肩をガシッ! と両手で掴まれて驚愕した。


「ッ! なんですか!」

「今から言うことを聞いて!」

「は、はい!」


 急に声が強まった晶さん。僕はその語気の強さにピシッ! と肩を伸ばした。そして覚悟を確保した。


「私と契約して魔法使いになってくれない?」

「魔法使い?」


 こういう時人は口を揃えて言う。契約条件を聞いてから契約しろと。それ《《《《魔法》》》》ならば尚更だ、と。過去にそういう例があったからだ、創作だけど。


「あなたが魔法使いにならないとこの学校は永遠に凍ったままになる、良いの?」

「永遠に……」


 学校が永遠に凍ったまま? 別に良……くない! 沢山! ではないけど友人もいるし、お世話になっている先生もいる。駄目だ、永遠に凍ったままなんて! 


「魔法使いになってくれる? 香織君」

「……。ええ、なれるんならなって見せますよ! だから教えてください! 僕に魔法使いになる方法をッ!」


 僕は本気の眼差しを晶さんに向けた。その顔を見た晶さんは「フッ」と声を出して笑った。そして僕に向けて口を開き何かを言おうとしている。


「じゃあ、この魔法名を言って? 魔法書第〇章……変身メタモルフォーゼって。ああ、あと言う時に右手を前に突き出して杖を握るようにイメージをして?」

「分かりました」


 僕は足を一定間隔開き、深呼吸をする。そしてバッ! と右手を前に突き出し、軽く杖を握るようにする。そして詠唱を開始する。

 晶さんは僕の後ろで見守っている。できるかな、僕に魔法。


「フゥ……。魔法書第〇章……変身メタモルフォーゼ!」


 僕の身体は真っ白な光に包まれた。そしてその間、目の前はブラックアウトしている。一体どんな姿になるんだ……。

 僕は目をゆっくりと開けた。そして目の前には手鏡を持った晶さんが真顔で立っていた。そして僕はその手鏡を覗き込むが……、そこに写っていたのは何も姿が変わっていない僕の姿だった。いや、一つ違った。魔法使いみたいな帽子、そう、青色の帽子を被っていた。でもそれだけだ。

 なんか……こう、物足りなさを感じた。


「がっかりしているようだけれど、これが普通よ。魔法使いや魔女にとって大事だのは実は帽子だけなの。魔法を制御・行使する為の源である魔力を貯めておく器なんてこれで十分だもの。ローブとかマントとかは雰囲気で付けてる人が殆どよ」

「そうなんだね。っていうか、僕は魔法使いになれたの?」

「ええ、なれたわ。……早速敵が現れたようね、早速で悪いけど実践してみさなさい、香織君」

「え? いきなり?」


 空中から突然真っ黒な身体をしたマネキンに帽子を被っただけの謎な存在が現れた。これが敵?


「これは魔法使いの大橋龍おおはしりゅうの手下よ。マネキンだけれど、彼の魔力が入ってる。手強いわよ」

「ちょっと待って! 僕、まだ魔法書とかよく知らないんだけど!」

「大丈夫、私、強いから。とりあえず私の後ろに隠れつつ、私が手ほどきするから頑張って」

「そんな無茶な……」


 僕は言われた通り晶さんの後ろに背中を合わせた。いくら晶さんが強いとはいっても、実質二対一は厳しいんじゃないのかな? いや、心配するのはやめよう。今僕にできることは信じることだけだ。


「でも、童貞と出会う時何かが起こるとは言われていたけれど、まさかあの裏切りの大橋が攻めて来る予言だったなんて……」

「裏切り?」

「……なんでもないわ。さあ行くわよ!」


 こうして僕は普通の高校生とあれだけ言ってきたのにも関わらず、普通の高校生ではなくなったのだ。今は魔法使いの高校生となった。やっぱり普通の高校生という言葉は何かを起こすのかもしれない……。

 これから僕はどうなってしまうんだろう? 興味と恐怖が同時に訪れた、そんな瞬間だった。


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